お布施をされていた

 俺は村人であろう反応が祠の周囲をうろついているのを確認してから全員がいなくなったのを見計らってあの祠に向かった。


「ルードさん、どこに行くんですか?」


「お前さんが置かれていた祠だよ、あんなもんをいつまでも残されていたらたまらんからな」


 シャミアはキョトンとした顔になった。


「せっかく祠を建ててくださったんですから記念にとっておいてはどうでしょう?」


「俺は信仰対象ではないよ、どっちかと言えば邪神みたいなものだ。人間に崇められるような人じゃない」


 シャミアは少し悲しい顔をした。


「もったいないですね……私とルード様の出会いの場だったんですが……」


 言っていることは嘘ではないのだが……


「お前、俺との出会いのシチュエーションを忘れたのか? 簀巻きにされて生贄扱いだったんだぞ? アレを記念の場みたいに言うお前は理解出来んな」


 生贄にされていた場所を運命の場だとは思わないだろう。恋愛というものはよく分からないが、少なくとも簀巻きにされた運命の出会いという者は存在しないと思える。


「でもルード様と出会えたので運命の場所ですよ!」


 そう言って抱きついてくる。金色の神がふさふさと俺に触れて柔らかい感触が伝わってくる。人間としてはこう言うシチュエーションを喜ぶべきなのだろうが、こういった時の正しい反応がどういったものか分からない。そもそも正解というものがあるのだろうか?


 魔王時代は出会うなり魔力をぶつけて格上に道を譲るのが常道だった。突然感情や生まれ持っての身分などを持ち出されても困ってしまう。身分とは自分の強さで証明するものだと思っていたからな。


「分かった、壊すのは保留にしてやる。とりあえず人間が来ていたようなのであそこに行ってみるぞ」


「ハイハーイ! 私もついていきたいです!」


 コイツは学習能力がないのだろうか? 生きていたのを見られたら村人が大騒ぎしそうな人間であることを理解していないようだ。


「ちょっと待て、『モーフィング』」


 豊満な胸はぺたんと板のようになり、鮮やかな金色の髪は漆黒に染まった。瞳の色まで変える必要は無いだろう。十分に別人になったな。


「わわ!? これって魔法ですか?」


「ああ、一時的に姿を変える魔法だ。祠を見てくるだけならそれで十分だろう。行くぞ」


「はい!」


 いい返事をしたシャミアの手を取ってポータルの部屋へ連れて行った。


「これはなんですか?」


 怖々とポータルを見て問いかけてくるシャミア。


「これであの辺まで直行できるんだよ。飛び込むだけで行けるぞ」


「そ、そうなんですか……」


「いいな、じゃあいくぞ」


 俺たちは二人してポータルに飛び込んだ。そこは森の入り口、シャミアが捧げられていた祠の近くだ。ポータルを隠している木々を抜けて祠に向かう。


「よしよし、しっかり万能薬は持って行っているな」


 遅れてやってきたシャミアが疑問の声を上げる。


「赤死病は村中で流行っていたはずですが、そんなに大量の万能薬をお持ちだったんですか?」


 まさか魔王だったからとは言えないので『昔いろいろあってな』と答えておいた。納得がいっていない様子のシャミアは更に俺に問いかけてきた。


「赤死病は私もかかっていたかも知れないのですが、何故引き取ってくれたのですか?」


「赤死病なんて簡単な回復魔法を少し改良すれば軽く治せるよ。というかシャミアは俺の家に連れて帰った時に赤死病の初期だったぞ? 回復魔法で綺麗に吹き飛んだけどな」


 シャミアが驚きの声を上げる。赤死病なんかで死んだら魔族なら末代まで笑いものになるようなくだらない病だ。当然のことだが対処は出来ている。


「では私はルード様に命を救われたのですか!」


 大げさな奴だ。大したことはやっていないだろう。


「気にするな、擦り傷の手当くらい簡単だったぞ」


「擦り傷って……不治の病と呼ばれている病気ですよ!?」


 そんなやりとりをしながら祠にたどり着いた。そこには……


「食べ物……ですね」


「食べ物だな」


 野菜から肉、魚まで様々なものが置かれていた。ついでに置かれていた手紙を見つけたので二人で読んでみた。


『賢者様、誠に感謝します。おかげさまで赤死病は完治しました。ここにささやかですがお礼を置いて行きますので是非お受け取りになってください』


「どうやらお礼らしいな……」


 昨日のうちに万能薬を回収したのか。俺の事を見られていないといいのだが、結界内には反応がなかったので問題無いだろう、多分……


「わあ! 凄いですよルード様! これで美味しいご飯が食べられます!」


「そうだな」


 人間というのは現金なものだな。人間を生贄に捧げたり、治ったからと即座にお礼をする姿勢は卑屈でさえある。


「お前はなんでそんなに気楽なんだ……生贄にさせられてこんな事になってるんだぞ?」


「ん~……私はルード様に出会えて幸せですし別にいいかなって……」


「お前の人生それでいいんか……?」


 俺の部下の人生観に疑問を抱きつつ貢ぎ物を収納魔法でしまい込んだ。大前は本当にこれでいいのかと問いかけたくなったが本人が満足しているならそれでいいだろう。


「これだけあれば美味しい料理が作れますね! ルード様、今晩の料理は私に任せてくれませんか?」


 やる気満々なので俺は頷いた。


「別に構わないが……なんでそんなにテンションが高いんだ?」


「私が村に居た頃は到底食べられないものでしたからね! 美味しい料理がたっぷり作れますよ!」


 ああ、そういえばコイツ不遇なんだったな。すっかり忘れていた。俺が何でもかんでも助けてやっていたから不自由していたことすら忘れてしまっていた。まあシャミアもやる気を出しているようだしがんばってもらおうか。俺がなにも食べなくても生きていけることをいう必要はない。大地からマナを吸って生きていけるにしても美味しい食事は重要だ。


「なあ、シャミアは俺の元で働くことに嫌気がささないのか?」


 シャミアは迷うことなく答える。


「当たり前じゃないですか! 村の連中にいいように使われるよりルード様の元手働く方がよほど嬉しいですよ!」


「そ、そうか……」


 なんだかシャミアの心の闇に触れてしまったらしい。この話題は封印しておこう。


 しかし人間とは勝手なものだな。生贄を捧げるなどという勝手なことをしておいて平然と感謝する、生贄のことなど微塵も気にしない勝手な生き物だ。もっとも、今では俺もその生き物の一員なわけではあるが……


「おお! 牛肉に海の魚まで! 皆さんがんばったようですね!」


 何やら興奮しているシャミアを放っておいて貢ぎ物を眺める。なかなか新鮮なもののようだが内陸部では採れないような物が多い。


「珍しい物が多いが食べ物ばかりだな?」


「連中に魔導具などを用意できるほどの技術はありませんよ、そんな物あったらここに頼ったりしませんよ」


 それもそうだな、魔導具を作れるほどの実力があれば赤死病の治療など出来るはずだ。それが出来ないからこそ俺に頼ってきたわけだ。


「今日の夕食はグラタンにしましょうかねえ……十分な食料が提供されていることですしちょっとぐらい贅沢をしても……」


「構わん、お前に任せる」


 シャミアにメニューは任せて俺は食べるだけに徹することにした。食べられればなんでも良いという俺の思想とはシャミアとわかり合えないと思ったからだ。


「ではルード様! 今晩のご飯は期待しておいてくださいね!」


 そういうニッコニコなシャミアを否定する気にはなれないのだった。

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