第四話 試合

ゴングが鳴り、動いたのは乙花おとはな先輩。

乙花おとはな先輩は瞬時に距離を取り、フィールドの端まで寄る。

一方前山まえやま先輩、またダルそうに乙花おとはな先輩の方に歩いていく。

「何だ?逃げてんのか?」

「お前の戦い方は分かってんだよ。態度の割に喧嘩けんかが強い」

「格闘術って言ってくんないか。俺の評判が下がるだろ」

!!!!」

乙花おとはな先輩は右手を前に突き出す。

それからワンテンポ遅れてスタジアム全体に大きな音がなる。

俺も思わず耳を塞いだ。

前山まえやま先輩はさも何もなかったかのように乙花おとはな先輩に歩み寄る。

「それが効かないのは前回で学んだろ。忘れたのか?この単細胞」

「前回は舐めてお前にかかったけどよ。今回ばかりは最初から本気で行くぞ」

雑魚ざこが」

それを言い終わった瞬間、前山まえやま先輩は後ろの方に吹き飛ぶ。

乙花おとはな先輩は音で前山まえやま先輩を吹き飛ばしたのだろう。

音は威力いりょくだ。爆弾とかの爆音なんかで窓ガラスは普通に割れる。

人の鼓膜こまくだって破れる。

音を一箇所に集めて人に当てれば、前山まえやま先輩みたいになるだろう。

前山先輩は見事着地に成功していた。

「おいおい俺を殺す気か?明らかに殺意のレベルが違うぞ。俺なんかしたか?」

「自分の胸に手を当ててみろ!!」

前山まえやま先輩は言われた通り胸に手を当てる。これを言って素直にやる人はそうそういないだろう。数秒後何食わぬ顔で前山まえやま先輩は火に油を注いだ。

「何もわかんないや」

「じゃあ!!死ね!!」

ドゴンっっッっ!!!前山まえやま先輩は横に避ける。

前山まえやま先輩が居た場所には大きなくぼみが出来ていた。

恐らく音による爆撃が行われたのだろう。

フィールドは一応コンクリで出来ている。

コンクリがへこむって、人に当たったら一大事。放送できなくなるぞ。

それから立て続けに爆撃が行われる。

それをスイスイと避けていく前山まえやま先輩。すごい、超次元バトルだ。

すると、攻撃は一段落終えた。

「……避けるばっかで全然攻めてこないな」

「いやいや今からやるとこだったんだよ。……ていうかそんな余裕ぶってていいのか?」

「?」

「は?」

「俺の能力は認識変化。お前はまだ勝機はこちらにあると認識が変わってるかも知れないぜ。本当はとっくの前に場外してるのに。それにそれに本当に俺はここにいるのか?本当は外で寛いでるかも知れない」

「そんな訳無いだろ!!」

「根拠は?」

「…………」

「ないだろ」

乙花おとはな先輩は真っ直ぐ前山まえやま先輩の目を見て言い放った。その言葉には物凄い自信が感じられる。

「俺は負けてない」

「その根拠は?って聞いてんだよ」

「お前の能力のデメリットは知ってるぜ。相手がその認識を信じなきゃいけないんだろ?」

「…………」

「なら試してみるだけだ!」

「……どういうことだ?」

「そのままの意味だ」

「どうするってんだ?」

「単純な疑問。前山拓洋まえやまたくひろがそこにいるかどうか。それでこの認識が合っているかどうか分かる!」

乙花おとはな先輩は歩き出した。

「試す方法はただ一つ!!!!」

前山まえやま先輩と乙花おとはな先輩は同時に拳を振りかざす。

だが、お互い相手の拳を避けた。

「チッ、避けんな!」

「避けなきゃ危ないでしょ!!あなたその拳に何仕込んだの!?」

「音を拳一帯で振動させてた」

「危ねえよ!そんな拳、人に向けんな!」

音を振動させ続けた拳なら鉄板なんてボコボコになるだろう。それを人の頭に……。放送できないPart2。

その後も防戦一帯の殴り合いが行われた。

乙花おとはな先輩は音を使い、前山まえやま先輩を翻弄ほんろうし、その隙きに攻撃を当てようとしているがなかなか決まらない。

「これじゃあ終わんねえぞ」

「うるせえ!オラっっっ!」

「そんな見え見えの攻撃に当たるわけっ……」

前山まえやま先輩の頭に当たろうとしていたのを首を横に曲げて防いだが……。

「バーカ。フェイクに決まってんだろ!!」

「まじかっ……!」

そうさっきの殴りはフェイク。

本命は足、乙花おとはな先輩は前山まえやま先輩の足を足で絡め転倒させた。

「まだ……!」

「気づいてないの?」

「!!!」

前山まえやま先輩の居る所はフィールドの一番端。

ここから復帰しでもすぐに場外になってしまう位置に居た。

いや、誘導されていたのだろう。

「これで終わりだっっッ!!」

乙花おとはな先輩は軽く音で前山まえやま先輩を押す。

前山まえやま先輩は場外で寝転ぶ形で終わった。

結果は誰が見ても同じ場外だ。

ワーーーーっと最初の方で乙花おとはな先輩が音を操作した時に出た音よりも大きい声がスタジアムに響いた。

「ねえ見て!!勝ったよ!乙花おとはな先輩が勝ったよ!!」

「はい!!すごいです」

「ものすごく!」

「や……い……ら……!」

隣では野見中のみなかが満面の笑みで喜んでいた。

その隣では山田やまだ達が精一杯相槌あいずちを打つ。露骨すぎる。野見中のみなかは分かるが、山田やまだ達は本当に内心喜んでいるかは知らん。

『き、決まったーーー!』

実況席も騒がしい、試合に集中していてロクに実況を聞いていなかった。

この戦いは素人から見てもすごかった。思わず息も忘れてみていただろう。多分!!フィールドでは乙花おとはな先輩が前山まえやま先輩に手を差し伸べていた。

「ほら!さっさと手を出せ!」

「…………」

前山まえやま先輩は一向に手を出さない。

俺には分からないが、最強のプライドみたいなのがあるのだろう。

手を出すことがプライドを許さないみたいな。

乙花濃波おとはなこなみ渾身こんしんの一撃による……』

実況が喋りだした。そうそう〜による場外なんだよなー。

『……一発K.O.だーーー!』

「「「「「「「「「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」」」」」」」」」

一発K.O.?違うだろう!実況者の目は節穴か!どう見たって……

赫賀谷あかがやの主張

からめ手による場外だろ!」

一郎いちろうの主張

「能力ブッパの押し出しだろ!」

次郎じろうの主張

「殴り合いの末、倒れただけでしょ!」

三郎さぶろうの主張

「こ…………ん…………で!(解析不能)」

野見中のみなかの主張

「能力と格闘術を混ぜた乙花おとはな先輩の首絞めK.O.でしょ!」

………………………………………………………………………………………………

「「「「え?」」」」

お互いに目を合わせる。どうやら冗談とかではないようだ。

お互いがお互いの負け方があるって事!?そんなことあるか?

それじゃまるで

「ふっははあああっははは!!……もうそろそろ種明かしだな」

「何を……っ!」

瞬間、何かが変わった。俺は真っ先にフィールドの方を向く。いない。いないんだ。俺が見た場所に。

前山まえやま先輩が場外していた場所に前山まえやま先輩が居ないのだ。

他にもくぼみがあるはずなのに綺麗きれいサッパリ無くなっている。乙花おとはな先輩は場外した場所の反対側のフィールドの端にいた。

当人も困惑しているようだった。

「はい、これで本当の終わりだ」

前山先輩は乙花おとはな先輩のすぐ後ろに現れた。

前山まえやま先輩は軽く背中を押し、乙花おとはな先輩を場外にする。あまりにも突然な事で乙花おとはな先輩は何の反応も出来ずに場外になってしまった。

スタジアムは怒涛どとうの展開にリアクションの一つも出来なかった。

「何が……起こって…………」

「そりゃ驚くだろう。いつもは対戦相手にだけ能力を使ってたが、

「…………」

またしても凍るスタジアム。

それは前山拓洋まえやまたくひろの異常性を表していた。

各能力には能力が使用できる射程距離というものが存在する。

俺の場合、ASRアーサーを展開できるのはせいぜい腕二本分。

すぐ近くの物を動かすのが手一杯だ。

前山まえやま先輩の場合、スタジアムのすべての生徒の認識を変えたのなら、射程距離は約半径四〇m程はあるだろう。

その距離は能力の中でも広い方だ。

「俺はここにいる全員にに変えたんだ。本当は俺はちょくちょく乙花をフィールドの端に寄せてたり、少しだけ乙花おとはなを煽ってただけで、ここにいる観客とお前は。ここにいる全員!俺のてのひらで踊らされてたんだよ!!!」

「………………いやおかしい!それだと矛盾が絶対起こるはず!」

「ああ、もしかして俺が「ここにいる前山拓洋まえやまたくひろは本当はいない」みたいなやつ?」

「……その様子だと何かしらの対策をしたんだな」

あくまで前山まえやま先輩は俺達の見ている試合の風景の認識を変えただけで、会話に関しては認識を変えていないのだ。

そうすると乙花おとはな先輩の「避けるな」という所で、人によってはそこでちゃんと拳を食らったように見えた人もいる。

それでは自分の認識に違和感を覚える者が出て、能力が解除されてしまうのだ。

「なあに簡単だよ。今まで個別に変わってた認識を一つにまとめたのさ。確か……前山拓洋まえやまたくひろ乙花濃波おとはなこなみの拳を避けるってね。ただそれだけだ。それ以外は何もしていない。そして最終的にこうなったんだよ」

「………………………………完敗だ。実況者、早く」

実況者は自分の仕事を忘れていたようだ。

マイクのスイッチを入れ、本当の結末を喋りだす。

『……失礼しました。このアビリティー・マッチ!!勝者は不動の王者・前山拓洋まえやまたくひろ!!乙花濃波おとはなこなみだけでなく我々観客をも巻き込んだ作戦には言葉も出ない!!この男の連勝は止まらない!!!』

うおおおおおと観客側も前山まえやま先輩の勝利を称賛する。俺は声を上げたくないので拍手だけすることに。隣を見ると山田やまだ達(主に一郎いちろう次郎じろうだけ)がこの展開に追いついていない。

「……大丈夫か?」

「何が起こったんだ?どういう状況だ?次郎じろう!」

「一郎、僕も分かんない」

「…………」

今回ばかりは理解できないのも無理はないと思う。難解というか少し複雑だ。

フィールドでは前山まえやま先輩が乙花おとはな先輩に対して手を差し伸べていた。

「ほらさっさと手を出せ」

「…………もう一回だ!」

「あん?」

「もう一回だ!?もう一回勝負しろ!!」

「嫌だよ。もう分かっただろ。お前じゃ俺に勝てない」

「んだと!?」

「はいはい、早く手を出せ。少しぐらいは素直になったほうがいいぞ」

「……チッ」

乙花おとはな先輩は前山まえやま先輩を取る。

立ち上がると二人はお互いの出口から出ていった。

周りの生徒はゾロゾロとその場を後にした。

「さっきの試合やばくね?」「まじやばい」みたいな会話が聞こえてくる。

人が少なくなった後、俺達はスタジアムの外に出た。外はもう夕暮れ時。

早く帰って飯作ったり、洗濯物畳んだりしなきゃな。

「やべー、まだ理解できねえ」

一郎いちろう、僕もだよ」

「も…………うよ」

三郎さぶろうが半分呆れたように言う。

さっきからずっと頭を使って考えてるようだが、進歩はなさそうだ。

「じゃあ俺達こっちだからまたな!」

「じゃ」

「さ…………ら!」

「え、ああ……」

「またね〜」

山田やまだ達は別方向に帰っていく。俺は野見中のみなかとふたりきりにになってしまった。

「…………」

「…………」

とてつもなく気まずい。なにか!なにか会話のネタ!なにかあるはず……!そうだ!さっきのアビマの感想とかがあるじゃないか。

それがあれば分かれるまでの時間は埋まるはず!

「「あのさ!」」

俺達はほぼ同時に発言をしてしまった。

相手も何かしらの会話のネタを探していたのだろう。

要するに俺といると気まずいって事。こういう時は相手から言わせる。

それが礼儀だろう。知らんけど。

「そっちからどうぞ……」

「あ、え、いいの?えっとさ、スマホの連絡先教えてもらおうと思って……」

「…………」

「あれ?どこ向いてるの?おーい」

まさか……この俺が連絡先を?嘘だ。そんな訳ない。俺は思わず空を見上げる。

しかもかの美少女から?ははっは、俺明日死ぬのかな。

「……生まれてはじめてかも知れない。スマホに女子の連絡先があるのは」

「そこまで!?いやほら連絡先交換してなかったの、赫賀谷あかがや君だけだったからさ」

「へーそうなんだー……」

言葉を裏返すと、この数日間の内に俺だけ連絡先交換してなかったのか。

地味に悲しいなー。忘れ去られたのだろうか。

「で、そっちが話したかったことって?」

「あー……」

ここでさっきのアビマについて話すのは気が引けた。そもそもだ。

野見中のみなかが応援していたのは乙花おとはな先輩だ。

そして負けたのも乙花おとはな先輩だ。

人によってはただの嫌味と思われてしまう。

それで嫌われるのは御免ごめんだ。

「あれ?俺何言おうとしてたんだっけ?連絡先貰った嬉しさで忘れちまった」

「あはははは!赫賀谷あかがや君って面白いね」

キュン!

なるほど、顔も良けりゃ性格もよし。こりゃモテる訳だ。

近くにいるだけで幸せというか。そんな幸せの時間ももう終わってしまう。

校門まで着いた時、野見中のみなかは……。

「じゃあ、私こっちだから!また明日!」

「おう、じゃあな」

野見中のみなかは駐車場の方へと向かっていった。

どうやら来るまでの送迎らしい。辺りにはもう生徒もいない。

俺はボチボチ歩きながら帰る。それにしてもあのアビマすごかったな。

そういうのに興味はなかったがいざ見てみると面白いものだ。

いやあの二人の試合だったから面白かったのか?

どちらにしても有意義な時間を過ごせたのだからいい。

(実につまらない戦いだったな)

(……あのね、人様に行かせといてそれは無くないですか!?見に行けって行ったら、今度はつまらなかった?ふざけんじゃねえぞ!)

(低レベルな戦いだったし、本来ならあの認識変換という物も食らうわけがないのだが)

(え?何の話?)

(わざと食らってあげたのだ。まあその方がお前にとっても面白いだろう。ただ空中を殴る女子おなごを見るよりかはな)

(話についていけないんだけど)

(何いずれ分かる)

本当にこの声にはうんざりする。新手の暴君か?もう嫌!こいつに振り回されるの!

(この話はさておいて、お前はあの小娘をどう思うんだ?)

(恋バナ?)

(…………)

(……別になんとも思わないよ。ただの可愛いクラスメートだ)

(恋愛感情には至らぬのだな)

(持ったとしても高嶺たかねの花過ぎて俺には無理だよ)

話題変えるかと思ったら、野見中のみなかの話だと?こいつの意図が読めん。そもそも俺自体恋愛というものをしたことがない。

いや出来なかったというのが正しいだろうか。

なんせ友だちもできなかったし、中学ではクラスメートと喋った記憶もない。

そんなやつが恋愛なんて出来るだろうか。

(お前という男はよく分からんな。何故あの小娘をみて惚れないのだ?)

(それは個人の違いってやつじゃないの?)

の男なら惚れると思うのだが)

(……俺は普通からは程遠いよ。明らかなだ)

(ほう)

頭の中の声と喋ってるやつが普通なわけ無いだろ。……それ以前の問題なんだがな。そんなこんなで俺は帰路についた。少し急ぎ足で家に向かう。

帰ってからは色々とやることが多いからだ。

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