1章・第14話 最強の証明


「おっと」


(ただいま戻ったぞ)


「おう。詳しい話はまた後でな」


(うむ。では、今度こそ見せてくれ。お主の戦いを)


「……ああ、今度こそ期待していいぞ」



 ピルピードの王は再び自由を得た。ついでにダリアも普通に戻ってきた。

 奴は復活を祝うかのように再び昏睡ガスを派手に噴出し、節足も、尻尾も狂喜にのたうち回っている。


 俺は抱きとめたアイリスをそっと地面に降ろし、そして蟲たちの王に堂々と相対した。



「――お前、さすがは王様だよ。

 今回ばかりは俺も本気でやばかった。

 でもさ、何でわざわざ死にに来るような真似をしたんだ?」



 俺の言葉など聞く耳持たず、『王』は目障りな敵に対して容赦なく尻尾を振り下ろす。

 もう自分を止めるものは何もない。そう確信した王者から放たれた遊び無しの一撃。



「――『切り裂け、シルフィ』」



 だが、その必殺は俺を屠るには至らない。

 それどころか、村中に『王』の絶叫が響き渡る。



「グギャゥオオオオオォッ!」



 俺を叩き潰すはずだった『王』の尻尾は不可視の風刃に両断され、宙を舞い、そして俺の背後のはるか遠くに落下した。

 切り離された元の本体は、体液を緑色の撒き散らし、痛みにのたうち回っている。



(何じゃ、これはっ!?)


「おっと、やばいな。奴の大暴れに巻き込まれそうだ。

 トラックス、立てる?」


「ああ。もう大丈夫さあ」


「じゃあ、アイリスと一緒にプリムのところに行っててくれ。

 東側は手薄だから」


「りょーかい、任されたよ」

 


 トラックスはアイリスを抱きかかえると、今度こそプリムの待つ村長宅の方へと走って行った。

 これでようやく、最初のプラン通りに戻ったというわけだ。



(お、おおお、お主、な、何じゃ、アレは。妙な術は種切れでは無かったのか!?)


「ああ。魔術とこれは別物――とまで違うわけじゃないんだけど、まあ別枠? みたいなもんだから」


(わ、分からん分からん!

 次から次へと! 何なんじゃお主は!)


「だから、元近衛騎士だって言っただろ。今はただの日雇い冒険者だけどな」


(そ、そういう事ではないっ! あ、あんな力、おかしいじゃろ! あんなぶっといのが! すぱーんって!)


「まあ、詳しい話はまた後で。約束は『この戦いに生き延びたら』だったしな」


(むう……。絶対じゃぞ)


「はいはい、分かったよ。……っと、敵さんもそろそろ痛みに慣れたかな」



 苦痛に暴れまわっていたピルピードの王もようやく立ち直ったようで、赤い眼を更に光らせて俺の方を見ている。

 昏睡ガスも今までの比ではないほどの噴射量だ。



「『吹き飛ばせ、シルフィ』」



 だが、俺が一言語り掛けただけで周囲一帯に突風が吹き荒れ、乳白色のもやは奇麗さっぱり消え失せてしまう。



「グアアッ!」



 ならばと『王』は大きく開けた口から液状の弾を高速で次々と撃ちだしてきた。



「うおっと!」



 直撃は避けたものの、着弾地点からは白い煙が立ち上り、嫌な臭いが立ち込める。

 ――これは……どうやら酸のようだ。

 直撃すればそれでよし、当たらなくとも地面に酸の水たまりを作っていけば俺の機動力を削ぎ落せる、というわけか。

 良い戦術を使うじゃないか。魔物にしておくには惜しいくらいの相手だよ、本当。

 昼間のあいつらと交換してやりたいくらいだ。


 だが、この程度で足止めできるほど俺の精霊は安くない。

 俺はすかさずクーに語り掛け、周辺の浄化を命じる。



「『浄化せよ、クー』」


 

 直後、空中に光の靄が発生し、そしてそこから一滴の虹色に輝く雫が垂れ落ちた。

 雫が地面へと落ちると、波紋が広がるように虹色の膜が地面を覆っていき、その膜が緑色の酸に触れると一瞬のうちに澄んだ水へと変えていく。



「グ、グアアアアア」



 自慢の尻尾は切り取られ、昏睡ガスは吹き飛ばされ、酸のトラップは全て無効化されてしまった。

 出す手をことごとく破られた『王』は、困ったように低く唸る。



「もう、打つ手なしか?

 ――なら、最後は俺の手で直接かえしてやるよ」


「ガアアアアアアアアッ!」



 俺の殺気を感じ取ったか、それとも万策尽きての破れかぶれか。

 ピルピードの王は玉砕も辞さない勢いでこちらへと向かって突っ込んでくる。

 狙いは単純明快、巨体を生かしての体当たり。

 それが当たればただでは済まない。全身骨折、全身挫滅。当たり前のように即死する。

 無論、当たれば、の話ではあるが――



「『リートよ。炎剣と化せ』」



 俺の呼び掛けに反応したリートが、右手に握った短剣に宿る。

 精霊の力で燃え上がる剣身は赤を超え、青を超え、白く輝く灼熱ひかりの刃と化し、触るもの全てを焼き尽くす。



「――次会う時は仲良くしてくれよ。……じゃあな」



 巨体が俺に覆い被さろうとした、その直前――俺は別れの言葉とともに、炎剣を振るう。


 あれだけ硬かった表皮はいとも簡単に焼き切られ、中の肉を容易く露出させた。

 炎剣の熱は表面を斬るだけにとどまらず、怪物の体中を駆け抜け――体内を、そしてありとあらゆる器官を燃やし尽くしていく。


 そして破壊の熱は、ついには心臓へと侵入し――余韻すらなく、断末魔を上げることすら許さず、一瞬のうちに灰にしてしまったのだった――


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