勇者候補がやってきたので矯正してやることになった
『やあルーデルくん! 元気でやっているかな?』
この声、そして夢の中で聞こえてくることからつまりはあのクソ神の発言であることがすぐに分かった。無視しようかとも思ったのだが、無視した結果何をされるか分からないので返答した。
『何の用だ? 神に用は無いぞ』
『きみには無くてもぼくにはあるんだよねえ……実はぼくが力を与えた人間……ええと、名前はなんだったかな?」
力を与えておいて相手の名前すら覚えていないこのポンコツの作った勇者に負けたのか……我ながら情けなくなってしまうな。
『まあいいや、人間の名前なんて些細な問題だよね! でさー、その人間がきみの所へ行こうとしているんだ』
『追い返せば満足するのか?』
神はしばし黙ってから俺の問いに返事をした。
『軽くボコって欲しいんだよねー、いやーついつい深夜テンションで力を与えてたら人格欄を無視しちゃってね、なかなか性格の悪いやつに力を与えちゃってさあ』
自らの失策を平然と語る様にはあきれてしまう。というか神にも深夜テンションなどという俗物じみた者があるのだな。
『ルーデルくん、誰にでも間違いはあるものだよ? 人は過ちを許すことが出来る生き物なのさ!』
『心を読むな! そして自分の失態を開き直るな!』
『まあそういうわけだから、ぼくの作った勇者候補にちょっとだけ焼きを入れて欲しいんだ! 頼んだからね!』
『おいコラ! 逃げるんじゃねえ!』
ばっとそこで目が覚めた。いつもの家、いつもの日常。しかしあの夢がただの幻のはずが無い。森の映像と結界内の監視を開かなくては。
ぱっと開いた映像にはまだ何も入ってきている雰囲気は無かった。しかし俺の勘が森の外から神聖なオーラのような不快なものが漂ってきているのを感じた。
「何かありそうですね」
そう言ったのはシャミアだった。コイツ……分かるのか?
「お前にもアレを感じることが出来るのか……」
「ああいえ、ルード様がいかにも何かありそうな顔をしていたのでそうなんだろうなと思っただけです」
俺はシャミアの解答に力が抜けて、深く考えてもキリが無いことなので実際にやってくるまでは普通に過ごしていようと決めた。
「ルード様、朝ご飯はサラダでいいですか?」
「ああ、そろそろ野菜も切れるよな?」
未だにわけきれなかった野菜がたまっている。
「これで家庭菜園で採れた分はおしまいですね。新しく作りますか?」
「当分はやめとく」
あの野菜は人体への影響が多いようなので普通の人間に安易に与えるような物ではないようだ。元々マナを大量に持っている俺ならともかく、魔法を使うこともままならないようなやつには害は無いものの、元気になって眠れなくなる程度の影響はあるようだ。
まったく、朝からあの神のせいで不愉快極まりない。厄介ごとが向こうからやってくるのだから各国に賢者だと触れ回ったあの神の行動はやつからすれば正しかったのだろう。俺からすれば迷惑以外の何ものでもないがな。
「あの……ルード様? 美味しくなかったですか?」
「は? いや、なんでそんなことを?」
「いえ、なんだか食べながらとても難しそうな顔をしていらしたので」
「サラダはしっかり美味しいから安心しろ。ちょっとした心配事があるだけだよ。あ、そうだ! シャミア、お前は今日家から出るなよ」
「私がですか? ルード様について行ってもダメということですか?」
「そうだ、何があるか分かったもんじゃないからな。危険性は排除しておきたい」
自分の身を守ることは出来るだろうがシャミアを狙われたり、最悪人質に取られたりすると面倒だからな。あの神が性格に問題があるとお墨付きを与えたような奴だ、どんな卑怯な手を取るかなど分かった物ではない。
「分かりました……」
しゅんとしているシャミアには申し訳ないが今回ばかりは同伴不可だ。どんなリスクが待っているか分からないからな。まああの神だってバカっぽいけれど俺が手も足もでないような相手を差し向けるようなやつではない、どうとでもなるだろう。シャミアの命は一切保証してくれないがな。
神にグチグチ言ってもしょうがない、やつの作った勇者に俺は負けたのだ、そう考えると後始末をさせられているのは理不尽な気もするな。敗者の末路と考えるとそれも妥当か。
結界内に巨大で神聖な魔力が入ってきた。どうやら勇者候補とやらが来たらしい。まったく、神の後始末というのも面倒なものだ。
「じゃあ行ってくる」
それだけ言って開いたポータルに飛び込んだ。
「お前は誰だ?」
どうせ探知されるのは目に見えているので森の奥から出てきた風を装うのは諦めて正々堂々コイツの前に出てきた。神が選んだだけあって力がピリピリと感じられる。
「まず自分か名乗れ……といいたいところだが、俺はルード、いろいろあってお前みたいなやつを懲らしめなくちゃあならない」
「はっ! 笑わせてくれるなあ、俺は神に選ばれたんだぜ? 勇者様に喧嘩を売るとは面白い人間だ」
さて、俺は人間なのだろうか? 一応生まれ変わった以上人間なのだろう。
俺もプレッシャーに負けないように少し力を出す。
「ほう……なかなかやりそうだな。俺はゲルド死んだ後で精々俺の名前を出して自慢するんだな」
「悪いが俺も死ぬ気はないな」
シュッという空気のすれる音と共に拳がぶつかった。腰につけていたワンドを片手で取って炎を出して威嚇する。
俺たちは距離を取って立ち会った。
「やるじゃないか! これは面白い! 神に選ばれた俺に並ぶものがいるとはな」
「俺も楽しいよまさか神に選ばれた人間とここまで話が出来るとはな!」
勇者は魔族と見るなり殺しにかかってきたからな、勇者候補とはいえ一応話くらいは出来るようだ。話が出来るだけでも感動的だ、どれだけ敷居の低い感動なんだ……
「だが俺には神から授かった魔法がある! 食らえ! シャドウウィンド!」
「ディスペル」
相手から噴き出した闇の気は俺の一言の魔法で消え去った。仮にも神なんだからさあ、神聖魔法とか覚えさせようよ……このゲルドくんさっきから悪役みたいな事しかしてないじゃん、力を与えるのに人を選ばないにも程があるだろう。
「ええっと……いま、俺の魔法を……」
「消したな」
「「……」」
背中を向けて逃げ出そうとするゲルドの襟をひっつかんでそこに座らせた。
「た……助け……」
ゴン
とりあえず頭を殴っておく。俺の縄張りを荒らした罰だ。
「殺しはしないがもう二度とここに来るな。それだけでいい。それだけでいいが……分かったか?」
一応実力の差は分かるような相手で助かった。話が通じないと殺し合いになってしまうからな。あの神も大概迷惑なことをしてくれる。
「分かりました! 二度とこの森には近づかないので助けてください!!」
「はぁ……今回だけだぞ?」
「はいいいいい!!! それでは失礼しますうううう!!」
ものすごい速さで森の反対方向へ走っていった。あの速さで攻撃していたら俺ももう少し本気を出していたかも知れない、そう思ってしまうくらいの早さで逃げていった。
綺麗さっぱり見えなくなったのを確認して帰宅用のポータルを開いた。迷惑なやつだったが勇者よりは話が通じたな。
家に帰るなりシャミアが抱きついてきた。
「ルード様! 無事でよかったです!」
見ると涙で顔をぐちゃぐちゃにしている。
「はいはい、俺が負けないのは分かってたろ? 夕食にしようぜ」
「はい!」
シャミアの笑顔を見ると人間との和解もありなのかなと、柄にもなく、そう思った。
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