別れ

 あの人は死んでしまった。私を永遠に置いていってしまった。悲しい。心が足元から滑り落ちてゆく。窓の外では雪が降っていた。曇り硝子に手を置いた。水滴が手首を伝って流れる。

「佐代子」

 あの人の声が聞こえた気がした。

「拓郎」

 私は彼の名前を呼んだ。

「ここにいるよ」

 背中のほうで声が聞こえる。私は振り向いた。そこには誰もいなかった。ただ声だけが響く。

「君を置いていってすまない」

「貴方……」

 私はしゃがみこんで泣いた。これは幻聴なのだと思った。それでもいい、側にいてほしい。

「僕のことは忘れて」

「そんなことできないわ」

「できる。だって君は生きているのだもの」

「そんな悲しいこと、言わないで」

 頬に温かいものが触れた。彼の指なのだろうと思った。

「愛しているよ、佐代子」

「さようなら、拓郎……」

 気配が消えた。私は立ち上がって、窓を開いた。さっと新しい空気が部屋に入った。拓郎が道に迷わなければいいと思った。私は窓を閉じた。

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短編集 はる @mahunna

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