1章・第12話 霧中に差す光


(随分と嬉しそうではないか)


「き、気のせいだろ」


(聞こえておるぞ、お主の声が)


「……う。し、仕方ねーだろ、ああ言われて嬉しくない奴なんていねーって!」


(はん。あの娘の次は糸目女か。

 お主、大王の癖に随分と見境が無くなってきたではないか)


「こんな非常時に何言ってんだよお前はっ。

 あんなの、ただの冗談だろ」


(冗談でなかったら、ど、どうするのじゃ!)


「はあ? 何言ってんだお前は」


(~~~~っ!

 も、元はと言えばあの髭男がモタモタしておるのがぜーんぶ悪いんじゃ!)



 何故か不機嫌なダリアの怒りの矛先はトラックスへと向いてしまった。

 よくは分からないが、多分これはとばっちりという奴ではなかろうか。


 そんなダリアをなだめ、頼りない照明の明かりに苦戦しながらも彼らの行方を捜して足を動かす俺の目に、とんでもなく大きな手掛かりが飛び込んでくる。



「――あれは」



 それは、地面に空いた巨大な『穴』だった。

 直径は軽く三トールはあり、周囲の土が盛り上がっている。



「やっぱりいたか。

 まさか地面からとは思わなかったけど」


(何じゃ。どういう事じゃ)


「あの穴。あそこから飛び出してきたんだよ。

 蟲どもの王様がな」


(王、じゃと?)


「――ということは、多分あっちだ」



 『王』。

 一般にはあまり知られていないのだが、実は魔物にはそれぞれボスのような巨大個体が存在する。

 そういう魔物のことを俺の職場では分かりやすく『――の王』とか『――の女王』とか、そんな感じで呼んでいた。

 その強さはまさに規格外で、ベースとなる魔物の強さに関係なくどれもこれもが極めて高い戦闘能力を有している。

 冒険者界隈で例えるなら『超級』のさらに上、最高難度と言われる『超超級』でもと言って差し支えないレベルだ。


 そんな桁外れの化け物を――元候補生とはいえたった一人で、しかも誰かを守りながら倒すなんて不可能だろう。

 でも、もし彼が『地獄』の教えを忠実に守り、冷静に判断できる人間なら――すぐに撤退を選択しているはずだ。


 そしてその際に予想される撤退ルートは二つ。

 一つ目は最も近い敵戦列の中央突破。二つ目は最も敵の侵攻が遅くなる地点に移動し、救援を待つ。このいずれかだろう。

 だが、今回は昏睡状態のアイリスを連れているだけに一つ目の選択肢を選ぶことは考えにくい。

 よって、俺はトラックスが二つ目の選択をしたことを信じ、村の中央に向かって走り出す。



(お、おい。どこへ行く。

 『王』とは何なんじゃ!)


「デカくて強くてやばいやつ」


(雑っ!)


「いやそれしか表現の仕様がないし」


(むう。お主が強い、と言う事は……それほどなのか?)


「ああ。前の現場でやった時はどれも結構ギリギリだった」


(そんなものが、この村に――?

 今までそんな話、聞いたことが無いぞ)


「普通はこんな場所まで来ないんだよ。

 こっちだとあいつらの身体は十日くらいしか持たないらしいから。

 だから存在自体知らない人の方が多い」


(ますます分からんのう。

 何がしたいんじゃ、その王とやらは)


「さあな。

 話が通じる相手じゃないし」



 少しの間が空き、そして再びダリアが語り掛けてくる。



(――のう、お主)


「何だよ」


(……勝てるのか?)

 


 珍しくもダリアはこの戦いに不安を感じているようだ。

 まあ、これだけ言われたらそうなってしまうのも仕方は無いだろうけど。


 その問いに、俺としてはまだ実際に見てもいないのに分かるわけがない――そう答えたかった。

 だが、過去に戦った『王』や『女王』の戦闘力からすると、たとえ俺と相性の良い相手だったとしても勝率は高くはないだろう。


 だから、こう答えてやるのだ。



「勝つよ。お前と色々約束したからな。

 ルールもまだ決めてないし、『触媒』のことも教えてない。

 あと、それから――」


(――娘を助けた褒美もまだじゃし、の)


「まあ、そういうこと。

 それが済むまでは死んでも死にきれない。

 だから――勝つ。絶対に」


(くくっ。

 では儂はこの戦いを特等席で拝ませてもらうとしよう!

 精々、気張るが良いぞ!)


「ああ。楽しみにしとけ!」



 『勝てる』、ではなく『勝つ』。

 『勝てる』は油断を呼び、『勝つ』は裂帛の気迫を生む。

 ダリアの発破により、俺の気合いが良い感じに乗ってきた。



(何じゃ、あの霧は)



 村の中心にだいぶ近づいたはずなのだが、一向に状況が分からない。

 元々夜間で暗いこともあるが、それ以上に立ち込める乳白色のもやが視界が閉ざしていることが大きい。

 何とか様子を探ろうと靄に近づき、俺が目を凝らしたその瞬間――頭の中に痺れるような感覚が走った。



「ちっ!

 『我を蝕む邪気に抗え』っ!」

 


 異変を感じたと同時に俺は『抵抗』を詠唱し、状態異常の耐性を高める。


 この乳白色のものは霧ではない。昏睡ガスだ。

 もし無防備に吸い込めば、アイリスのように――



「――そういうことか」



 地面の大穴、立ち込める昏睡ガス、結界消滅前に気を失った少女。

 全てが繋がった。

 恐らく『王』は結界を嫌い、地面の中を移動していたのだろう。

 そして『王』が地中で噴出したガスが地上へと染み出し、たまたまアイリスがそれを吸い込んだ、といったところか。

 ということはやはり、このガスの元は『王』で、トラックスたちは最も靄の濃いこの付近にいるはずだ。

 そしてそれを追ってきた『王』もまた、あのもやの中にいる。



(どうしたのじゃ)


「いや、やっぱり俺の思った通りだった。

 二人はあの靄の中にいる」


(それが分かって何故仕掛けんのじゃ)


「あんな濃度じゃ俺の『抵抗』なんて焼け石に水だよ」



 『抵抗』じゃ多分十セドンも持たないと思う。

 多重詠唱版ならだいぶ違うとは思うが、残念ながら使い手側に問題があるのでそれは不可能だ。



(じゃが、このままここでこうしているわけにもいくまい?)


「せめて場所が分かればな」


(まるでさっきの男たちが使っておった何とかかんとかの術みたいじゃのう)


「『隠蔽』、な。

 あれは探してる奴に『いない』と思い込ませる、っていう…………」



 何かが引っ掛かる。

 いや今回のケースでは『そこにいる』のは分かっているから厳密に言えば違うんだ、とかそういう意味では無く……『隠蔽』がどうして使われなくなったのか、その理由は何だったっけ……。



(何じゃ、どうした)


「……それだっ!」


(うひぃっ!

 なななんじゃ、突然大声をあげてからに)


「『検知』だよ!

 『隠蔽』が時代遅れになった天敵!」


(は、はあ……?)


「見てろよ」



 遠征時に遭難者の救出で使うこともあるから、と教わっていて助かった。

 とはいえ残りの魔力量はかなり厳しく、恐らくはこれが最後の中級魔術になるだろう。

 『王』もピルピードの大群もまだ残っている。だけどそのことはその時になったらまた考えよう。

 今はこれに全てを託す。



「『光の道よ、我が友アイリスへと導け』!」



 詠唱が終わった瞬間、俺の足元から光の筋が走っていく。

 左に曲がり、右に曲がり、しばらく進んだところで――



(おお? 何やら光の柱が立ちおったようじゃぞ)


「ああ。アイリスたちはあそこだ!」



 そう言って俺は疾走を始める。

 あの中心部に入った後の時間的な猶予はわずか十セドン程度。

 その時間で二人と合流し、ガスの範囲から抜け出す。

 あとはプリムのところに戻って籠城戦に持ち込めばまだ勝機はあるはずだ。

 戦いにアクシデントは付き物。だから行け、進め、足を止めるな、ジルバ・ストラトス!


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