サイコパスの哀愁
俺は薬を飲んだ。白い無味乾燥な錠剤が、水とともに喉を滑り落ちていく。ふぅ。これで今日も落ち着いて過ごせる。俺は幼少期からこの薬を飲んでいた。脳の疾患を抑える効果があるという。社会性を保つための薬だと説明を受けている。この前、少し飲む時間が遅れたとき、焦燥感が心を襲った。それからは時間に遅れないように飲んでいる。
窓から日差しが差し込んでいた。今日も晴れらしい。外から子どもがはしゃぐ声がする。俺は微笑んだ。子どもは元気だな。俺にもあんな頃があった。錠剤を缶に入れて戸棚に仕舞う。俺はデスクに向かい、椅子に座ってPCを開いた。仕事を始めよう。
俺は白い錠剤を見下ろした。これを飲まなければどうなるのだろう? 焦燥感、それから? 俺は監視カメラに背を向けた。そして薬をあおった。……飲んだふりをした。バレていないはずだ。これで俺は本当の俺に出会える。
焦燥感が体を襲った。それに耐えてしばらくじっとしていると、冷気が体を包んだような気がした。これは……心臓が冷たくなってしまったかのような感覚。悪くない。今なら何をしても平気なような気がした。これが本当の俺か。この冷酷さが。俺は包丁を手に取った。刃がぎらりと光を反射する。その時、スピーカーから音声が流れてきた。
「ミスター・ターナー、薬は飲まれましたか?」
「あぁ、ジュディ。飲んだぜ」
「あなたの脳波に乱れがあります」
「気のせいだろ?」
俺は包丁を懐に入れて、街に出た。命がおもちゃみたいに感じられる。これで突き刺しても、きっと何も感じないんだろう。何もかもがつまらない。刺激を欲しがっている自分自身がいる。俺は道端にいた子どもに声をかけた。
「やぁ。元気?」
「うん、元気だよ」
「犬は好きかい?」
「うん、大好き」
「俺の家にダックスフンドが5匹いるんだ。見に来るかい?」
「行きたい!」
ちょろいもんだ。俺は内心ほくそ笑んだ。俺は子どもと手を繋いで、家路を歩いた。途中で子どもは、自分がどんなに犬が好きか純真な目で話してきた。無邪気なもんだ。俺がこれから何をしようとしているか知らずに。……俺は何をしようとしているんだ? これは犯罪だ。薬を飲んできて生じた、常識を重んじる俺が俺を押さえてきた。なんだよ。いいじゃねぇか。いいわけない。こんな子どもを連れ去って、ひどいことだと思わないのか。こんなの子どものためにならない。命をなんだと思ってる。俺は家に近づくにつれ、嫌な予感が背中に這い上がってきた。まさか。そんなはずじゃ。俺は後ろから羽交い締めにされた。
「マイケル・ターナー。誘拐の容疑で現行犯逮捕する」
「……ちっ」
おおかた、ジュディが通報したのだろう。飲んでいないのがバレていたのだ。高性能AIめ。子どもが保護されているのが見えた。
「……子どもは無事ですか?」
俺の口が勝手に動く。哀れなものを見る目をして、警官がこちらを見た。
「ああ。良かったな、マイケル。もう薬を飲むのを怠るなよ」
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