フェンリルのお世話をした

 俺は貢ぎ物から肉をいくらか切り取ってフェンリルのところへポータルを開いた。シャミアには危険だから来るなと言って誤魔化しておいた。


「フェンリル! 元気でやってるか?」


 子犬サイズのフェンリルがやってきた。モフモフの毛を生やしていてとても強そうには見えないが、口元に隠しきれないほど血が付いていた。


「ご主人様! またこの森に入ってきたものを助けましたよ!」


「そうか、よくやったな」


 そう言って肉を置く。フェンリルは察しがいいのかそれがご褒美であると思ったのか、肉にかじりついた。


「ご主人様、やはり人間の食べている肉は美味ですね。魔物の肉も食べられることは食べられますが、この味を出すことは出来ません」


 だろうな、マモノの適切な食肉化の方法を探ったことがあるが、どうやっても無理であると判断したからな。あの頃は俺も可能性があると思っていた。しかしどうやっても食べられるが美味しいとはとても呼べない物になっていた。一角ウサギがなんとか食べられる限界だったな。


「入ってきたパーティは何人だったか覚えているか? 死人は出なかったよな?」


「剣士が一人、魔法使いが一人、盾役が一人、最期に僧侶が一人ですね。ブルースネーク相手に苦戦していたのにはあきれましたが軽い怪我をしただけでした」


「そいつらは懲りて逃げ帰ったか?」


「はい……と言いたいところですが、助けた私を魔物の仲間割れとでも思ったのでしょう、襲いかかってきました」


「まったく、人間というのは恩知らずだな」


「そうですね、私が本来の姿を見せたら大急ぎで逃げていきました」


「なあ、お前ってその小さい状態でも本来の状態でも、見た目が違うだけで力は一緒だよな?」


「はい、私が本来の姿になったからといってご主人様には勝てませんね」


「人間ってとことん見た目にこだわる生き物なんだなあ……」


 しかしフェンリルは愉快そうにクックと喉を鳴らした。


「しかしご主人様、その人間の浅慮故に無傷で逃げることができたのですよ?」


「それもそうか、無理をしないというのは実に人間らしいな」


 魔族だったら弱いと判断されれば強いやつにいくらでも奪われ続ける、それが当たり前だと思っていた。


「魔族と人間は共存できると思うか?」


 俺はフェンリルに難しいことを尋ねてみた。


「無理でしょうね、人間が魔族を蹂躙できるほどの力を持たないと魔族に好き放題される未来しか見えませんね」


 人間というのはなんとも不完全な生き物だ。弱いのに集団で戦うことによって種を維持できている。知恵というものを持った神に愛された種族なのではないかと言われていることもあるが、愛しているのがあのエセ神となると不用意に力を与えただけではないかと思えてしまう。


 人間の力というのは個々の強さでは無く集団での強さだ。一対一で戦えば人間を倒せる種族など山ほどいる、それでも人間が生きているのは群れているから故だ。


「これからも多分森に入ってくる連中は多いと思うが、幾らかはお前に任せてもいいか?」


 俺はフェンリルにそう尋ねる。人間ならフェンリルの本来の姿を見れば戦闘狂でも無ければ逃げ出すはずだ。何もせず逃げてくれるならそれにこしたことはないし、これほど楽なこともないだろう。


「ご主人様の命とあらば全パーティを担当しても構いません!」


 力強いフェンリルのその宣言に俺は『がんばりすぎるなよ』と言っておいた。


 そして帰宅用のポータルを開こうとしたところで一つ思いだしたことがあった。


「戦える連中を脅すのは構わないが、本当に危ない奴は俺に任せてくれ。勇者並みの力を持った奴からは遠慮も躊躇もせずに必死に逃げろよ?」


「敵に背を向けろと……?」


「そういう問題じゃない。ただお前に死んで欲しくないだけだよ。時々化け物じみた人間が来るからな」


「承知いたしました、危険な相手には関わりません。ご主人様の配慮感謝します」


 フェンリルに死なないように無茶をするなよといって俺は今度こそ自宅へのポータルに入った。


 その時シャミアが洗濯物をたたんでいた最中で、俺がフェンリルの毛にまみれた状態で帰ってきたものだからお説教を受ける羽目になったのだった。

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