商人は金の匂いに敏感なようだ

「いかがですかな! 我が商隊自慢の品々は!」


 やかましい声で商品紹介をしている商人が言う。俺は森の入り口に商隊が集まっているとシャミアが声を上げたので気がついたのだが、コイツらはどうやったかは知らないが俺たちに臨時収入があったことに気づいたのだろう、鼻がきく連中だ。


「これはなんですか?」


 シャミアは楽しそうに尋ねている。あの神のことだからどうせまたお告げでもしたのだろう。もしそれを信じたなら商人も商人だとは思う、それでもいつも物不足に苦労させているシャミアに心ゆくまで買い物をさせてやるくらいのことはしてもいいだろう。


「それは衣服洗浄機ですな、中に洗い物を入れて魔石の欠片を少し入れるだけでまっさらに汚れを洗い流してくれるものですな」


「シャミア、洗浄なら魔法でやっているだろう?」


 衣服の洗浄は魔法頼りだ。汚れも綺麗に落ちるし、来ているままで綺麗さっぱり汚れが落ちて乾燥までされるので俺の魔力の方がその怪しい機会より手っ取り早いとはっきり言える。


「そうですね……あっ! この服可愛いですね!」


「それは町一番のデザイナーの縫製した服ですな、お嬢様にお似合いだと思いますよ!」


「ルード様! これを買ってもいいですか?」


「いいぞ、心ゆくまで買え」


 好き放題買わせることにした。出元はどうせあの怪しげな神なのだ、精々買えるものを買っておけばいい。俺にも何度か声がかかったが、あのエセ神にあまり借りを作りたくないので断っておいた。神から金をもらったなどと言えば聞こえがいいが、結局神の不祥事に巻き込まれたあげくの賠償金だ、好きに使わせてもらおう。


「ルード様! この鞄は可愛くないですか?」


「おお、カワイイカワイイ」


 返事が雑になってきたな……我ながら買い物に付き合わされると言うことの面倒くささを思い知らされる。というか質素な服を着ていたから気づかなかったがシャミアは人間基準では可愛いのだと思う。そう言う人間の考え方はよく分からないが、人間が送り込んできた『姫騎士』と呼ばれる類いの連中に多いような気がする。殺すのも面倒だったので転移魔法で送り返していたが、実力はその程度の連中だったものの、取り巻きが非常に多くて面倒くさかった。取り巻きを全滅させた時の絶望的な顔はなかなか面白かったので本人だけを送り返すという嫌がらせをしたものだ。いかんな……魔王時代をついつい思い出してしまう。


「ルード様? どうかしたんですか?」


「いや、昔のことを思いだしていたところだ」


「昔? 私が来るまえのことですか?」


 シャミアの問いに嘘でない範囲で答える。


「そうだな、そんな時代もあった」


 部下から四六時中命を狙われている時期を否定はしない、あれはあれで意味のあったものだと思う……思いたい。多くの敵と多くの部下と、人間と、敵対派閥と戦いの日々を繰り返していたものだ。


 その点人間は魔族相手には一枚岩で戦いを仕掛けてきた、それが人間の強さの秘密なのだろう。魔族と人間一対一ならまず負けることはないし、負けた魔族はいい恥さらしだが、人間はとにかく団結力がものすごかった。一部が欠けても残りがその役割を埋める、その団結力の強さには手を焼いた。


 だから目の前の信頼できるシャミアという人物には観察と学ぶことが詰まっているのだろう。


「ルード様、その……この靴も可愛いので買っていいですか?」


 申し訳なさそうに訊いてくるシャミアへの答えは決まっている。


「一々俺に訊かなくても買えるだけ買っていいぞ」


 そう言うと商人の目に暗い光が宿った。ちょっと失言だったかな? シャミアはなんだかんだ言って遠慮するだろうが商人の方はお構いなしだ。どんどんと売り込みたいものを出していく。


「わぁ……!」


 目を輝かせているシャミアを止める気にはならなかった。もうそれでいいんじゃないかな。


 シャミアに買いたい放題させてたまにはストレスを発散させてやることも大事だろう。俺のように飲まず食わずで生きていける人間をやめた……いや、魔王をやめた人間とでも言うべき存在とは別だ。シャミアはどこまでいっても人間だ、俺のように超常的なことは出来ない。


「こちらの商品は王家も御用達の歴史ある品でして……」


「いや、ウチにそこまでのしなは必要無いです。恐れ多いですよ、ね? ルード様もそう思うでしょう?」


「え? ああ、そうだな」


 意外な会話に驚いてしまった。シャミアが王家にビビるような相手ではないと思っていたが、案外権威に弱いのだろうか? 人間達のある程度頂点に近い存在が王家だったはずなのでそれを無視するというなら凄いことだ、多分な。


「シャミア、本当にいいのか? 予算はあるぞ?」


「私にこれは豪華すぎますよ。もっと平凡なものが欲しいですね」


 商人は露骨に狼狽しながらもゴクゴク平凡な白い服を取りだした。先ほどのものからすれば華美でもないし、スタイルを矯正するようなこともない、ただ普通の人が着るような服だった。


「ではお代はこちらで……」


「ひいふうみい……はい、確かにいただきました。今後ともごひいきに」


 今後とも? はて、神が与えた金貨の大半を消費したはずなのだが……まあ商人の定型句だろう


「ああ、また金に余裕がある時に来てくれ」


 それだけ言って商人たちは帰っていった。俺たちも自宅へのポータルを開いてまとめて荷物ごと飛び込んだ。


「シャミア、満足したか?」


「はい! 大満足のお買い物でした!」


「そいつはよかった」


 俺たちは満足してその日の夕食はシャミアがこっそり買っていた肉を焼いてくれた。それをありがたくいただいて寝たのだが……


 朝起きると部屋の隅に置いていた金貨の入っていた袋が妙に膨らんでいる。それに興味がいったので覗いてみると……


「増えてる」


 明らかに元通りの量に金貨が増えていた。俺はそっとその袋を閉じて収納の奥深くにしまい込んでおいた。あれはきっとそうそう使ってはならない袋なのだろう。


 その日、俺はそうしてアイツが超自然的な力を持っているのだと思い知ったのだった。

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