シャミア、観戦する
「シャミア、お前もある程度戦えるようになっておいた方がいいだろ」
俺はそう言って一つのペンダントをシャミアに差し出した。
「ルード様……そんなことまでして頂かなくても……」
「何を勘違いしているんだ、戦闘の観戦をしろと言ってるんだ。コイツは致命傷を受けた時、本人の代わりに砕け散ってくれる便利アイテムだ」
観戦にはぴったりのアイテムだった。商人からシャミアには使う機会があるだろうと思い、購入しておいたのは正解だった。なお俺には到底必要無いアイテムだ。魔王時代だって一度生き返ったところで勇者に復活後即殺されていただろう。こういうものは守る者がいることを前提にしたアイテムだろう。
「それと……出来れば当分使う機会があって欲しくはないのだが渡しておく」
俺は年代物のナイフを一つシャミアに手渡した。これに頼るのは随分と追い詰められた時になってしまうが、備えくらいはしておいた方がいいだろう。俺も大概行き当たりばったりに生きているが、そんな生き方が出来るのは力があるからだ。力に頼った圧倒的な暴力では魔物を屈服させることは出来ても、強く意志を固めた人間の心を折ることは出来ない。最悪の事態にはならないように気をつけるが、せめてもの保険だ。
ナイフには大量に魔法を付与しているので多少の魔物なら倒せるはずなのだが、生憎シャミアは体術の訓練をしていない。ナイフを相手に向かって刺す程度の知識しか教えていない。それでも無いよりマシだろう。
「私も本格的に参加するんですね……」
シャミアが重そうな台詞を言ったので俺は忠告しておく。
「お前は戦い方の観察をするだけだ。戦うのは俺に任せろ。それはいざというときに一時しのぎにしかならない物だからな?」
「そうなんですか……」
ショボンとしたシャミアに俺はフォローをしておいた。
「まあ後々強くなってもらう予定だがな。強くなるのに王道は無い、地道に泥臭くやっていくしかないんだ」
これは魔族流の強化法である。戦って戦って戦い尽くして結果的に強いやつが残る。ただそのシンプルな強い物こそ生き残るというやつだ。
人間には稽古という概念があるらしいが、そんな地道な力の伸ばし方に付き合う気は無い。シャミアには魔族流の手っ取り早い育成方法を施すつもりだ。
「じゃあ適度に強い敵がいるところにポータルを開くから俺の動きを観察しておけ。それと森の中でしばらく戦うから、森に生息している魔物たちの動きの特徴も知っておくと役に立つぞ」
「肝に銘じます! ルード様に恥じない立派な戦士になりますよ!」
元気がいいのは結構なことだが、それは時として蛮勇と呼ばれる裳にもなりかねない、気をつけておくべきだな。シャミアが無茶をして死ぬようなことになれば俺が助けて養った苦労が水の泡だ。少なくとも森を歩くのに不自由しない程度の戦力はつけさせてやりたい。
神とは認めていないがあのエセ神と戦えるレベルを目指せとは言わないが、森に入ってくるならず者を倒すくらいのことは出来るようになるといいのだが。
「じゃあいくぞ。俺の後から飛び込むように」
「はい!」
先に飛び込んで死ぬような真似をされては困るからな。俺が危険な要素はあらかじめある程度処理しておきたい。
俺はポータルに飛び込むと一匹のハウンドドッグがこちらに向けて吠えてきた。弱い相手だしシャミアも目で追えないことはないだろう。
「ルード様……大丈夫でしょうか?」
後からやってきたシャミアが俺の心配をする。もちろん何の問題もない状態だ。
ハウンドドッグは俺に不用意に飛びかかってきたりしない。逃げたりしないのは肉食動物の本能だろうか?
「さて、シャミア、俺の戦い方を見ていろ」
俺は商人から買った何の変哲もないロングソードに魔力を纏わせる。必要無いと言えばその通りなのだが、シャミアに目標は高く持って欲しいのでちょっとしたイカサマは許されるはずだ。
剣を構えるとハウンドドッグは襲いかかってきたが、俺はサイドステップでかわし、どうにめがけて剣をスパッと振り下ろす。綺麗に前後に分かれたハウンドドッグはピクピク痙攣しながら死んだ。
「これがお手本だ、今日はこれから森の外周の安全確保をするのでよく見ておけ」
「は……はい」
「残酷だとでも思ったか?」
責める風でも無くシャミアに訊いた。
「す……少しだけ」
「そうか、それでも戦うというのはこういう事だ。トドメを刺さない生き物なんてのは人間くらいの物だ。動物や魔物に情をかけると死ぬぞ」
フェンリルは知能があるので不用意に殺しまくったりはしないが、アイツは例外だろう。そもそもフェンリルを相手にするにはシャミアが剣と魔法に打ち込んで人生の多くをかけないとならないほどの強さだ。特例と言うことで許されるだろうと思う。
「じゃあ次の場所へポータルを開くぞ」
俺は開いたポータルへ歩いて行きながら、シャミアに『少し後で入れ』と伝えて次の場所へ移動した。
そこには一角ウサギが跳びはねていた。あの角で突かれて死ぬようなやつもいるが、逆に言えばあの角さえ無ければ危険はほぼ無い。かみつきくらいしか出来ないだろう。
「せいっ」
すぱりとウサギの角を根元から切り落とす。そこへタイミング良くシャミアがやってきた。
「予定変更だ。丁度いい相手がいるからさっき渡したナイフで倒してみろ」
そう言って手負いだが戦意を失っていない一角ウサギを指さす。
「は……はい!」
ナイフを抜いてシャミアはウサギに近づいた。あのすばしこい獣に追いつけるのかと思っていたら、シャミアはナイフを持った手を後ろに回して、左腕を突き出した。
一角ウサギはチャンスとばかりに噛みつきかかってきた。当然前に出してある左腕に噛みつくのだが……
「この距離なら外しませんよ」
右腕を前に持ってきて左腕に噛みついている一角ウサギの喉を切り裂いた。あっという間に倒してしまったわけだが……
「どうです! 私だってやれば出来るんですよ!」
自信満々のシャミアに俺はコンと小突いた。
「バカ、死ぬような相手だっているんだぞ? あんな相手にしか通じないような危ない方法を使うんじゃない、今の戦い方は失格だ」
「そんな~」
シャミアは不平があるようだが、自分の体をおとりに敵を倒すのはリスクの高い方法だ。頭のいい敵だとおとりを切り落とされるだけに終わるかも知れない。そんな方法を採ったことも気づかないのは教育の問題だな……
「シャミア、腕を出せ」
「え? はい……」
『ヒール』
一角ウサギに噛みつかれた傷が綺麗に塞がっていく。俺は正直治すべきか少し悩んだ。ここで治してしまえば、
「ありがとうございます! 次は傷を負わないように戦います!」
「いや、今日はここまでにしておこう」
シャミアに無茶な戦い方を何度もさせる気は無い。もう少し俺でも訓練相手になってやった方が良いのかなと思う。
その日はそれで帰宅したのだが、夕食にシャミアの初討伐記念ということで、自分で倒した一角ウサギの肉を入れたシチューを作っていた。味は普通だったが、シャミアは自分が倒したことに満足しているのか、酷く美味しそうに食べているのが印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます