賢者のアイテムを買いに商人が来た

「さて……コイツをどうしたものか」


「放っておけばいいんじゃないですか? 入ってくる様子も無いですし」


 俺たちが見ているのは森の入り口、そこでうろついているおっさんだ。大きな鞄を背負って商人といった風をしているのだが、森に入ってくるでもなく、かといって逃げ去っていくでもなく、森の入り口で入ろうかとしたかと思えば足を返したりと悩んでいる様子だ。


「危険は無さそうだがな、俺たちが見ない間に入ってきて殺されても困るしなあ……」


「この人、入ってくる人にアイテムを売りつけようとしているんじゃないですか? だったら入ってきませんよ」


 シャミアは希望的憶測を述べる。しかしその希望的な意見にも問題がある。


「出て行ってもらうか、ああしてもしも森に入ろうか悩んでいるやつの背中を押されたら面倒だ」


 この森には明確に賢者と呼ばれている俺たち目当てに入ってくる者、上位の魔物を狩るために入ってくる者など明確に入ってこようとしては言ってくるやつはいるのだが、森の入り口で入ろうかどうしようかと土壇場で悩んでいるやつも多い。そう言ったやつに無責任に森に入る後押しをされると面倒なので俺はこの商人らしき男を追い払うことにした。


「ルード様も案外優しくないんですね?」


「死ぬかも知れないやつを出すわけにはいかないだろ? むしろ優しいと言って欲しいくらいだ」


「商人さんだって商機だと思ってあそこに居るんでしょうに」


 俺はポータルを森の入り口付近にセットしてシャミアと一緒に飛び込んだ。


 ぴょんと二人で出てきた場所は入り口からは死角になっている場所、都合よく生えている大木が俺たちを覆い隠してくれている。


 その陰から、まさに今出てきたかのように装って商人に声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」


 気遣っている様子を見せた。排除しようとすると帰って意固地になってしまう者だと学んだので、極めて友好的に、敵意を感じさせないように接近する。


「あ、ああいや、私のことか……心配しないでくれ、まったくもって健康体だよ」


「その割にさっきからここをうろうろしてましたよね」


 シャミアがいきなり本題に入る。もう少し段階を踏まないと警戒されるだろうが……そう言いたかったのだが、それを言ってしまうと余計に警戒させてしまうので慎重に話を進めた。


「俺はルードといいます、こちらはシャミア」


「おや、これはどうも。私はイーヌと申します、旅をしながら商人をしています」


 そうイーヌさんは名乗った旅をしているならこんな危険なところからはさっさと逃げて欲しいものだ。


「イーヌさん、ここは滅多に人の通らない道ですよ? ここで商売をしていても儲かりませんよ」


 相変わらずシャミアはどんどん話を進めていく。幸いなことに警戒はされていないようなのでそのまま話を続けた。


「実はですな……私もこんな危険なところには関わりたくないのですが……その……上司にあたる方からこの森の賢者様から商材を買い取ってこいと言われまして……無茶だと断ろうとしたのですが私にも生活という者がありまして……お恥ずかしながらこうして森の入り口で悩んでおったのです」


 なるほどアイテムの買い取りか。別に構わないと言えばその通りなのだがこのイーヌさんだけ特別扱いをするわけにも……


「ああ、私、先ほど森で賢者様に会いましたよ?」


 シャミアが突然とんでもないことを言う。そちらを見るとシャミアは俺の目を見てパチリと目で『心配するな』と合図をした。この際頼れるものも無いしシャミアの手腕に任せるとしよう。


「本当ですかな!? 何かアイテムを受け取ってはおりませんか! 高値で買い取りますぞ!」


「まあまあ、もう少し落ち着いてくださいな」


「申し訳ない……しかし今は本当に困っておるのです。もし何かいただいておるのでしたら是非お譲り頂けませんか?」


「しょうがないですねえ……」


 そう言ってシャミアは懐から瓶を一本取りだした。


「賢者様が作ったらしいポーションです、私もここまで来たのでもう必要はありませんから買い取って頂けますか?」


 それは本当に本当のどうしようもない時に使えと渡しておいたポーションだった。現在がどうしようもない状況かどうかは意見があるだろうが、ここをうろつかれても困るし、森に入られてはもっと困る。そういった意味ではシャミアはアイテムの使いどころを分かっている。


「で、では金貨十枚払いましょう! どうかそのポーションをお譲りください!」


 懇願するイーヌさんが可哀想になるほどもったいぶるシャミア。渡したくないといった感じを出しながら散々焦らしてようやくポーションを売りつけた。あのポーションは大した物ではないのだが、イーヌさんは命じられたのは『賢者様のアイテムを持ってこい』と言うだけのことだ。ポーションを作ったのが俺なのだから何処にも嘘はない、ただ効き目が大したことがないだけだ。


「あなたの熱意に負けました、はい、どうぞ」


 そう言って恭しくポーションを渡すとイーヌさんは大喜びで品質が多少いいだけのポーションを持って森から離れていった。案外簡単な話だったんだな。


「シャミア、助かったよ」


「いえいえ、どういたしまして。帰ったら新しいポーションをくださいね?」


「別に構わないが、アレは本当に大したものじゃないんだぞ?」


「ルード様が作ってくださったものを持っていると言うだけで私には十分心強いんですよ」


 シャミアの気分的なものはよく分からないがそれで満足できるなら結構なことだろう。


 俺たちは無事商人を追い返すことに成功したので帰宅したのだった。

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