絶望の天使

 少年は白い花の中を歩いていた。ガスマスクが重い。お母さんはパンケーキを作って待ってくれているはず。早く帰らなくては。

「チャーリー」

 名前を呼ばれて振り向くと、一人の少女が笑いかけてきた。

「……あなたは?」

「私はリリィ。この世を滅ぼすために遣わされたの」

「へーぇ」

 チャーリーは目を丸くした。

「それ、本当かい?」

「あなたは本当に素直ないい子ね。だから今回はあなたを助けることにしたの。今すぐ帰って二階のあなたの部屋に入りなさい。それから一時間は外に出ちゃだめ」

「……どうして?」

「これから世界を滅ぼすからよ。いい? 一時間よ。忘れないで」

 チャーリーは言われた通りに家に帰った。そして母のパンケーキを食べた。お母さんも助けられないだろうかと思った。そこでチャーリーは母に自分の部屋に来るように言った。

「ママ、僕の部屋から水漏れがするんだ。直してほしいな」

 チャーリーの母親は頷いた。

「分かったわ」

 チャーリーは一足先に部屋に行った。すると、さっきの少女が窓の外に浮かんでいる。

「すごいね、どうやって浮いてるの?」

「内緒。ねぇ、あなたのお母さんは助ける人のリストに載ってないのよ。諦めて」

「そんなことできない」

「なら仕方ないわね。不可抗力によってあなたの母親はあなたの部屋にいられなくなる」

 チャーリーは考え込んだ。

「母を殺すような神様なんだったら、僕そんな神様の統べる世界になんていたくないよ」

「チャーリー」

「僕は部屋には行かない。神様によろしくね」

 チャーリーは下に降り、母に言った。

「水漏れ、大丈夫みたい」

パンケーキを食べながら母と談笑をした。やがて世界には白い花粉が満ち、それを吸い込んだ者から倒れはじめた。

「チャーリー……」

 母は彼を守るようにチャーリーのほうに腕を伸ばし、それから食台に突っ伏した。

「お母さん」

 チャーリーの意識は遠のかなかった。いつまで経っても死ぬ気配がない。

「お母さん」

 彼は母の息がないことを確認し、涙した。それから神を罵った。

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