フェンリルが移住してきた

「ふへへへ~~~癒やされますね~」


「どうしたシャミア、ニタニタ笑ったりして」


「失敬な! ルード様にはこの純粋な笑みがニタニタ笑っているように見えるとでも言う気ですか?」


 いや……だってなあ……森の映像を操作しながらニヤニヤしている様に邪な者を感じずには居られないぞ? 十人中十人が不気味だと思う笑顔だったが……


「ルード様も見てくださいよ! これを見たら絶対に顔がにやけるはずですから!」


 そう言って俺を映像のまえまで引っ張るシャミア。マップをチラリと見ると現在映しているのは外周部にあたる場所のようだ。


「まったく……これがどうしたって……」


 俺は思わず絶句してしまった。


「ね? ルード様だって癒やされるでしょう? このワンちゃん最近入ってきたみたいですけどちっちゃくて可愛いですよね?」


 俺はその犬に見覚えがある。見覚えがあるなんてものではない、前世で魔物にしては知能があり、忠誠心さえ持ってくれていた魔物のフェンリルがそこに移っていた。見た目こそすっかり小さく子犬のようになっているのでシャミアには分からないだろうが隠しきれない魔力を出して森の魔物を寄せ付けていなかった。強者として『戦っても無駄だ』と魔物にアピールしているのだ。しかし見逃せない物がある。


 フェンリルは後ろ足に怪我をしていた。これでは上手に獲物が捕れないかもしれない。俺は数少ない忠誠心を持ってくれていた部下を粗末に扱うつもりは微塵も無い。


「シャミア、助けにいくぞ」


「ふぇ!? あの犬をですか!? 飼ってもいいんですか?」


「飼わない。でも助ける」


 アイツなら傷さえなんとかしてやれば生きていくのに不自由はしないだろう。ポータルをフェンリルの出来るだけ近くに開いて俺たちは手を繋ぐこともなく焦って飛び込んだ。


「!? グルウウウウウウウウウウウ!」


 俺とフェンリルの関係がばれるのはマズい、俺は念話でフェンリルに語りかけた。


『聞こえるか? お前のご主人様だ、今はこんなザマだがな』


『この魔力は……ご主人様ではないですか! 何故人間などに……おいたわしい……」


『それは気にするな。俺は現在都合があって人間として暮らしている。お前の傷を治しに来たんだ。悪いがもうしばらく普通の犬のふりをしてくれ』


『ご主人様の指示とあらば恥であっても構いません!』


 犬モードのままちょこちょこと歩いて来たのでシャミアが抱き上げようとした、フェンリルに『そいつに傷をつけないようにな』と伝えてから治療を開始した。


『キュアヒール』


『ご主人様!? 何処で治癒魔法を習得なさったのですか?」


 フェンリルが驚いている。自分のことが最優先の魔族には治癒魔法を使うやつが少ない。基本的にそれで稼いでいるやつ以外が覚えようとは思わない魔法だ。


『人間やってると色々必要になるんだよ。コイツはシャミア、悪いがコイツの前では犬のふりをしておいてくれ』


『分かりました! 私はご主人様が生きておられると知れただけで満足です!』


「くぅ~ん……きゃんきゃん!」


 すまんなフェンリル。お前にとっては恥でしかないと思うが耐えてくれ。俺はお前の忠誠心を信じているぞ。


 しばしフェンリルはモフモフされていたが、元気になったのに抱きかかえられているのが不快だったのか、傷がすっかり治ったのをアピールするためにその辺を走り回った。この様子ならもう心配は要らないな。


『よし、フェンリル、達者で暮らせよ』


『え? 私はご主人様がこの森に居るのならここに残りますよ?』


『え?』


『え?』


『俺は勇者に倒されたわけで……もうお前は自由の身なんだぞ?』


『私はご主人様に一度忠義を尽くすと誓いました。たとえ命の形が少し変わろうともその意志は変わりません!』


 え……何この子、残るつもり? トラブルの元だっての……


『では俺の命令だ! これからは自由に生きるがいい!』


 これで出て行ってくれるだろう。そうそう殺されるようなやつでもないし命の心配はしなくていい。


『ありがとうございます! これからずっとご主人様を守り抜くと言うことが出来るのですね!』


 あー……そういう風に取っちゃったかあ……どうしよう、フェンリルを飼うわけにもいかないしなあ……


『ではお前は今からこの森の守護獣だ! この森に仇なす者を共に倒し平穏をもたらそう』


 これならどうだ? ちょっと強引な物言いだったかな?


『分かりました! ご主人様の現在の領地であるこの森を、命を賭けて守りましょう!』


 一応納得はしてくれたらしい。森からは出ていかないだろうけれど積極的にじゃれつくようなこともないだろう。


「どうしたんですかルード様、このワンちゃんと見つめ合って」


「いや、なんだか心を通わせられたような気がしてな。この犬には気高い使命があるらしい。俺たちはそっとしておいてやろう」


「え……なんでそんなことがわか……」


「ワオオオオオオオオオオオン」


「納得しているようだぞ」


『ナイフフォローだフェンリル!』


『お褒めにあずかり幸せです!』


 そうして森の奥に消えていったフェンリルを俺たちは見送った。シャミアは名残惜しそうだったが、魔王でない俺の身には持て余す使い魔だ、自由に……とはいかないまでも思うように生きていって欲しい。


 俺はフェンリルの幸せを願うばかりだった。


 後日、聖獣が森の守護を始めたと噂が立ったのはまた別のお話。

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