無人販売所ができた

「ん……? なんだこの反応は」


 俺は結界内のマップを見ながらその奇妙な反応に興味が湧いた。


「どうしたんですかルード様」


 柔らかなキラキラ光る髪をモフモフさせながら俺の隣に座るシャミア。この光景ももう慣れたものだ。俺は森の入り口で一カ所に止まって動いていない人間の反応を指さす。


「さっきからほとんど動いてないんだ」


「森に入ろうか悩んでいるのでは?」


 それは無い。


「だったら森との境界をうろうろするはずだ。コイツは森の入り口で絶対に入らないようにコソコソしている」


「うーん……ここまで来るのに苦労したので万全の状態で挑めるようにキャンプを張っているとかですかね?」


「それならピタリと止まって動かないはずなんだが……」


 コイツはうろうろしている。本当に一体なんなのだろう? 森を焼くつもりでその準備でもしているのだろうか? この森の木は生命力にあふれているからそうそう火事にはならないはずだし……


「行ってみますか?」


「向こうが入ってこない以上こちらから関わるのは避けたいな。森に入ってこないなら助ける手間もないしな、下手に関わって危険にさらしてしまう方が問題だ」


「でも私は気になりますね」


 シャミアは気になってしょうがない様子だ、しょうがないな。


「分かった分かった、コイツが森を離れたらこの入り口にポータルで行こうか」


「やったあ!」


「何がそんなに嬉しいのやら……」


「だってルード様は自給自足をしているじゃないですか。生活には苦労しないですけど刺激がないです」


 人生に刺激など無い方が良いと思うがな……魔王だった頃は戦いに明け暮れていて刺激のない日が無かったぞ。あの日々が懐かしくないわけではないが暗殺に気をつかい、正面切って突撃してくる人間をプチプチ潰していくのは面倒くさかったな。


「しかしシャミアも少しは変わったな」


「そうですか? 私は変わってないと思うんですが……」


「ここに来た時だったら、俺が行かないといえば絶対に行きたいなんていわなかったろう? そういうのは人間らしい心だと思うぞ?」


 魔王の意識を繋いでいる俺が人間について語るのも空々しい話だとは思う、それでもこの女が多少の自由意志を持つことはいいことなのだろう。何故なら俺は魔王と変わらない暮らしを望み、シャミアはどこまでいってもただの人間だからだ。


「たしかにそうですね……って、そんなこと言っているうちに反応が見えなくなっていってますよ!」


 マップを指さすシャミア、そこには結界が捉えられる限界を抜けようとする人間の反応があった。探索範囲外に出て少し待った後で俺は家のポータルをその出入り口に向けて開いた。


「さて、何があるかねえ……」


「貢ぎ物だったら嬉しいですね!」


 そんな軽口を叩きながらポータルに入る。光に包まれてジャンプした先にあったのは……金属の箱だった。


「なんだこれ?」


 それが俺の第一声だ。箱には下の方が一部開くようになっていた。興味があったので開けてみたが、特に貢ぎ物が入っているということもなく、普通に空っぽだった。変な趣味をした奴が何かの目的で置いたのだろうかと思っていると、隣の看板を見ていたシャミアが声を上げた。


「ルード様! これは無人販売が出来るアイテムボックスですよ!」


「無人販売?」


「箱の上に小さな切り込みが入っているでしょう? そこに銅貨を一枚入れるとポーションが一個出てくるようですね」


「何でまたそんなものをこんなところに置いたんだ?」


 そう尋ねるとシャミアはポカンとしてから俺に諭すように話し始めた。


「ルード様は確かに強いですよ? 強いからこそ分からないのでしょうが、この森に入って無傷で出てくるって普通はできませんよ? そこで森の中で負った傷を出てきた時に治療できるように設置したのでしょう。ルード様は自分を基準に考えると基準がおかしくなることを理解してください」


 そんな言葉を話半分に聞きながら、そういえば貢ぎ物の中にも多少の金が入っていたのを思いだした。魔王時代は買い物より奪う奪われるの方が多いような生活だったので、貨幣制度には慣れないなと思ったものだ。


 俺は箱の上部を見て、そこにシャミアが行ったとおり切り込みが入っていることを確認して訊いた。


「ここに金を入れればいいのか?」


「そう書いてありますね……詐欺でなければですが……」


「その心配は要らないぞ」


 この魔導具がただの箱で詐欺目的に設置されたものだったとして問題無い。


「何故です?」


「これがペテンだったら箱を壊すからだよ」


 こんなちゃちな魔導具を壊せずしてなにが魔王か、ご丁寧にここから壊してくださいと言わんばかりの切れ込みが入っているんだからそこを殴れば一発だ。


 俺は銅貨一枚を切れ込みに入れた。するとカタンと音がした。箱の下部にある取り出し口を開けてみると一瓶のポーションが入っていた。品質は……あまり良くないな、俺に挑んできた人間はもっと高品質なものを使っていた。


「やるよ」


 ポイッとシャミアの方にポーションを放った。それを慌ててキャッチしたシャミアが俺に頭を下げた。


「ありがとうございます。いいのですか? お金を出したのはルード様ですよ?」


「お前は俺の事をなにも分かっていないようだな」


 俺はやれやれと肩をすくめてシャミアに言ってやった。


「そもそもこの森の魔物程度じゃあ俺に傷なんてつけられないよ」


 それを聞いたシャミアはそっとポケットにポーションをしまって頭を下げた。


「ありがとうございます! 大事に使いますね!」


 俺はそれを聞いて、あの程度のものでさえも頼らなければならない人間というものは弱いものであり、現在は俺もその一個体であることを思い知ったのだった。

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