1章・第11話 緒戦完勝


「おらぁっ!!」



 短剣を持った右腕を逆水平に薙ぎ払う。

 その軌道を延長するように放たれた『闘気』が闇を、空気を、そして蟲どもを食いちぎる。


 今の一振りで十はやったか。

 じゃあ、千も振ればこいつらは終わりだな。

 『地獄』のノルマの三分の一で良いだなんて、なんて良心的な危機ピンチなんだろうか。



「どうした、立派なのは数と悲鳴だけか?

 もっとまとめてかかって来いよ!」


(おっほおおおおおお!

 お主、最高じゃ!

 何故これを今まで隠しておった!)


「いや俺、好き放題に生きられるような立場じゃねえっ、し!」



 先ほどよりも広範囲に闘気を走らせる――が、これは貫通力が乏しく戦果は芳しくない。

 やはり、先程の一撃目くらいがベストだろうか。



(自分たちで不要だと言って追い出しておきながら自分たちに敵対するような動きは許さんとは、随分と身勝手な連中よの)


「しょうがねえよ! よくっ! 分からんものはっ! 怖いから、なっ!」



 連撃で近場のピルピードを次々にほふっていく。

 その数は既に……数えきれないほどではあるが、まだまだ底は見えない。



(じゃがお主、ここだけ相手にしていてはまずいのではないか?)


「ああ。だからさっき村中を見て回った」


(どういう事じゃ)


「ここが終わったら『追風』を使って残り三方向のこいつらを中央に引き寄せる。そこでまとめてぶっ潰す。

 ただ、地形が分からないと『追風』は使えないからな」


(はああ。お主、本当に……戦闘バカじゃのう)


「何だよそれ、褒めてんのか、って!」



 剣も、そして軽口も走る、走る、走る。

 蟲どもの甲殻側面にあるあなから射出する昏睡液も、獲物を噛み砕く鋭い牙も、披露する機会は一切与えない。

 奴らに許されているのは射程距離外アウトレンジから一方的に振り注ぐ刃の雨を浴び続けることだけ。

 その結果、村長宅に最も近い東側から侵攻してきた蟲どもの戦線は進むより下がるスピードの方が圧倒的に上回ってしまっていた。



「よっしゃ、そろそろここは終わりにするか!」



 敵がまばらになり、振りが大きくなりやすい闘気での戦闘効率が悪くなったことを感じ取った俺はすかさず接近戦インファイトへと移行した。

 ピルピードの急所である腹部を狙い、最小限の動きで一撃ずつ入れていく。



(何と、まるで踊っているかのようではないか!

 誰じゃ、こやつの戦いを大味で雑とか言うとった奴は!)


「それは――お前だろっ!」



 強烈にツッコミながら、最後の一体へと短剣を突き刺す。

 これで、東側殲滅の第一目標は完了となった。



「よし、終わりっと」


(大丈夫か?

 あれだけ暴れて、疲れたりせんのか?)


「おお……」


(な、何じゃその顔は)


「いや、明日は雪でも降るのかなって」


(むうう。何じゃ、せっかく心配してやったのに)


「大丈夫だよ。あんなもん、あと一オーズぶっ通しでも問題ない」


(いやはや、本当に化け物じゃの)


「それはお互い様だっての。黒姫様……だっけ?」


(ま、まだ決まったわけでは無いじゃろ!)


「よーし、次、行ってみようか」



 とか強がってはみたものの、切り札無しでの大群相手は結構きつい。

 実は先ほど接近戦に切り替えたのも闘気を温存するためだったりするのだ。


 ……だけど、まあ。

 これを言うとまた何を言われるか分からないから黙っておくけど。

 アイツと話したら何だか不思議と元気が出た、ような気がする。



「――そうだ。その前に……」



 東側の殲滅でひとまずは余裕が出来た。

 とは言っても次の中央戦線が始まったらもうのんびり話をしている暇は一切無くなる。

 その前にプリムと、それからアイリスたちの様子を確認だけしておこう。





 温存のため、魔術無しで村長宅へと赴いた俺に待っていたのはプリムと、ミリアと、村長と、それから家の中へぎゅうぎゅうに押し込められた村人たち――



「――ジールくん!」


「プリム! 状況は!?」



 即席の結界を維持するためか、天へと両手を突き上げたままのプリムの元へと走る。

 彼女の浮かべた焦りの表情は魔術行使による疲労のためか、それとも――



「まずい状況! トラックスとアイリスさんが戻ってない!」


「――何だって!?」



 最悪の事態が起きていた。

 敵の進行速度から考えて、俺たちがいた『ご神体』の辺りはもうとっくに飲み込まれているはずだ。

 だが、悲観的に考えても何も好転はしない。俺たちは焦りで熱くなりそうだった頭から感情を切り離し、冷静に二人が生存している可能性を探り始める。



「たぶん、何かアクシデントがあったと思う」


「でも、トラックスもただ者じゃないんだろ?」



 こんな場所まで潜り込める彼が一介の冒険者などであるはずがない。

 そして、あの別れ際に聞こえた足さばきの音――。あれだけでも常人にはなかなか到達できない領域にいる人物だという何よりの証拠となる。

 ならば、まだ希望はあるはずだ。



「彼も元は『候補生』まで行った人。だから、そんなに簡単に死にはしない」


「……あの人、俺の先輩だったのかよ。

 ったく。二人して冒険者に擬態してたとはね……」


「騙していてごめんなさい」


「いいよ。でも後で全部聞かせてもらうから」


「……全部は話せない、けど――」



 話せないことがあるなら仕方ない。

 まあ、大体の想像はつくから無理に聞き出す必要も無いし。



「――了解、後は任せてくれ」


「……はあ。

 ジールくんって、かっこいいね。ズルい」


「は、はあ!?

 こ、こここ、こんな時に、ななな、何を言ってるーんですか?」



 いつものノリで普通に答えたつもりだったのだが、予想外過ぎる反応が返ってきたことで俺の大王がまたまた顔を覗かせそうになってしまう。



「ふふっ。じゃ、後はお願いね」


「え、あ、ああ、行ってきます」



 大人の余裕、とでもいうのだろうか。

 からかわれたような気がしないでもないが、プリムの言葉には含みがありすぎて真意が全く理解できない。

 そんな、よく分からない感情を振り切るように、俺は例の広場へと向かって走り始めたのだった。


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