勇者の弟子を名乗るものがやってきた
その日、日中にのんびりしているところへフェンリルから念話が飛び込んできた。
『ご主人様! ちょっとヤバい人間が来ています! 申し訳ないのですがご助力を』
アイツが救助を申し出るなんてよほどの相手だな……しかも人間だと? そんなに強いやつが何故こんなところへ?
「シャミア、ちょっと出てくるからこの家から一歩も出るなよ!」
「はい! 危ないことですか?」
「分からん……分からんが危ないかも知れない。森に面倒なやつが入ってきた」
フェンリルの言葉だけでもヤバいやつが来たと言うことは十分に伝わった。アイツは俺に忠実だが、死ぬような真似を進んでやるような者でもない。ということは正面切って戦ったら負ける可能性もある相手ということだ。
ポータルをフェンリルのところへ開いて急ぎ飛び込んだ。
光に包まれそれから真っ白で巨大な狼が目の前にいた。
「久しぶりにその姿を見たな……そこまでの相手なのか?」
フェンリルは本気を出すと人間より大きめのサイズの狼になる。強いのではあるが威圧感が凄いので敵に回す者が増えるためあまりその姿になることはない。
「この先にいます」
それだけ聞いて気配を殺し慎重に進んだ。フェンリルは待機だ。アイツに危険な真似はさせられない。
数十歩歩いたところで声が響いた。
「ねえ、いるんだよねえ? 素直に出てきてよ! ぼくと戦おうじゃない!」
面倒くさい性格のやつだな。話し合いでなんとかなる様子は無さそうだ。俺は渋々その声のするところに出ると、そこに立っていたのは一人の少年だった。
「あれ? 魔物の気配がしたんだけどなあ? まあいいや、賢者を倒したって言った方が箔が付くよね?」
そいつの通ってきた道を見ると無数の魔物の死体が転がっている、実力もしっかりあるやつか……安易に殺すとあのエセ神がうるさいだろうし……なんとかして無力化するしかないか……
「お前、何しにここまで来たんだ? 賢者と言っていたが賢者に会いに来たって雰囲気でもないな」
「そうだよ! ぼくの目的は賢者を倒すことさ! そして勇者様の弟子にしてもらうんだ!」
勇者って弟子を取るような性格のやつはいなかった気がするのだが……
「お前の言っている勇者とは誰のことだ?」
「賢者なのに勇者ミリア様を知らないのかな……世間を嫌う賢者と聞いたけどもう少し世間に興味を持った方が良いんじゃないかな?」
「悪いが勇者候補の全てを知っているわけでもないんでな」
あの神とやらが力をばらまきまくったせいで一々勇者『候補』の全員は覚えられないような数になっている。そのくらいのことをしやがったのだ。
「候補じゃない! ミリア様こそ真の勇者! ぼくはミリア様の次に強くならなければならないんだ!」
信者系か……面倒なやつが来たものだな。信者は心を折るのが大変だから好きじゃないんだよ。死ぬまで平気な顔をして戦ってくる連中ばかりだった、中には部下が殺してしまった相手もいた。殺した部下曰く、『武器を折り防具を引きちぎっても素手で殴りかかってきた』そうだ。そこまで面倒な相手ではないことを祈ろう。
「貴様は賢者なのだろう! ミリア様を知らずして賢者を名乗るな!」
知らんがな……そんな有象無象の事なんて一々覚えてねえよ……そうは言っても聞かないだろうし、実力の差を教えてやるか。
俺はワンドを構えてクイクイと『かかってこい』と手招きをした。それを合図にそいつはその場から消え、一気に俺に対して距離を詰めてきた。
「遅いっ!」
「どうかな?」
念のために展開していた幻影魔術で幻を切ったやつはすぐに姿勢を直し俺の気配を探った。もうこの時点で放置して逃げてしまいたかったのだが、フェンリルの安息のためにコイツは排除しておかなければならない。
電撃を放ってそいつの首筋に当てる。くらっとよろめいたもののすぐに姿勢を立て直した。
「お前、根性があるな、並のやつなら今ので意識を持って行かれるぞ」
それは素直に賞賛に値する精神力だった。相当な痛みにコイツは耐えて意識を保っている。
そこで炎を放った。死なない程度に調整するのは面倒だな……そう思っていると驚いた事に身を焼かれながらそのまま俺の方に突っ込んできた。すぐにバリアを張って防御する。クソ! 何処までも面倒な奴め!
「そろそろ死んでよ賢者様ぁ!」
「そうもいかんよ!」
水を大量に生成する。先ほどの炎が残っている状態なのでそれに触れた水が湯気になってあたりを包む。それに合わせて俺は距離を取った。
『ご主人様! 大丈夫ですか!』
『なんとかな……コイツはお前には荷が重い、下がってろ』
どうしたものだろうか。ちょっと強めのやつを使うか。
「逃がさないよ!」
「クソ! 『フリージング!』」
先ほど出した水ごとコイツの足を凍結させた。流石に足を切ってまで動こうとはしないようでなんとか無力化に成功させた。
「くっ! 動け! 動けよ!」
俺はワンドを突きつけて言った。
「これで詰みだな、負けを認めろ」
「くそっ! ぼくは……!」
風の刃をとばして頬を切ると青い顔になってなんとか負けを認めた。
「ディスペル」
魔法を解いて解放してから森の入り口へのポータルを開いた。
「ここから帰れ、二度と来るな、次は容赦しない」
「分かった……分かりました……」
なんとか面倒な勇者の弟子候補を追い返した。フェンリルのやつには後でご褒美の肉をやろう。
『なんとかなった、今度褒美を出すよ』
『ご主人様! ありがとうございます!』
それだけ言って家へのポータルを開いた。どうやら家では退屈していたシャミアが俺を出迎えてくれた。危険は去ったことを伝えてようやく俺は日常を取り戻したのだった。
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