主人公⑤
「───────────────ッ!!!」
リンの勝利の雄叫びは、やがて見ていたものたちに届き、その声はどんどん拡散されていった。
『────────うおおおおおおおおおおおおおお!!!』
街全体を震わせる程の大歓声。
大衆が初めて目にする英雄の偉業に、誰もがそれを讃えた。
「やるじゃねえか!ルーキー」
「テメェの戦い、痺れたぜ!」
「俺は最初から、信じてたぜ!」
「俺も!」
「僕も!」
「私も!」
喜びの声が、賞賛する声がリンに投げかけられる。
「ケッ!まだまだだな」
エフはリンの姿を一瞥してから帰路につき
「やった!やりましたね!」
「うん。見てた、よ………」
メロもマロンの手を握り、ジャンプしながら腕をブンブンと上下に振るう。
「はぁ………」
テレジアは無事に終わったことに息を吐き、
「………負けてられないね」
クロムは周囲を見渡し、そう呟いた。
この瞬間だけは、誰もがリンを認め、讃えている。
「リンくん………」
ギルドの受付嬢であるミカンも、戦いを見ていた一人だった。
住民の避難誘導。そのために来ていたのに、いつの間にか見蕩れていたその戦い。
「また、無茶して………」
だが、心配そうな声とは裏腹に、ミカンの表情は少し嬉しそうだった。
少年が、自分よりも強大な相手に挑む。そんな、どこにでもあるような、ありふれた英雄譚。だが、目の前でそれが起きれば、まるで違うのだと、人々は思い知らされた。
「リン………よかったぁ」
未だにメロに腕をブンブンと振られているマロンは、未だにその場で立っているリンを見つめる。
気絶したのではないか?と疑われていたが、やがて動き出したリンは、マロンとメロの元に向かって歩を進める。
「ほら、約束通り戻ってきたぞ」
「………うん」
マロンが微笑むと、リンはそのまま意識を手放し、倒れ込む。慌ててメロの手を振りほどき支えたマロンは、その後聞こえた寝息にホッと安堵の息をもらした。
「お疲れ様リン………約束、守ってくれてありがとう」
□■
「そろそろ終わり、か」
自分が仕掛けた前哨戦が終わりに近付きつつあることをその男はその場所から察していた。
「さて、あとは報告を────────」
「ロ、ロイマン様!」
と、次の作戦のための準備に取り掛かっている男の元に、黒いローブを被った男がやってきた。
「来ましたか。それで?作戦はどうなりましたか?」
クロムが居る以上、致命的な損害を与えることはないと思っていたが、ある程度の戦力削減、そして冒険者の自信喪失くらいはしてくれるだろうと、仕込んだ
「実は………」
報告しに来た者は、なぜか一泊置いてから
「本日、迷宮街を襲撃した魔物は、全滅しました」
「………人員はどうした?」
男にとって、魔物は使い捨てのものだった。元から全滅されること前提で送り出したのだから、それは当たり前だったのだが、人員がどうなったかの報告がないのに違和感を感じたのだ。
「人員は………異変を察知し、敵地を見たリーン様が、魔物を放ち、即座に撤退命令を出しました」
「………なに?」
撤退命令。なぜそれを命じたのか、男にはわからなかった。
リーンは【輝く絶望】の幹部。そして頭のいい女だった。故に、明らかに勝算のある戦いからは引かないだろうと、思ったのだが。
「始まりから話しますと、街を襲撃に向かった
それも、男が予想していなかったこと。
「あのパウ・ベアーに、ですか。それで、原因は?」
「はい。リーン様は、邪魔だったからでは、と推測しています」
邪魔だったから。だから味方を倒した。いや、あのパウ・ベアーは味方と認識していたのかも怪しい。協力者、程度に考えていて、利用していただけなのだろう。
(まあ、こちらも利用目的でしたけどね………)
それに、利用しあう関係を持ち出したのは男だったので、そこに文句はない。
「件のパウ・ベアーは、その後一直線にとある冒険者に向かって行き、そのまま一騎打ちを始めました」
「そう、か………それで?その冒険者のランクは?」
誰かとの再戦を望んでいたパウ・ベアー。だから、その相手だと推測した男はおそらくBランク帯だと予想し、
「冒険者ギルドのスパイからの報告ですと………Dランクの冒険者です。しかも、冒険者になってから一ヶ月半の」
その報告を聞いて、耳を疑った。
なんの冗談だ?Bランクくらいには勝てるくらいに仕上げたパウ・ベアーが、Dランクに負ける?
「そう、か………」
そうして目を覆った男の口は、薄らと笑みを浮かべていた。
「そして、その冒険者に感化された冒険者たちが、希望を抱いて襲い来る魔物たちに立ち向かってしまいました」
冗談のような報告に、しかし男は高揚していた。
(一人の人物に感化されて、強大な相手に立ち向かう………なんという、ありふれた
「これが、あなたの狙いですか?クロム」
男は小さく呟くと
「リーンに伝えなさい」
「は、はい!」
報告係に優しい笑みを浮かべながら伝える。
「本命で、しくじるな、と」
それさえ無事なら、それでいいと、そう伝えて
「りょ、了解いたしました!」
報告係はそう言うと、慌てて男の元を離れていった。
「ふふ、ふふふふふ………」
男は、新たに現れた仮想敵を思い浮かべながら、静かに笑うのだった。
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妖精が奏でる恋のアリア 花野拓海 @takumero0921
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