第2話 ことなかれ

「死ね!」

剣を持った男の一振りが俺を両断する





ことはなかった


「・・・え?」


ひっくり返された虫のように体を縮こませてた俺の目の前で刃が止まった


「お前、運がいいな」


パニックになった俺のには何が起こっていたのか理解できなかったが

誰かがかけつけてくれたのだ


「まっ、待てっ!」


恐怖心より怒りが勝ったのだろう

去ろうとする男を呼び止めた


振り返った時、後悔が押し寄せ体が跳ね上がったが、俺の口は止まらない


「お、俺を生かしておいたこと必ず後悔させてやるからな!」


男は黙って俺の啖呵を聞き


しばらくして爆笑した


「な、な、何がおかしい!」


「何を言うかと思えば随分勇敢だな。俺は六道恭介、いつでも挑戦を受けてやるぜ覚えていれば・・・・・・、な」


ワープか、それとも超スピードか、目の前で男が消えた




誰もいなくなった場所で地面を殴りつけた


ふざけるな!忘れるわけがないだろう!



その後俺はスーツを着た複数人の男性たちに車に乗せられ、避難所に着く間何が起こったのか全てを話した





「剣を持った男がルリちゃんを刺したんだ!一体アレはなんなんだよ!」


できることならこの手であの男に復讐したかったが

普通の人間ができることは最大限の情報を渡すことだけだった


この情報が解決に繋がると、その時は信じていた

しかしリーダー格の男の通話からその望みも薄れて行った


「聞いての通り彼は錯乱している。リリカル・リリーが交戦中に死亡したのは間違いないようだが、〈異能数値〉の低さからしても彼の言う男が本物の『六道恭介』とは考えられにくい。直ちに



『記憶処理』を施す」


「は?」


この時、あの男がなぜ「覚えていたら」と言ったのか理解できた


抵抗する俺を男たちが押さえつけた


「お前が今まで呑気に暮らしていたのも我々がこうして記憶を書き換えていたからだ。寧ろ感謝くらいしてほしいがな」


「皆で立ち向かうべき問題が目の前にあるのに事なかれで済ませようと強要しているだけだろ!お前たちが守っているのは上っ面だけの平和だ!」


「関係ない。次に目を開けたときにはこのやりとりは覚えていない、さっさと始めるぞ」


リーダー格の男がペン状の装置を取り出すと俺こう言ってきた


「0.028パーセント」


「は?」


「記憶処理が失敗する確率だ。俺の顔を覚えていたらこの不毛な問答の続きをしてやるよ」


処理班たちはサングラスをかけ、装置のスイッチに指をかけた

「あばよ」



「やめろぉぉぉぉ!!!」




突如眩い光が車内を包み込んだ







一週間後、俺は病院で目を覚ました。

見た目ほどに大した怪我はなく、すぐに退院することができた




俺はルリちゃんと親の葬儀に参列した


原因は工事中にガス管に穴を開けたことによる爆発


皆が口々に「どうしてこんなことに」と呟く


記憶を書き換えられた遺族たちはずっと死の真相すら知ることなく、偽りの記憶を受け止めることしかできないのだ






そう、俺は0.028%の方を引いてしまったのだ





唯一、記憶を消されなかった俺にできることは遺族達に事実を伝えることだけだった




「あれからずっとあんな感じだよな、剣を持った男がどうとか」


漫画みたいな空想話をし、暇さえあれば現場を徘徊する俺を見て周囲が離れていくのに時間はかからなかった。


輝兄ちゃんの父親がそうであったように俺もまた変質者を見るような目で見られるようになったのだ



瓦礫や割れた道路、事件の傷跡は残っていたが肝心の証拠だけが綺麗さっぱり消えていたのだ


「そこを探したって何も見つからないぞ」


いつものように瓦礫を漁っていると

輝の父親に声をかけられた


「事後処理部隊の仕事は完璧だ。大方お前も0.028%の方を引いてしまったんだな?」


その言葉を聞き、初めて理解してくれる人に出会ったと確信した



「こっちだ」


俺はおじさんに言われるままついてて行った


その道中、ルリちゃんや恭介、あの組織のことについて教えてもらった


【異能】


一握りの人間が持つ潜在能力

異能の数値が高くなると奇跡や超能力のような形で表に出るそうだ

そんな力を悪用する人間も中には存在しておりその最たる例が六道恭介らしい

俺の記憶を消そうとした集団は秘匿組織フェイス

フェイスは異能の存在を秘匿し、影で悪用する者たちと戦う組織で

輝兄ちゃんやおじさんもそこで平和のために活動していた


「フェイスが警察や自衛隊に情報を共有していれば、あんな悲劇は二度も起こらなかった。」


俺は輝兄ちゃんを間接的に殺した強い責任感を感じていた

全てを知ってなお、俺のことを受け入れたおじさんに再び感謝していた

「はじめこそ『復讐など意味はない』と記憶を消して人生をやり直そうとしたが結果的にこのザマだ」


そこまで説明されたが、腑に落ちないことが一つあった。


「でも、どうして俺をこんなところに?」

「僅かだがお前にも【異能】がある。記憶が残るだけでも希少なのに異能を持つなら戦力にもなる」


「記憶処理のプロが見落とすレベルの異能数値だが」と話を続けた


異能の数値は高くなる分強力になるが、その分フェイスに気づかれるリスクも高くなる

そこで俺の異能の内容によって数値をどれだけ伸ばすのか活動の内容を決めるそうだ


「なんてことだ!」


カプセルに入り、異能を計測してもらうと、おじさんは取り乱した


「これは異能数値が低かったんじゃない。しかしこんなことが」


検査を終え、結果を見た俺は愕然とした






名前:田中 敬一/16歳/男

異能:事なかれ

効果:周囲の異能数値を体感的に下げ,気づかれないようにする



クソの能力にも立たないどころか、害にすらなるレベルの能力


俺の異能によって恭介の体感的な異能数値が減り

大した敵ではないと輝兄ちゃんも瑠璃ちゃんも一人で戦わされて

異能数値が低すぎたことで事後処理部隊も恭介による仕業だと気付くことができなかった


結果的に俺は六道恭介に何度も助け舟を出し

俺は二度も二人を殺した




俺のせいで

俺のせいで

俺のせいで


全身から力が抜け、間抜けなポーズでへたり込んだ

心なしかおじさんから殺気すら感じたが今の俺にはどうでも良かった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る