人間を助けてみた
結界を張って人間と離れた暮らしをして数日、それは突然に起こった。いや、起こったと言うことではないな、『気づいた』と言うべきだろう。
結界の外、そこそこの距離から血の匂いが漂ってきた。忘れもしない、魔物と人間の血が混じった戦いの匂い、前世なら血湧き肉躍るところなのだが、身体が人間になったせいだろうか、何一つ感じることはなかった。
匂いには人間の血が多く流れているようなので魔物の方が勝つだろう。結構なことではないか。人間を助けてやる義理など微塵も無い、むしろ仇とさえ思っているのでそんな戦いに関わる気など起きなかった。
「魔王が人間など助けるものか」
そう独り言を言って野生のウサギを狩って作った干し肉をかじった。魔法で簡単に狩ることは出来たし、土地にマナを流して畑も作った。立派な生活拠点になったここに人間が来て欲しいとは思わない。だから見捨てた方がいい。
『タスケロ』
頭痛と共にその言葉が頭に響いた。魔力によるものだろう、俺に干渉出来るとなるとあのエセ神くらいしか思いつかない。クソが!
その頭痛に抗っていると血の匂いはどんどんと濃いものになってきた。それに比例するように頭は締め付けられるようにいたくなる。
「今回だけだぞ……」
決して人間のためではない、自分の頭痛を解消するためだ。そのためだけに森の中を疾駆していった。不思議と匂いの漂ってくる方向に向かっていると頭痛が消えていく。これは呪いの類いだろうな……人間の神のくせに邪神よりよほどたちが悪いじゃねえか!
木々のあいだをすり抜けてたどり着いたそこには数人の死体と少女が一人、数匹のデスファングが牙をガチガチと鳴らしていた。
「危ないです! どなたか知りませんが逃げてください!」
その少女がそう言った。俺はその言葉に無性に腹が立った。『逃げろ』だと? この魔王に逃げろといったのか? このクソガキに舐められているという事実は腹立たしいことこの上ない。
その上この狗共とくれば魔王の迫力も無視するように牙をむいている。いいだろう、魔王の偉大さをその身をもって教えてやろう、下等種め。
「グアォッ!」
飛びかかってきたデスファングの喉を掴んで持ち上げる。「ググ……」と息も絶え絶えな様子だが、ここでもうちからの差は歴然としているというのにこの狗は戦意を失っていない。格の違いも分からんのか、所詮は狗だな。
グチャ!
喉を掴んだ手に力を入れると喉が潰れてピクピクと痙攣しながらデスファングは息絶えた。
「グルルル……」
多少は警戒している様子だが、未だに俺が魔王だとは気づいていないようだ。俺はこんな下等な生物の長だったのか? クソが、魔王の力も分からん魔物に生きている価値もない。
『ライトニング』
閃光と共にデスファングの群れは蒸発した。人間になった身とはいえこの程度の力はあるようだな。連中には分からなかった様子だが……
周囲一帯の光が消え、跡形もなくなったデスファングがいた場所をポカンとして目で見ている少女と数人の……おそらく護衛だろう……を放置して帰宅しようとすると声をかけられた。
「あ……あの! 助けていただきありがとうございます!」
「姫! そのようなどこのものかも分からぬものに頭を下げるなど……」
姫? なんでこんな所にいるのやら……まあ偽物だろう。
「あなた方があの魔物達を倒していたならこの方に助けていただくこともなかったのですよ! 自分たちの実力の無さを恥じるべきです!」
「う……」
なるほど、少女にしては力の差というものがよく分かっているではないか。向こうもあれだけ力を見せれば遅いか勝手など来ないだろう。
「あの……お名前を」
「あ? ああ、るー…ルードだ」
「ルード様、このお礼はいつか必ずいたします」
マジで姫みたいな言動をするなコイツ。王族は大抵部下を連れているから関わりたくないんだ。
「お礼はいらん、静かに暮らせるようにさっさと出て行け」
「貴様! なんという口の利き方を……」
「
黙り込んだ手下を放置して俺は家に帰っていった。まさかアレが本当の姫などということはないだろうし、いいところのお嬢様といったレベルだろう。
そして家について一息吐くと疲れが胸の奥底から溢れ出るように霧散していった。魔王時代だったら見ただけであの程度の魔物でさえ平伏していたであろうというのに……悲しいかな今は人間であり連中には餌に見えたらしい。あの人間共の正体など知ったことではないが、不敬な部下を処断するのも魔王としての役目だろう。
しかし魔王時代に比べて権力も無くなったものだな……
実力が無くなっていないだけ感謝するべきだろうか? あのエセ神は人助けを白などとほざいていたがゴメンだね、せいぜい人間は魔族に恐怖していればいい。あわよくば俺も……いや……勇者ごときに負けた魔王がトップに君臨するなど滑稽だな。俺はここで世間と関係なく生きていくべきなのだ。人間も魔族も関係ない、ただ敵は神のみだ。魔神様の慈悲などというものに期待するのはよそう、人間として魔族と上手くやっていくだけで良いだろう。神も悪魔も知ったことか。
「まったく……飯の途中でトラブルを起こすのはやめてほしいものだ」
人間の脆弱さや魔物の愚かさにあきれながら食べる食事はあまり美味しくなかった。これというのもあの自称神が人を助けろなどと強制したせいだ、恨んでやるぞ。
しかし、人間の飯は美味いな、魔族の連中にも普及させてやりたいものだ。
干し肉を食べながらそう思う。人間の生き血をすすったり、腐肉を食べたりする連中がいるが、こういったまともな飯を食べたら知恵がつくのではないだろうか? 兎にも角にも魔族には血の気の多い連中が多すぎる。まあ俺もその一人なのだが……
――王城にて
「殿下、姫様は無事お帰りになられました」
「何故だ! 奴にも王位継承権があるんだぞ、わざわざあの危険な森に調査に出した意味が無いではないか! 何故助かった?」
「はい、聞き及んだところによりますと狼に襲われている時に魔導師が現れ、姫様を助けたと……」
「バカな! あの森は人間が入るとほとんど帰ってこない場所だぞ! そう簡単に助けられるはずがない!」
こうして近隣の国のお家騒動は何事も無かったことになった。
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