祠が大きくなっていた
その日、またしても森の祠付近で人間が何かしている反応が結界で検知できた。もうこの際関わりたくはなかったのだが、これ以上生贄を増やされても困るので渋々ポータルを開いた。
「ルード様、また祠に行くのですか? 私もお付きしてもよろしいですか?」
「ああ、構わんよ。まったく……人間というのはなにを考えているのか分からんな……」
「ルード様だって人間でしょうに」
そう言うシャミアの言葉は無視して開かれたポータルに飛び込んだ。結局、遅れてシャミアも飛び込んできたようだ。好奇心というのはまったく恐ろしいものだと思う。ここまで平然とポータルに飛び込む人間はそういない。理解に苦しむよ。
ポータルでジャンプした先にはもうすでに誰もいない。人間の反応が消えたことを確認して移動してきたのだから当然ではあるのだがな……
「いつ見てもデタラメな魔法ですね……ルード様はどこでこんな魔法を覚えたんですか?」
まさか魔王時代に常用していたとは言えないので適当な言葉で誤魔化しておいた。
「賢者をやってるといろんな魔法に出会うんだよ……」
その言葉で納得したのか、深く考えることもなくシャミアは頷いていた。大嘘を平気で信じるシャミアに哀れみさえ覚えたが、一応信頼感の表れということでいいだろう。
そして祠に行くと驚くようなことになっていた。
「なあシャミア……この祠ってこんなにゴテゴテしてたっけ?」
「私が納められた時はもっと粗末なものでしたね」
そう、祠の完成度がアップしていた。お供えもしっかりされているが、それより目を惹くのは祠の屋根に瓦が葺かれており、一部には金箔が貼られているという豪華な祠になっていたことだ。そしてお約束のように手紙が一つ封筒に入れられて封蝋付きで置かれていた。それを開けて読んでみた。
『賢者様、ジャイアントワームの討伐ありがとうございます。今後とも当村をごひいきにしてくださいますようお願いします』
勝手なものだ。生贄と称して人柱を押しつけてその結果上手くいったからひたすら媚びる。人間とは魔族より勝手な生き物ではないだろうか? 俺は人間の欲深さを初めて知った。魔物ほど本能のままに生きている者は居ない気がしていたのだが、人間はそれを上回る自分勝手さかも知れない。あきれて言葉も出ないでいると、横から手紙を覗いたシャミアがあきれた声を上げた。
「勝手ですねえ……私を生贄に捧げたというのにまだ足りないといいたいのでしょうか? 私が生贄として力不足と言われているようで不愉快ですね」
人間のことを理解していない自分勝手さにはあきれるが、このくらい図太くないと生きていけないのかも知れない。
「お前はこの村に協力したいと思っているのか?」
「そうですねえ……私のことを捨てた村ですが……ルード様が構わないなら守っていただきたいと思いますね」
「何故だ? お前は捨てられたのだぞ? 棄民が自分を捨てた奴をかばうのか?」
シャミアはキョトンとして答えた。
「私は恨んでいませんよ。なにしろルード様に出会えたのですからね! むしろ感謝しているくらいです!」
むぅ……そう言われると無碍にも出来ないな。コイツが村にいても幸せになれたかどうかは分からないわけだし、衣食住を俺が保証しているので確かに損をしたわけではないのだろう。
「ルード様! 見てください! 貢ぎ物が増えていますよ!」
「えぇ……困った時に頼りにすると宣言しているようなものじゃん……」
面倒なことになったな。出来れば人間とは関わり合いたくないのだがな、魔王の宿命みたいなものだろうか?
「ルード様! 晩ご飯は何がいいですか? これだけあればいろいろなものを作れますよ!」
「得意料理でも作ってくれ」
収納魔法で貢ぎ物を全部しまう。放っておいても村人が持って帰ってくれることはないだろうからな。俺が、いや俺たちが有効活用させてもらうとしよう。
ポータルまでの帰り道にシャミアに訊いてみた。
「なあ、なにをすると賢者っぽく見えるんだろうな?」
くだらないことだったが、俺はまったく賢者っぽさが無いと思っているのだが、あの自称神の宣託があったにしても賢者と信じてもらうには根拠が足りないのではないだろうか? そう思うのだがすっかり賢者扱いされているので困ったものだ。
「ルード様は十分賢者をしていますよ。皆さんが困っている時に助けているんですからね!」
「そういうものなのか……」
「そーいうものですよ」
人間は分からんな……力を持っていなければゴミのように扱われる魔族の方がよほどわかりやすい。
「ところで……」
「なんですか?」
「どこまでついてくる気かな? ここで帰るなら見逃してやるぞ」
俺は後ろを向いて大木の陰に僅かに見えている影に対して呼びかけた。
「気づいていたか……さすがは賢者様だな」
「生憎と俺は賢者じゃないよ。向こうが勝手にそう言っているだけだ。満足したならここでお別れして欲しいんだがな」
おそらく暗殺者だろう。力の差くらい分かるだろうに、向こうは殺気を向けてきている。負け戦をするのは賢いとは言えないぞ。
「貴様は危険なのだ。我らにとって不都合なのだよ」
「ほーん……要するに退く気は無いと?」
「無論、死ぬがよ……」
言い終わる前に男の上半身が消し飛んでいた。俺の手から出たエネルギーが消し飛ばしたのだ。
「ルード様、案外容赦ないですね」
シャミアはもう少し引くかと思ったが平然とした顔をしていた。
「あ……ここまで消し飛ばすとコイツの出自がわかんねーな……どうすっかな。心臓だけ貫くべきだったな……」
「別にいいんじゃないでしょうか?」
シャミアが俺の意見に異を唱えた。
「ルード様なら負けないでしょう?」
「まあそれもそうか」
勇者の仲間ではないようだし、他に俺に危害を加えられる奴は思いつかない。人間になったとは言え力は元のままだし問題無いか。
そうして俺は少し気が楽になってポータルへと向かったのだった。
この男の後続が数人遠くから待機しているのは結界の反応で分かっているので、死体の処理はしてくれるだろう。
「じゃあ俺たちの家に帰るか」
「そうですね! 美味しいオムライスを作るので楽しみにしていてくださいね!」
「なんだその料理?」
そんな日常的なやりとりをしながら二人でポータルに飛び込んだ。
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