【一章完結】その森には賢者と呼ばれる魔王が住んでいる

スカイレイク

魔王、転生する

勇者に倒されました

「いくぞ! 魔王ルーデル!」


「来い! 小さき人の子よ!」


 そこで俺の記憶は一旦途切れる。俺は勇者と戦っていたはずだ。激戦の末数多の部下を死なせ我自身が出ることになり……そして……どうなった?


「やあ! 君が魔王ルーデルだね?」


 胡散臭そうな金髪の男が話しかけてきた。人のようだが随分と偉そうなものだな。勇者の足元にもおよばないほど脆弱そうな人間だ。


「おっと、ぼくのことを取るに足らない人間だと思ったね?」


「貴様、思考が読めるのか」


「なに、神としての嗜みだよ」


 神? 神などと言ったのか? この餓鬼が神などであろうはずもない、神が人の姿をしているだと! 神というのは魔神様のはずだ。決して人の形をもしたものであるはずがない。


「まあぼくは人間の神だからね、君にいい話を持ってきたんだが聞くかい? ちなみに君は勇者に敗れて魂の状態だよ」


 破れた? 勇者にだと? そんな馬鹿げたことがあるか! 我は最強の魔王ルーデルだぞ!


「認めたくないのは分かるよ、君はよく頑張ったよぼくの作った人間を随分と減らしてくれたし、おかげで勇者なんていう異物を作る羽目になったのだからね」


 ッ……あの勇者の化け物じみた強さは神が作ったからだとでも言うのか? 確かに勇者は我の部下を随分と殺していたが……


「そうだね、勇者なんて作りたくはなかったんだけどね、魔神のやつが『ちょー強い個体を作ってみたぜ! 勝てるかどうか勝負しようぜ!』なんてけしかけてきたからね。ぼくも人間を滅ぼされたくはないからね」


 この人間のガキの言うことを信じるのか? 我は魔族の頂点だぞ。


「おっと、君も勇者も僕たち神の作ったものだよ? 勝てるなんて思わない方がいいかな。まあエーテル体の君はぼくに触れもしないだろうけどね」


 そう言われて自分の身体を見る。これは……手が透けている。これがエーテル体というものか? クソ! あの忌ま忌ましい勇者のせいで何もかも滅茶苦茶だ!


「そうそう、悔しがってくれると少しはぼくが勇者を作った甲斐もあるというものだよ。さて、魔神くんとぼくの戦いではぼくが勝ったわけだけどさ、君に一ついい話があるんだ!」


 もうどうにでもしろ! どのみち勇者ごときに負けるような魔王は必要とされんのだ。我も敵は勇者だと思っていたが、まさか神が後ろに就いているとはな……


「はっきり言わせてもらうとぼくと魔神くんの尻拭いだね。久々のゲームについつい熱くなっちゃってお互い強い人間や魔族を大量に作ってしまってね、いやはや恥ずかしいかぎりだよ」


 男は何の悪気も無さそうにそう言い放つ。神ゆえの余裕だろうか、イラつく奴ではあるがあの勇者とは違うようで敵意は感じられない。


「ま、そんなわけで君には治安維持をお願いしたいんだよ! 魔神くんもぼくに負けを認めたからきみをトロフィー代わりにもらったわけさ! なにしろ人間に力を与えるとロクなことに使わないやつもいるからね。きみはわりと仲間思いな駒だと魔神くんから聞いているよ!」


 治安維持だと! 魔王に治安維持とは笑わせてくれる! 冗談は程々にしろ。


「勇者たちも魔王城で暴虐の限りを尽くしてね、魔神くんにも謝ったんだけど『お前良くそんなやつに力を与えたな……』なんて嫌味を言われちゃったよハハハ……」


 そうか……我の部下も死んだか……それはなんだか寂しいな。奴らとは力でねじ伏せた関係だったがそれなりに楽しいことが出来る仲だったぞ。まあよい、連中の所へ行くとしよう。


「あー……ストップストップ! きみはまだあの世にいくことは出来ないよ。ぼくが人間に転生させるからね」


 人間に……だと……なぜ魔王が人間になどならなくてはならないんだ。


「まあそう思うよねー。でもわりと真面目にお願いしているんだよ? ぼくの子供にんげんたちを助けて欲しいんだよね」


 神なら自分でなんとかしろよ、俺みたいな王を気取っていた勇者などに負ける道化に頼んでどうする。


「分かるよ、そう言いたい気持ちもね。でもぼくが作った人間をぼくが殺したりするのはあまりやりたいことではなくてね。きみに任せてぼくはさっさと人間観察に戻りたいんだ」


 神様というのは随分と勝手なものらしい。クソだなとは思うが俺が人間として生きるだと? 冗談は程々にしろ。俺は悪魔でさえも恐れる魔王だぞ。


「あ、そうそう……魔神くんから魔王くんは人間が勝利した景品として頂いたからね! きみをぼくの意志通りに動かす許可はもらってるよ?」


 おい! 俺の意志は……


「じゃーねー! 人の神が無闇に力を与えた連中を懲らしめてやってねー! よろしくー!」


 ここで再び意識が途切れた。


 目が覚めると小屋の中にいた。自分の身なりを確認してみる。うん、俺は魔王のはずだ。強大な筋肉に膨大な魔力、身体は小さくなったがそれは感じる。しかし部屋にいかにも『覗け』と言わんばかりにおかれた姿見に身体を映すと……


「人間……だな」


 どこからどう見てもただの平凡な人間だった。殺すにすら値しない脅威にならないごく普通の青年と呼ばれる年齢くらいの人間が映っているもちろん俺の事だ。あのエセ神め、結構なことをしてくれる。


 手元にはロングソードが一本、ワンドも一本携えている。魔法と剣技は使えるようにしていたらしい。


 これが全て夢幻かとも思うのだが、勇者どもと戦った記憶は確実に残っている。俺が人間を助けるだと? 馬鹿げた話だ。おや? なんだこれは?


 目が覚めた部屋に唯一置いてあった机の上に封蝋のされた手紙が一通置いてあった。ご丁寧に封筒に『ルーデルくんへ!』と書かれている。こんなことをやりそうなのはあのふざけた神くらいのものだろう。


 どうやら勇者に負けたのは認めなければならないらしい、そして人間という種があのふざけた神に作られたと言うことも認めるべきなのだろう。


「まったく……あんな神に作られるから人間というのは愚かになったのだろうな……」


 愚痴っていてもしょうがないので俺は机の上の手紙を開封した。


「人間達が調子づいて神を軽視させないようにね! よろしく! あ! この家はきみにあげるよ! 神の作った聖地にでもしてね!」


 紙を破り捨てたくなった。なんだこのふざけたメッセージは。俺を人間にしたあげくこの扱いだ、文句だって言いたくなる。とはいえ……


「敗者が勝者に文句を言うのはみっともないな……」


 俺は勇者に負けたのだ、勝利者である人の神に従うというのはしょうがないことなのだろう。敗者に対する処遇というのはいつだって残酷な物だ。俺だって捕虜にした人間を身代金を払わせて引き渡したことくらいあった、今度は俺が邪神様から人の神に引き渡されたと言うことなのだろう。


 まあいい、人間になってしまったのも、人の世をただせと言われたのも、深く気にするのはやめよう。ここで静かに暮らしていればいずれ邪神様があのエセ神から引き取ってくれるかもしれない。幸い能力は一切下がっていないようなのでその辺で殺されるようなことは無いだろう。精々安全なここで静かに暮らしていくぞ!


 俺はそう決めると家の周囲を確認して結界を張っておいた。魔王時代なら魔物など平伏した物だが、今は残念ながら人の身だ、安全確保をしなくてはな。


 そうして俺は偽神の用意した小屋に泊まることにした。あとのことは後で考えればよい。今はただ、魔王時代にはほとんど感じなかった眠気という物を感じている。懐かしい火が落ちてからの光景も人間にとっては危険な物だ、おとなしく小屋で寝よう。


 俺は邪神様を信じながら眠りに落ちた。

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