貢ぎ物に書物があった
その日もいつも通り貢ぎ物の回収に来ていたのだが、珍しいものが置いてあった。
「本ですね」
「本だな」
俺とシャミアはそんなマヌケな声を上げた。本なのだから読めばいいのだが、俺は魔王時代に各地から書物を取り寄せ読んでいたので既読のものだった。本は読んでいる最中にいきなり刃物を突きつけてきたりしないからな、平和に退屈しのぎを出来るものとして大切にしていたものだ。
そう考えると魔族は随分と野蛮である。隙あらば寝首を掻こうとしている連中のあいだで生きていくのは随分と難儀をしたものだ。シャミアはその辺裏表がないので同居していても問題無いので助かる。
「ルード様、私も読んでいいですか? ルード様の後で構いませんから」
「俺はその本読んだことがあるから持って帰ったら読んでいいぞ」
「ホントですか! やった!」
嬉しそうに本を抱えるシャミア。確かあの本は身分差のある者同士の恋愛物語だっただろうか、人間達はそう言った話もあるのだなと魔族には縁のない話を読んだものだ。
そして幾ばくかの食料もしっかり回収して我が家へのポータルを開いた。
俺が袋に入れた荷物を整理している中、シャミアは待ちきれなかったという感じで持ってきた本を読み始めた。そんなに欲しいんだったら魔王城には大量日本があったのにな……とは思ったが、今さら回収する方法も無いので現在あの数々の本がどうなっているかは知れない。少々もったいないことをしただろうか?
今さら魔王城の私物に思いを馳せても益体もない、もはや焼き尽くされていてもおかしくはないが、出来れば残っていると嬉しいと思った。
「ふむ……へえ……わあ!」
シャミアが本に夢中なので本日の夕食は俺が作ることになった。そこでふと気づいたのだがシャミアは本に釘付けになっている。アイツも放っておけないな……
「シャミア、ちょっと出てくる」
それだけ言って貢ぎ物から肉を少し取り分けてポータルに入った。
「ご主人様! 私にご用でしょうか?」
そう言ったのはフェンリル。何処までも俺に忠実なやつなので少し嬉しくなった。
「いや、食事に困ってないかと思ってな、ほら、肉だ」
「ご主人様……! ありがとうございます! これは家畜の肉! 牛の肉ですね! おお、魔物の肉よりずっと美味しい……」
感動しているフェンリル、魔物の肉って家畜の肉より美味しくないからな、無理もないことだ。俺だってここまで忠実な部下を無碍に扱うようなことはしない。コイツは俺が人間になってもしたがってくれるのだから俺もそれに応えなければならないだろう。
肉にかぶりついているフェンリルを可愛く思いながら眺めふと聞いてみた。
「怪しい人間が入ってくるようなことがあったか?」
一応森の守りをしていると言うことで報告は聞いておこう。
「はい! 数人組の盗賊が現れましたが無事排除しました! 殺していないことを褒めてください!」
「よしよし、お前は本当に命令に忠実だな」
物わかりのいい部下が出来て本当に幸運だ。
「ところでフェンリル、お前は神を見たことはあるか?」
怪訝な顔をしている様子のフェンリルだが俺の質問にはしっかり答える。
「邪神様のことでしょうか? 心当たりはないですね」
「そうか、人間にも神がいるのは信じられるか?」
「かような脆弱な種にも神がおられるのでしょうか?」
「見たことがないならいいんだ。ちょっと気になっただけだよ」
俺はフェンリルの頭を撫でて『また肉は持ってくるよ』と言って家に帰るポータルを開いた。
そして帰宅するとシャミアはまったく動いた様子も無くイスにピタリと座った姿勢を取っていた。本のページがいくらかめくれていなければ動いていないのではないかと思えてしまうほどだ。
夕食に野菜たっぷりのスープを作ることにした。フェンリルのやつにも肉は必要だからな。野菜ばかり渡して忠誠心を損なうのは俺の望むところではない。それに野菜だってじっくり煮込めばなかなか良い味になってくれる。
小さく切った野菜を鍋に入れ、幾らかの肉を切って一緒に煮込む。俺が料理をするのも久しぶりだ。魔王時代はいつも作らせていたが、食べる度に料理をした奴自身で毒味をさせていたからな、それがいらないシャミアの料理はそれだけ優秀だったと言うことだろう。なお、自信が毒味をすることが分かっているのに毒を混ぜられていることがあった。あの時料理をしていた連中はバカだったのだろうか?
じっくり煮込んでいるあいだに自分の前に森の中の映像を開いてそれを見ながら料理をした。
森の入り口で入ろうか悩んでいる者、突撃していきなり敗走を余儀なくさせられる者、中にはそこそこ奥まで入ってフェンリルに咥えられて入り口に放り出される者までいた。フェンリルのやつ仕事熱心だな。夜はきちんと寝ているのだろうか?
そんなことを考えていると煮込み終わったのでシャミアに声をかける。
「シャミア、夕食が出来たぞ。食べようか」
すっかり本に夢中だったシャミアは俺に声をかけられたことに驚いてビクッとした。
「ルード様、申し訳ないです。すぐに料理を……え? 出来てる」
「あんまり夢中で読んでいる様子だったからな。俺が今日は作った」
シャミアはキョトンとした顔をして俺に頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。その……ルード様って料理できたんですね」
意外そうな顔をするシャミアに俺は言う。
「一応賢者をやってるんでな、一通りのことは出来るんだよ」
「あまり私の存在意義を奪わないでくださいね?」
「はいはい、本は読み終わったのか?」
「はい! 凄くよかったのであとがきまで読んでいました!」
それはそれは……貢いだ人も報われるだろう。あの本は割と物語としての出来はよかった記憶はあるからな。人間達の現実の身分差を考えると夢物語であるとは思うが、そう言う空想を出来るのが知的な生き物というものだ。
「祠に本をもっと貢いでもらうように書いておこうか?」
シャミアにそう尋ねると首を振った。
「いえ、こういったものはたまに読むくらいにしておかないとルード様に負担がかかりますからね」
「そっか、まあよほどのめり込まない限りは構わないんだがな」
「ルード様のお世話がおろそかになっては困りますから!」
元気よく言うシャミアに俺は一言言った。
「人を世話の必要な老人みたいに言うなよ? 俺だって自分の面倒は自分でなんとか出来るんだからな」
「そうですか、では時々はお願いします!」
「よろしい」
そうしてその晩、真っ暗になった俺の部屋とは対照的に、隣のシャミアの部屋からは窓から漏れる明かりが見えたのだった。
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