句集『夜盲』
序
体感時間では、二十歳で人生の半分が終わっている。何処かの誰かが無責任にそう嘯いた。もしそうであるなら、大人とはつまり人生の夜である。そして俺は、その夜に足を踏み入れた。それでも俺は、大人というものに未だ慣れることができない。子どもの頃に見上げたあの透き遠い空、手を繋いで帰る夕暮れの坂道、ひとりぼっちで座っていた教室。俺はずっと、あの春の光を目蓋の裏に見ている。突如として迫ったこの暗闇に、俺の目はまだ追いつけずにいる。それは、まさに人生の夜盲であった。
人生の意味を辞書で引こうとした
落ちた花弁に影のふたつが掛かる
夕立のトタンに音楽が聞こえる
月光なんて綺麗なものは都会にない
百日紅百一日目に何思う
夕凪に滴る紫苑追慕の日
コーヒーが冷めて夏が終わっている
季節巡ってまた思い出す曼珠沙華
梅馨る山は霞んで居る
列車が往って夜は明けない
海に夕、溶けてさよならの色
伸びた陽が海に沈んで牡丹花
誰も帰る家がある無人の駅
花の名も判らず夜に向かう駅
梅雨晴に映えたる花の真藍色
見上げれば三歩未来を往く蜻蛉
月明かり空に滲む
片方の靴を亡くして歩けず
千万の孤独蠢く武蔵野に曼珠沙華
夕空や世界を影に落としたり
たそかれと松虫鳴くや金木犀
往く夏を餞く虫や空高く
佳い句が書けず花風の吹く
羽虫潰して春になっている
席ひとつ隣に空けて冷めたコーヒー
水滴が頬に流れて傘を差す
さらさらさやけし春の雨
紫陽花の濡れて雲間に月漏るる
つまらない句を書く大人になった
夕霞私の生活を眺む
雷、停電、電話する言い訳
Name a piece of flower as covered with dust
名前も知らないあの花が散った
群れ往く蜻蛉を目で追うひとり
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