破壊と再生

 昔から、破壊することが好きだった。花瓶も時計も壊した。コップも、そして弟の心も。人と人の仲を割くことも好きだった。母親はかなり手を焼いていたようだったが、そんなこと知ったことか。俺は俺の道を行くんだと思っていた。破壊することは楽しい。ワクワクする。全てが無に帰してしまえばいいと思う。そっちのが静かで気持ちいいじゃんね。

 しかし、社会の圧力はかなりのものだった。俺は親から何度も叱られ、療育施設に何度も通って、「普通」になることを強いられた。俺は演じはじめた。そっちのほうが無駄なことがなくていいと思ったからだ。本当は破壊したいけど、そうすると周りが俺の自由を制限する。ならば何も注意されなくなる大人になるまで、俺は演じきろうと思った。

 そのうち、彼女ができた。俺はどっちかといえば男が好きなんだけど、彼女は俺にゾッコンで、面白そうだったから付き合うことにした。名前はエレナといった。


「チャーリィ。今度デート行きましょ。大通りに美味しいアイスクリーム屋さんができたんですって」

「へぇ」

「んもう、興味ないんでしょ」

「ないことないよ。でも友達と行けばいいのに」

「あなたと初めて行きたかったから、我慢してたのよ」

 そんな殊勝なことを言う。

「何味があんの?」

「バニラ、いちご……あなたの好きなチョコレート味もあるわよ」

 アイスはなんの味もしなかった。俺は笑って言った。

「美味しいよ」

「よかったわ」

 エレナが微笑んだ。俺は目の前のこの人間を、塵ほども愛せなかった。

 

 破壊行動をしなくなった俺のことを、両親も弟も愛してくれるようになった。でも、それはほんとの俺じゃない。それはかしこまって、何もかも了解したふりをしている俺の抜け殻だ。俺は俺の欠陥を憎むようになった。どうして俺はみんなのようじゃないのか。なんで破壊することが楽しいのか。なんで、人を愛せないのか。朝目覚めるたびに、新しい自分になっていることを期待する。そしてそれはすぐに裏切られる。そして何度も。何度も、何度も、何度も。

 俺は精神を病んだ。それは傍目には突然だった。誰もが不思議がっていたが、俺だけは理由が分かっていた。本当の自分を出しておらず、本当の自分は受け入れられないから。俺は永遠に、諦めながら生きなくてはならなかった。そのことに耐えきれなくなったのだ。学校は休学した。


「チャーリィ」

 扉の向こうから、エレナの声が聞こえる。

「ごめんなさい、私、あなたの悩みに気がつかなかったわ」

「エレナが謝ることじゃない」

「でも、分からないの。あなたは何が苦しいの」

「……僕はみんなのようではないから」

「そんなことないわ」

 演じた代償だった。僕の異質性は、周囲には気取られていない。それが僕を孤独にした。自業自得なんだろう。

「エレナ」

「なに」

「僕のことはもう気にしないで」

「そんなこと、できないわ……」

「君には、僕のことは分からない」

 沈黙。

「……ごめんなさい」

 彼女が去っていく音がした。彼女はもう来ないだろう。僕は枕に顔を埋めた。これでよかったんだ。でも、彼女は次の日も来た。

「あなたのことが知りたいの」

「そんなこと知らなくていいよ。君を苦しめたくない」

 本心を知ったら、誰もが離れていく。

「僕は昔から、破壊することでしか歓びを得られないんだ」

「そうなのね」

「そうだよ」

「なんだか芸術家みたいよ」

「小説を書くことは好きだよ」

「あなたって小説を書くのね。読ませてほしいわ」

 驚いた。そんなことを言ってくれる人がいるんだ。

「また、今度ね」

「待ってるわね」

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