かつて勇者と呼ばれた者が森に来た
俺は結界の情報を見ながら楽しんでいた。
「ルード様、なにをご覧になっているんですか?」
「結界の状態マップだよ、見てみろ」
そう俺が言うとシャミアも俺の前に表示されている森のマップを覗き込んだ。
「これがどうかしたんですか?」
「ここだ、人間の反応がある」
俺は入り口からやや入ったところを指さす。ここまで人間がは言ってくることは珍しい。せっかくなので何処まで頑張れるか観察しているわけだ。迷い込んだなら助けにいかなければならないのだろうが、この人間の元へ魔物の反応が向かっていったが、それらは全て消滅か逃走をしていた。
人間とは面白いものだな、入り口で即座に死体になるような者も居れば前例を承知で飛び込んでくる者もいる、これを蛮勇と呼ぶか勇気と呼ぶかは人それぞれだが俺は前者であるような気がする。
「この人は強いんですか?」
「そうだな……人間にしては強いだろうな。だが時々足が止まっている、救援がそろそろ必要かも知れないな」
この森は奥地に行くほど強い魔物が潜んでいる。人間のマークは初めの頃は魔物の反応が出ても即座に消していたのに、そろそろ足が止まって戦う必要が出てきたようだ。俺からすればまだ森の中では浅い方だが人間の限界だろうか?
「ルード様は人間ですよね? 人間ではないようなことを言いますね」
言葉尻をあげつらう奴だ。
「賢者をやってると人間であることを捨てるような経験があるんだよ」
適当にそれっぽいことを答えておいた。しかしコイツは何の用があって森に来たのだろう。わざわざご丁寧に奥地めがけて森に分け入っている。そんな話をしていると魔物を倒した反応があったものの、マーカーの動きが止まった。
「シャミア、俺はコイツを助けにいってくる。留守番を頼むぞ」
「任せてください! 留守番は得意ですよ!」
そういうわけでポータルからあの反応に一番近い出口を選んで開き、そこに入っていった。
鬱蒼とした森の中に出るとすぐ分かる血の匂いがした。魔物の血の匂いも多いが、僅かに人間の血の匂いも混じっている。死なれてもまたあのエセ神に文句をつけられそうだな。
とりあえず血の匂いの方へ向かえばいいだろう。そうして歩いて行くと魔物に囲まれている若い男が一人傷を負いながら戦っていた。敵は……シャドウキャットか……この程度に苦戦するって雑魚なのでは?
「ライトニング」
一撃で電撃がシャドウキャットのあいだを走り抜け全部の命を消し去った。一応元魔王としては人間を助けて魔物を殺すのはあまりいい気のするものではないが、弱い者は強い者にもてあそばれるという魔族のルールとしては間違っていない。
「大丈夫かね?」
「貴様は……賢者か?」
「さあて……どうなんだろうなあ。賢者だったらどうするつもりだ?」
「知れたこと。俺以上に話題になっている賢者を始末するまでだ。畜生! せっかく勇者の祝福を受けて勇者の一人になったというのに皆して賢者賢者賢者と騒ぎやがって! 実力の差を教えてやるんだ!」
ガキっぽい理由でここまで来たのか……あきれる話だ。控えめに言っても俺が戦った勇者は実力面で俺の上をいっていたというのに、コイツは勇者の称号を得ただけで満足して強くなろうとしなかったのだろう、そんなものに負けるはずはないのだが……
「一戦相手をしてやる。満足したら帰れ」
「貴様……やはり……」
「俺をなんだと思うのは自由だが俺に負けるような奴が堂々と勇者を名乗るのは恥ずかしいぞ」
煽ってやった。すると目の前の青年は顔を真っ赤にして剣を抜いた。
「俺は勇者ヴィクトル! 貴様に決して負けはしない!」
そう言って切りかかってきた。太刀筋が雑に遅いので軽くかわす。横薙ぎから縦切りをしてきたのでバックステップでかわす。
「フハハハハ! なにが賢者だ! 逃げているばかりではないか!」
別に剣を掴んでへし折ってもいいのだが、そんなことをするまでもない状態だった。しかも質の悪いことにこの勇者はそれに気
「死ねい! うっ」
ヴィクトルとか言う勇者はバタンと倒れた。あの傷で力一杯剣を振るえば体力が尽きるのは当然の結果だ。自分の状態すら考慮しないで勇者を名乗るなど笑える話だ。
「キュア」
軽く回復魔法をかけて、意識が戻らないのを確認してからこの勇者を担いで森の出口につながるポータルを通した。それに飛び込んで森を出ると担いでいたヴィクトルを置いて『もっと精進しなさい』と書いた紙を鎧の隙間に挟んで森に戻った。
ポータルから自宅にジャンプするとコトコトと鍋にスープが炊かれていた。
「お帰りなさい。ルード様、侵入者は無事でしたか?」
「ああ、なんとかな。さすがに当分ここには来ないだろう」
「ルード様……殺しちゃったりはしていませんよね?」
「失礼だな、むしろ助けてやったぞ」
緊張している様子だったシャミアはホッと一息ついて言った。
「では晩ご飯にしましょうか! 今日は野菜たっぷりのスープですよ」
そうして二人で食卓を囲んだ。後日俺への貢ぎ物を淹れることになっている祠に野菜いくつかと一通の手紙が置かれていた。回収に来た時にその手紙を見つけたのだが……
『自分の未熟さを思い知った。いずれ貴公に追いついてみせる、その日を待っておけ ヴィクトル』
それを読んで少しはがんばってほしいものだと思った。聞き逃しそうなささやきで、『いい感じに勇者に焼きを入れたね』とおそらくあのエセ神であろう声が頭に響いたのだった。
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