不穏の予兆

 その日、森はざわついていた。森が生き物のように何かを恐れているような感じさえした。植物に感情があるのかどうかは知らないが、何かが起こりそうであることは確かだった。


「ルード様、なんだか森がざわついているような気がするんですけど?」


「森だってざわつきたい時期があるだろうさ」


「そういうものですか……ルード様、私はなんだか悪い予感がしてしまうんですけど大丈夫なんでしょうか?」


 それに明確な答えを出すことは出来ない。そこで俺はヒントだけでももらえることを期待して、薄い確率に賭けてみることにした。


「この家は大丈夫だろうし、俺は少し寝るよ」


「眠って大丈夫なんですか?」


「ああ、寝られる時に寝ておかないと本来の実力が出せないぞ」


 そう言って俺は自室に戻った。総都合の良い展開がある保証など何処にも無いが、この不穏な空気からそれに頼ってみるしかなかった。


 俺はベッドに横になると自身に睡眠魔法を使用した。本来自分に使うような物ではないが、それでも使わないと眠れそうもなかった。


 そして眠りの世界に意識を落とすと、そこは絶えず歪み続け、一定の形を取らなかった。


『やあ、きみから会いに来てくれたのは初めてだよね? ぼくとしてもとってもうれしいよ!』


 俺が頼ったのはよりにもよってこの神だった。この際偽物でも本物でもいい、コイツが超常的な力を持っているなら何か今起きている不穏な空気の原因を知っているはずだ。それをはっきり教えてもらわなくてはならない。全知全能を名乗るならそのくらい簡単だろう?


『さて、きみがここに来た……いや、ぼくに会いに来てくれた理由は分かっているよ! 森の不穏な様子が気になるんだろう?』


「そうだ、一体何が起きている? 何が起きつつあるんだ?」


 神の言葉はそこで詰まった。そして長時間黙ってようやく重い口を開いた。


『実はだね……君たちの神……邪神と呼ばれている神がいるんだけどね……前にあった時に他の神とチェス勝負をするといったのは覚えているかい?』


「チェス? 確かにそんなことを言っていたがそれがこれと何の関係があるんだ?」


 そこで長い沈黙が続いた。そして神が絞り出すように声を出した。


『実はね……そのチェス勝負だったんだけど、邪神くんがとても強くてね……』


「何が言いたい? チェスとこの空気に何の関係があるんだ?」


『ぼくはね、十八手目で待ったをかけたんだよ! それなのにあの邪神くんときたらそれを無視したんだよ! ぼくはおかげで世界の覇権をとった生き物の神だというのに、それに倒された魔族の神に負けたと笑われたんだよ! こんな事があっていいはずがないじゃないか!』


「なあ……まさかとは思うんだが……お前の私怨で人間にとんでもない力を与えたとかじゃないよな?」


『勘がいいね! 流石ぼくが見込んだ人材だ!』


「テメーマジでふざけんなよ! チェスで負けた腹いせに化け物を作りましたなんてのが許されると本気で思ってんのか!」


『ゴメンね! でも待ったに応じてくれない邪神くんも悪いんだよ!』


 あまりにも子供っぽい理由で世界が危なくなってしまったのか……ロクなことをしない神だとは思っていたがまさかここまでだとは思っていなかった。救いようが無いクズだといっていいだろう。


『と言うことでルーデルくん、その子に一発スキルクラッシャーをぶち込んでくれるかな? きみなら出来るよ! スキルクラッシャーはちゃんと効くようになっているから安心してよ!』


「そういう問題じゃねえんだよ! テメーそのうちマジで泣くまで殴ってやるからな! 覚えておけよ!」


 そこで目が覚めた。元々睡眠は十分に取っていたので長時間あのクソ神と話し合うことが出来なかった。しかし今見た夢は神が出てきた夢の中でも最悪の部類だったと保証してもよい。チェスで負けたからなんていう今時子供でもキレないだろう理由でブチ切れたあげく、世界に影響するほどの危険な力を与えたなど到底許されることではない。


 神からすれば人間などちっぽけなものだとでも言いたいのだろうか? それを言っているのが人間の神なのだから言いお笑いぐさだ。


 俺はこの前商人が来た時に金を見られて押しつけられ、荷物として使い道のなかったオリハルコンの剣を取りだした。まさかこんなものに頼る日が来るとは思わなかった。


 いつかあのクソ神を絶対にぶん殴ってやる、そう心に刻んで戦いの準備を粛々と始めた。元魔族だというのに人間共を救うために必死になるなど馬鹿げているが、隣の部屋にいる成人したばかりのクソガキくらいは守ってやらなければならない。俺は種族全ての保護者ではなく、シャミアの保護者としてクソ神の使いと戦う決心をした。

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