森に勇者候補がやってきた

「エリーゼ様! 無茶ですよぅ! この森はヤバい魔物の巣になっているって噂じゃないですか! 私はまだ死にたくないですよぅ!」


「そうですよ! 俺だってまだ死にたくないよ」


「黙りなさい! 壁役とヒーラーとアタッカーがいればどんな敵にだって勝てるのです!」


 俺は森一帯を包んでいる結界から伝えられる情報を聞き取りながら呑気にグラスで酒を飲んでいた。本当ならば人の血が上手いのだろうが、生憎と人間になってしまった身としては自分の身を軽く傷つけてみて、こんなに血液とは飲みにくかったのか、そう思うような味がしたのでやめた。


 まあどうせここまでたどり着けるはずも無いしな。人間になってここに配置されて以来、人間がここまで来ようとしていたことは何度かあったが、皆等しく敗走していた。


 時折魔物に殺されかけた人間を『タスケロ』と頭に直接自称神が話しかけてくるので、鬱陶しいとは思いつつも、助けにいかないと腹痛頭痛歯痛とこれでもかと嫌がらせをしてくるので仕方なく助けに向かったりしていた。助けたあとはしっかりと記憶消去魔法を使用しているので問題無いはずだ。


「ああああああああああああああ!!! 剣が! 剣が効かない!!!!!!!!」


「エリーゼ様! なんでそんなにテンパってるんですか! さっきまでの勢いはどこに行ったんです?」


「うるさいわよシエル! 私はスライムが苦手なことくらい知っているでしょう!?」


「聞いてないぞ! 俺は今聞いたぞ!」


「私もですよ!」


 人間の争う声は心地よいものだ。それに魔物の連中も王が消えてもしっかりと人間と戦っているらしい、良いことだ。スライムには是非ともがんばって頂きたい。というかスライムなんぞ燃やせば蒸発するし、凍らせれば砕け散るし、電撃を浴びせれば砕け散るような魔物だぞ? そんなものから逃げているなど人間はやはりたかが知れている。


『タスケロ』


「やかましいぞ」


 俺もこの精神干渉に対する対抗法を身につけつつあった。要するに俺の精神に干渉してこようとしたところで強固な魔力防壁を張ればいいだけだ。何の事はない、所詮は自称神なので魔王の魔力には敵わないと言うことだろう。


『タスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロタスケロ』


「うるさい!」


 あの自称神は神を名乗っておきながらこう言う駄々っ子みたいな事をする。いったいどうやって話しかけられているのかが分からないので呼びかけへの対処は未だ出来ていない。


 まったく……なんでスライムごときに手こずるような奴を助けなければならないのだ。いい加減にしろよまったく……明らかに魔王のやるような事ではないだろうが。


『タスケ……』


「分かった分かった、助けにいってやるから黙れ」


 そう独り言を言うと、どこから聞き取っているのかは知らないが、ピタリと脳内に響く声は消えた。


 装備は……スライムならいらないな。 まったく、スライムに苦戦する連中など脅威でもなんでもないだろうに。


 俺は家を出て魔力で重力を遮断して飛んでいく。連中、まだ森の入り口で遭難しているせいでそこまで行くのが面倒くさい。神に仕えるというのはなんとも面倒なものだ。天使などもいるらしいがあんな人使いの荒い奴に付き合うのはさぞや大変だろう。


 風を切りながら飛んでいくと森の本当に入り口と言っていい場所で三人組がスライム相手に逃げ回っていた。


 俺は地上に降りて森から出てきた風に声をかける。


「おーい! 助けが要るか?」


「ひゃうっ!? 誰ですか?」


「誰でもいい! 助けてくれ」


「頼みます! まだ死にたくないいいいい」


『フリーズ』


 あっという間にスライムを凍結させる。チョロいものである。なんでこんなもんに苦労しているのだろうな? 人間というのは理解に苦しむよ。


 固まったスライムに近づいていき、コン、と軽く叩く。力に耐えられずスライムは粉々に砕け散った。少しスライムには申し訳ないことをしたな。


「大丈夫か?」


 俺がそう尋ねると元気よく『ありがとうございます!』と三人の声が揃った。


「シャーロット! 大丈夫だった?」


「エリーゼ様がご無事で本当によかった……私などの命はどうでも……」


「酷い目にあったな、助かったよ」


 三者三様の対応だったが、用も済んだので俺は自分の家に帰還しようとした。


「あの……お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「ルードだ、別に覚えておく必要は無いぞ」


「ルード様……ありがとうございます!」


「気にすんな、お互い事情があるんだろうさ」


 そうして俺は森の中へ戻っていった。ポカンと人間達が驚いていたが、深く関わる気も無いので話すことも無く自宅へと戻った。この森は奥の方にこそ強い魔物がいるものの、入り口なんて雑魚しかいないだろうに。物好きなことだと思うよ。


 ――


「エリーゼ、あの森に賢者がいるとは本当か?」


 豪華な部屋でヒソヒソと密談がされている。


「はい、あのお方はまさに賢者と言っていいでしょう。魔物を軽く倒す人など他には勇者候補しかいませんね」


「ふむ……下がって良いぞ。あとのことはワシに任せろ」


 こうして辺境伯はルードの住んでいる森の危険性を認識したのだった。

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