元魔王とその部下対半神の大戦

「ルード様! 私は何をすればいいですか?」


 フェンリルの元から買えって来るなりシャミアが俺にそう問いかけてきた。


「いいかシャミア? 絶対にこの家から出るな。全ては俺がなんとかする」


 たとえ相手がどんなに強かろうと断言した方が安心感を与えられる。シャミアに出来ることは何もない。俺とフェンリルだけで神の使いを倒さねばならない。それはとんでもなく大きな事だが、絶対に逃げるわけにはいかないことだ。


「ルード様! 確かにルード様は強いですし私はとっても弱いです! でも! それでも! 主のために何かをしたいと思うのはいけないことなのでしょうか? 私だってルード様の役に立ちたいです! たとえ戦力として意味が無くても囮くらいにはなれます! だからお願いします! ルード様が戦うなら私も参加させてください!」


「ダメだ」


 俺はにべもなく断る。当然だ。シャミアに戦闘力は皆無に等しく脆弱な人間の一人だ。そんな奴に神と邪神の代理戦争のようなことに巻き込むわけにはいかない。これは俺の戦いであり、神の戦いでもある。しかしシャミアの戦いではないのだ。無関係なものを参加させてほぼ確実に死なせるようなことをさせるわけには絶対にいかない。俺とフェンリルが死力を尽くして戦うだけだ。


「私は足手まといですか?」


 シャミアは泣きそうな声で俺に訊く。その答えには絶対に優しさを含んではならない。


「足手まといではないな」


「じゃあ!」


「いてもいなくても何の変わりも無い、そよ風ほどしか影響はない。だから不用意に死ぬだけの戦いには参加させられない」


「足手まといですらない……?」


「そうだ、いてもいなくても何も変わらない」


 俺の冷たい断言にシャミアは今にも泣きそうな顔になる。しかしシャミアを絶対に参加させるわけにはいかない。俺の問題は俺が解決しなければならないのだ、それに関わらせて無意味に死なせるなど論外だ。


「ルード様あああああああああああああああ!!!」


 シャミアは泣きながら抱きついてきた。俺はもう二度とこんな事は出来ないかも知れないと思ってシャミアを引き剥がすことはしなかった。これが全ての終わりであり、次など無い可能性がそれなりに高い。だから俺は今だけは、貴重な残り時間として大事にしたいと思う。神聖なオーラが徐々に濃度を増し、元魔王の俺の肌にピリピリとしたものを感じさせ、これが終末の予兆かと思わせた。


 理由がどんなにくだらないものであれ、始まってしまったものは終わらせなければならない。終わりが幸せなモノになるか不幸なモノになるかは分からない。


 それでも何もしないという選択肢だけはあり得ない。精々あがいてのたうってかじりついてでも一泡吹かせてやらなければ気が済まない。あの神はそれだけのことをしようとしている。俺が憎いわけでもないというのに俺に対して攻撃をしてきた。結局戦うしかないのだ。いくら俺の体が人間になろうとも、魔族であり、魔王であった痕跡は消しようのないものだ、それが肌への刺激として『俺が戦うべき相手』を感じさせてくれている。


 やるせないのは戦う相手が神の気まぐれで力を与えられた存在で神そのものではないことだ。一度でいい、神の顔面を思い切り殴りつけてやったらどれだけ気持ちいいだろうか。夢の中という安全地帯にしか出現せず、魔族どころか人間でさえもおもちゃにしている神を許す気はない。この代理戦争というのはそういうものだ。俺が魔族だろうと人間だろうと神を許すことはなかっただろうさ。


 風が強く吹いてきた。どうやら向こうもそろそろ近づいてきたらしい。戦うしかない、相手は神の操り人形だ、魔族の方がまだ話し合いが通じそうと言う絶望的な相手だが、決して逃げるわけにはいかない。コイツを野放しにしたらどんな被害が出るか分からない。


 俺が管理しているこの森はもちろん守りたいし、毎日のように貢ぎ物をくれるこの森の周囲の町や村だって守りたい。俺には守りたい物が増えすぎた。これだけ背負って逃げるわけにはいかないのだ。


 いよいよ、森を包む結界に一つの印が出現した。俺はその付近にポータルを開く。そして最後になるかも知れない挨拶をシャミアにしておく。


「夕食は肉が欲しいな」


 そこでようやくシャミアはクスリと笑った。


「もう夕食の話ですか……ハハハ……ルード様は食いしん坊ですねえ」


「お前の作る料理は美味いからな」


 シャミアはひとしきり笑った後涙を拭いて俺を見た。


「美味しい料理を作って待っているので、絶対負けないでくださいね?」


「ああ、夕食を残すと怒られるからな」


「それでは、いってらっしゃい」


「いってくる」


 そして俺はポータルに飛び込んだ。

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