森に潜む賢者
その日朝目が覚めるとテーブルの上に封蝋のしてある手紙が一通置いてあった。気配を察知できる俺にまったく気づかれることなくこっそり置いて行くことが出来る奴など決まっている。
『ルードくんへ! がんばっているようだね!』
イラッとくる一文から手紙は始まっていた。この自称神は人を煽ることについては他の追随を許さない姿勢を崩していない、クソが。
始めの一文を見て破り捨てたくなったのだが、自称であっても神を名乗るだけあってその手紙は破れない紙で作られているようだ、思いっきり力をかけたが紙が曲がるだけで決してちぎれることはなかった。
仕方がないので続きを読む。
『ルードくんは少し名誉欲が少ないかなーって思って、近場の国の聖者数人にこの森に賢者がいるって神託を下しておいたよ! がんばってね!』
『ファイヤーボール』
焼き捨てようと思ったのだがその紙は熱耐性を持っているのか、焦げあと一つつかなかった。
結局最後まで内容のない話を読むと人間に協力しろの一言で済む内容だった。そして最後の文字に目を通すと……
『読んでくれてありがとう! この紙は自動で消滅するよ!』
その一文に目を通した途端紙は黒く染まっていき、炭とかしてパラパラと粉々に崩れていった。わざわざ炭化した紙を綺麗に消してくれたので掃除の手間は省けたのはあのエセ神のせめてもの気遣いだろうか? もっと大量に配慮するべき馬車がたっぷりあるのだと思うのだが、人間には決して破れない紙は超技術なので渡さないというわけか。
この大森林を包んでいる結界を調べると、数人組から数十人の部隊まで様々な人間が森の入り口で手をこまねいている。
幸い助ける必要はないらしく、あのクソ神から救助要請は出てこない。いくつかのグループが魔物と接近したら少しやりあった後人間が結界の外の探知外の地域に逃亡している。魔物には人間が勝つのは非常に難しいのだろう。俺からすれば森の中に射る連中などペット同然ではあるのだが、人間を目の敵にしている連中も多いからな、力で分からせるしかない相手もいる。
そんな人間達を観察しながら危険に陥っていない部隊がいない事を確認する。
魔物達も俺に襲いかかってくることはない。魔力をぶつければ腹を出して服従の意志を示すような奴しかいないからな。
おっと……トレントがクソ雑魚人間に襲いかかっているようだな。出向いてやることにするか、死なれるとあの神に何を言われるか分からん。
この大森林を散策して所々にポータルを開いているのでそこまでジャンプすることは簡単だ。自室に専用ポータルを設置したのは間違いではなかったな。
自室のポータルに入って魔力を流す、光に包まれて森の中で人間どもがいる地点に一番近いポータルに移動した。
ポータルを出ると大量のトレントがわっさわさと人間のパーティに襲いかかっていた。何やってんだ、さっさと焼けばいいだろうと思ったのだが、森の中に延焼しても困るので俺がさっさと手を下すことにした。
『アイスブリザード』
一丁上がり。焼く方が手っ取り早いが、人間共の安全にも配慮して凍らせて倒す方法にした。カチカチに固まったトレントをコンと叩くとガシャンと割れて崩れ落ちた。
「大丈夫かー?」
女一人に男が三人、全員から魔力を感じるが敵意は無いようだ。
「は! はい、大丈夫です!」
「あんたは一体誰だ……いや、ありがとう」
「助かったよ、まさか魔物がこんなに多いとは……」
「すまない、俺の力不足だった。あんたが助けてくれなかったら……」
「まああんまり落ち込むなよ、もう少し鍛えてから出直すんだな」
トレント相手にあんなに苦労するほど人間は弱かっただろうか? 少なくとも以前の俺を倒した勇者とは比べるまでも無いほどにこの人間達は弱い。
「いや、俺たちはギルドの命令でこの森に住むと噂の賢者を探しているんだ、簡単には帰れない」
「賢者ねえ……あえて教えはしないけれど、目的の賢者は賢者などと言う言葉とはほど遠い俗物だと思うぞ」
「そんな……そんな言い方はないじゃないですか! 賢者様ですよ! 賢い者と言う文字からして人格者に決まっているじゃないですか!」
コイツらの言う賢者とは俺の事であって……全ては自称神の仕業であって……うん、神殺しでもしようかな?
「まあ賢者だって隠遁生活をするためにこんな秘境に居るんだろう? それを荒らしてやることはないんじゃないか?」
毎日のように賢者を探す連中に来られでもしたらたまったものではない。
「しかし賢者様はこの世界に必要な方だと預言者様が仰っています、この乱世に偉大な統治者様が必要なんです!」
勇者と戦ってきたがあいつらはなかなかにゲスい方法を使っていた。人質作戦や隠密での破壊工作など、とても勇者と呼ばれる者が使うような作戦ではないと思ったものだ。お前らそれでええんか? そんな考えが浮かぶようななかなかのクズだった。
もっとも、それに負けたので、勝者は正義を名乗る権利がある。それは否定しないが、だったら勇者に頼ればいいじゃないかと思う。
「勇者がいるんだろう? 魔王も倒されたらしいし勇者を頼ればいいじゃないか」
すると女はポカンとした顔をして言う。
「勇者様を頼る? 正気ですか? あの蛮族と変わらない連中をトップに据えたら国が滅びますよ」
どうやら勇者は思った以上にやりたい放題らしい。本当にそれでいいのだろうか?
「とにかくこの森に賢者なんて居ないよ」
「でも預言者様が……」
「多分その預言者は悪魔にでもそそのかされたんじゃないか? 人選をそんな胡散臭い者に頼るのはどうかと思うぞ」
預言者があのエセ神の言い分を聞いたなら耳が左から右に貫通しているのではないかと思う。信仰する神はちゃんと選んだ方がいいと思うがな……
「お前、預言者様の言葉を無視しろって言うのかよ?」
モブっぽい男が俺に因縁をつけてきた。
「所詮神も悪魔も頼りにならない時代だろう? そんな状態で信仰心だけで問題が解決すると思っているならかなり頭の中がふわふわしているな」
モブその一は腹を立てているようだったが、実力差は分かっているらしく剣を抜くことはなかった。そのくらいは頭が回るようだな。
「まあ俺に勝てるくらいなら森の奥にも行けるだろうが試してみるか?」
俺がリーダーの男にそう言うとその男は青い顔をして『おい! 帰るぞ!』と言って森から去って行ってくれた。全員がいなくなったのでポータルで自宅に帰る。
「疲れた……どうして人間とのコミュニケーションはこうも疲れるんだ……魔族ならにらみをきかせただけで力の差が分かるぞ」
人間は無能すぎないか? 力の差がアレだけあっても全く意に介していないのはバカなのか理解できていないのか……あるいは俺が舐められているのか、何にせよ厄介な生き物だな。
そしてその晩、俺が人間に負けたのはあの向こう見ずな姿勢がなかったからかもなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます