主人公④

 暗闇の中、それは生まれた。

 生まれた瞬間から与えられたのは、闘争本能。迷宮にやってくる冒険者を襲い、倒す。または倒される。その理にそれ、パウ・ベアーは疑問を抱かなかった。


 だが、数多くの同族が生まれた瞬間に、強者に蹂躙されているのを見て、自分は逃げ出した。

 二度目の人間との邂逅は、その後すぐだった。同族を蹂躙していた存在に比べると、あまりにも弱い存在。自分が本気を出すまでもない相手。

 だが、その弱者は策を弄し、自分に一矢報いて見せた。

 弱いのに、立ち向かってきた。弱いのに、自分を追い詰めたのだ。

 本能的に知っていたこととは違う。弱者は、逃げるのでは無いのか?弱者は、恐れることしかできないはずだ。だが、それは立ち向かって来たのだ。

 だから、知りたかった。其奴を。話して、見たかった。

 その後現れた強者によって逃走してしまったが、今度は逃げずに済むようにしようと、心に決めた。

 己を鍛え、機会を伺った。怪しそうな相手に協力する見返りとして戦う機会を授かった。そして、再びあいまみえた。

 再開の後、なにをしようかと悩み、そして大剣を構えた。

 故に、初めて会った時の戦闘の続きをしようと、そう決めた。あの時の戦いは結局決着はつかなかったし、この者もそれについて吼えていた気がするからだ。


 叶うならば、一度彼と話してみたかった。だが、それはもう叶わない。

 できることがあるとすれば、己の全力をぶつけることだけ。


『gugyaaaaa!!』


 全身全霊の一撃をもって、リンを倒すためにその攻撃を振り下ろす。



 それは、超えなければいけない壁だと思った。

 原作の主人公は英雄になって、たくさんの人を救う。だとすれば、この程度の困難は突破すべきだと、思った。いずれ来る相手であれば、倒すべきだとも。

 初めて強敵と相対し、吼えるだけ吼えたが、実際には自分が負けていて、やっぱり本物には敵わないんだと、心のどこかでは諦めていた。嫉妬し続けていた。

 どうでも・・・・いい・・

 これは、この時は、この戦いだけは!俺の戦いだ!俺だけのモノだ!原作?本物の成した偉業?

 知るか・・・

 そんなものは知らん。そんな理由で、譲ってなるものか!

 だから、リンは自分の心のままに、その一撃を振るう。


「【顕現せよ、断罪の力。飢える我が名はヒロイック。神罰の執行者】」


 リンの持つ最大威力の魔法の詠唱を唱える。リンの残る魔力の全てをこの一撃に込めるのだ。


「いっけぇぇ!負けるなぁぁ!」


 エルフの少女の声が聞こえる。


「頑張って!」

「腰が引けんじゃねえぞ!」


 天然少女とヤンキー系の声も聞こえる。


「やっちまえ!」

「負けんじゃねぇぞ!」

「テメェの勝利に今夜の酒代賭けるぞ!」

「俺も!」

「俺だって!」

「わたしも!」

「ぼ、ぼくも!」


 冒険者たちが賭けにならない賭けをしながら叫ぶ。


「頑張って!お兄ちゃん!」

「負けないでください!」


 この街に住む、冒険者じゃない人達の声も聞こえる。


『Ooooooooo!!!!!』


「【愚者の足掻きフェルズ・アダマント】ォォ!!!」


 そして遂に二人の剣はぶつかろうとし、


「テレジア。結界」


「【完全なる球体パーフェクト・ドーム】」


 二人が結界に包まれ、衝撃が迸る。


「ぐぅ!」


 そしてその衝撃は結界内部だけに留まらず、外にいる冒険者たちにも少なからず影響を及ぼした。


 辛うじて結界の中が見えるものは見ていた。未だにパウ・ベアーとぶつかり合うリンの姿が。

 剣と剣がぶつかり合い、結界にヒビも入っている。地面も陥没している。リンが下だ。どう考えても不利なのに、それでもまだ抗っている。


「がぁぁぁぁ!」


 だが、リンはもう、限界だった。


『guoooooo!!!』


 パウ・ベアーは全身の体重も併せた最大の一撃。リンも全魔力を込めた一撃だが、リンは受け側だ。どこまで行っても、リンが不利なのだ。


(また、負けるのか?)


 それは、リンの疑問。このままじゃ、また負けると、本能でリンは察していた。パウ・ベアーも、このままいけば勝てると、そう判断した。

 だから、リンは最後の抵抗をする。


「【ティンダー】ァァ!!!」


 それはなんてことの無い着火魔法。誰も気にすることのない、平凡な魔法。だが、この瞬間だけは、刺さった。


『gua!?』


 それは賭けだ。パウ・ベアーの目の中に火の玉を入れる、賭け。水を発射する【クリエイト・ウォーター】よりも、冷気を与える【フリーズ】よりも、光を与える【ライト】よりも、ただ物を燃やすために必要な分だけの火の玉を発動させる【ティンダー】だから、相手の目の中に入れるだなんて、そんな芸当ができた。


(一瞬だ!)


 この一瞬が勝負。

 元々動けるように少しだけ残していた魔力は【ティンダー】によって五割は無くなった。だが、リンのスキル【百折不撓】により、リンの魔力はこの瞬間も、回復しつつある。

 だから


「【顕現せよ、断罪の力!飢える我が名はヒロイック!神罰の!執行者!】」


 だから、使用魔力量を自分で決めれる最後の魔法の準備をする。


『gua!?』


 そして、パウ・ベアーも見えずとも聞こえていた。

 そして、まだそんな余力があるのかと、驚愕する。だが、もうリンには余裕が無い。だから


「流!」


 今の攻防を、リンがその場で受け流すことにより、無理矢理終わらせる。

 急に受け流されたことにより、体勢を崩したパウ・ベアー。だが、リンもパウ・ベアーの大剣が地面に衝突した衝撃により、タダではすまなかった。

 リンはリンから見て左側に受け流したことにより、左側の体はある程度吹き飛んでしまっていた。だが、剣を持っている右は無事だったのだ。

 だから、リンは体勢を崩したパウ・ベアーに、最後の一撃を放つ。


「【愚者の足掻きフェルズ・アダマント】!!!」


 残り少ない魔力を用いた攻撃。だが、防御もなにもしていないパウ・ベアーのガラ空きの胴体にはこれ以上ない攻撃で


『guoo………』


 なにかを言った後、パウ・ベアーの体は吹き飛び、跡形もなく消えてしまった。それと同時に、バリン!という音と共に、結界も砕け散ってしまった。


「………や、った………?」


 メロがポツリと呟く。それと同時にリンは右手を上に伸ばし、大きく息を吸ってから叫んだ。


「────────────ッ!!!」


 その声は、勝利の声であり、新たな英雄の産声でもあった。


────────────────────


ここまで読んでくださり、ありがとうございます

よろしければ、応援やコメント、星評価、レビュー、フォローもよろしくお願いします

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る