1章・第9話 臨時クエスト(報酬無し)
事態は想像以上に切迫していた。
村の外側にはピルピードの赤く光る眼が
ただ、村内に入ってこられないところを見ると村の中と外を隔てる結界らしきものはまだ一応は機能しているようだ。
だが、これだけ接近されている時点で最早風前の
(こ、これは一体どういう事じゃ!
お主、何故気付かんかったのじゃ!)
「知るかよ!
こんなの、『
ああ、そんなこと言ってる場合じゃねえ! ミリアさん、お願いします!」
「はいっ! こっちです!」
「『光球よ、我が元を照らせ』!」
すかさず『照明』の魔術を使い、俺を追随する光球を出現させ、周囲の視野を確保する。
ミリアは一瞬驚いたような顔をしたが、『そういうもの』だと理解したのか、すぐに駆け出した。俺もそれに続く。
「ミリアっ! こ、これは一体、ど、どういう事なんだい!」
「ひ、ひいいい、バケモノが、あんなにいいい」
「黒姫様ぁ、どうかお助けをぉぉぉ」
そして、騒ぎに気付き周囲の状況を知った村中の住人たちが更に騒ぎ始めた。
絶望が絶望を助長し、恐怖が恐怖を呼ぶ、パニックの連鎖が始まってしまえば最早止める術はない。
ハッタリでも何でも構わない。まずは彼らを落ち着けなければ――!
「みんなぁっ! 俺は高ランクの冒険者だっ! こいつらは俺が絶対に何とかする!
だからみんなは村長の家に集まって、そこで隠れててくれ!」
この先はどう足掻いても戦いになる。
ならば、まずは少しでも戦場となる村内の条件を整えなければならない。
住人が近くにいればそれだけ戦術の幅が狭くなってしまう。
「みんな!
この人のいう事を聞いてちょうだい!
この人はアイリスのことも助けてくれた、とても強い人なの!
だから、早く!」
「――ありがとうございます!
助かりますよ!」
「いいえ!
私にはこれくらいしかできませんから!」
そうして、二人で目的地へと走りながらも村人たちへ避難を呼び掛けていく。
この状況で自分よりも村人の、そして娘のために勇気を振り絞れるミリアの姿は本当に尊敬に値する。
母は強し、なんて言葉をどっかで聞いたことがあるが、それはやっぱり間違いではないようだ。
「あそこです!
あの、水色の石が『魔除け』です!」
「――アイリスっ!」
二トールほどの石柱が
少女は恐らく『ご神体』と思われる、石柱にもたれかかるように倒れており、こちらの呼び掛けに応答する様子はない。
アイリスが視界に入った瞬間、俺は急加速してすぐさまミリアを追い抜き、そして少女を抱きかかえ首筋に指を当てる。
「どうしたのアイリスっ!
しっかりしてっ!」
「ミリアさん、恐らく気を失っているだけです。アイリスは俺が運びますから、先に村長の家に戻ってください!」
「わ、私が運ぶのではダメでしょうか?」
意識を失った人間を運ぶというのは想像の何倍も難しく、著しく体力を消耗してしまう。
今のミリアにアイリスを抱えて走れるだけの余力があるとは思えない。
「時間がありません。お願いします」
「わ、分かりました……どうか、アイリスをっ」
ミリアはそう言い残し、来た道を引き返していった。
申し訳ない気持ちで一杯になりそうだが、親の愛情に
「悪い、アイリス。もう少し我慢してくれな」
俺はゆっくりとアイリスを仰向けに横たえ、手を離す。
薄く盛り上がった胸部は規則正しいリズムで上下している。当面は命に影響するようなことは無いだろう。
(眠っておるだけじゃろ?
何とかして起こせんのか?)
「少なくとも俺には無理だな。
これは薬や魔術での昏睡と同じような状態だからその効果が切れるまでは何しても起きないと思う」
俺はダリアの質問に答えながら立ち膝の姿勢で『魔除け』の石を触り始める。
まずは使われている術式がどんなものかを調べないと……。
(こんな場所で何故そんなことになるのじゃ)
「さあ、な。ただ、外にウジャウジャいるあいつらが絡んでそうではあるけどな」
(あの蟲どもが?)
術式、不明。
次は魔道具の線を当たってみる。
もし魔力注入式なら俺でも何とかできるはず。
「ほら、あいつらと前にやった時に依頼書に書いてあっただろ」
(……知らぬ。お主、あの時は儂に読み聞かせんかったじゃろ)
「そ、そうだっけ?
えーとな、ピルピードは別名『眠り蟲』って呼ばれてるんだと。
昏睡効果のある体液を飛ばしてくるとか何とか」
(なるほどのう。しかし、まだ結界は動いておるのじゃろ?)
魔力充填の仕組みも不明、と。
というかそもそもこの石、何の鉱物だかも分からない。
もし霊器レベルのアイテムだったら流石にお手上げだ。
「そこが俺にも分かんねえんだけど。まあ今はそんなことどうだっていいんだよ」
(……そうじゃな。すまぬ。水を差してしもうたようじゃ)
「はは、何急にしおらしくなってんだよ。心配すんな、って」
臨時で始まった高難易度クエスト、しかもそれに『村人の全員生存』という条件が付いたことで間違いなく最高難度になったと言っていい。
だが――
「――何のために十年も地獄でいびられてきたんだっての。
こういう時のためだろ。だったら、やるしかねえ」
(……む、ぅぅ)
俺が気合を入れたところで、ダリアが気の抜けたような声を漏らす。
ここにきてまた何か下らないことでも言う気だろうか。
「何だよ」
(な、何でもないのじゃ!
結界とやらを調べるのじゃろ!
は、早うせんか!)
俺が顔を向けると、ダリアは急に焦りだし、そしていつものように偉そうに指示を出してきた。
まあ、こいつも今の状況に慌てているんだろう。多分。
「いや、もう終わった」
(何っ!?
そ、それでどうなのじゃ?)
「ああ。……全っ然分からん」
どうやら俺の全く知らない技術や素材が使われているらしく、ここで今すぐ再起動や補修などの手当てを施すことは不可能に近そうだった。
「……でもこれは……」
(どうした、何とかなりそうなのか?)
「いや、無理そうだな。
ひょっとしたら『触媒』に使えそうだと思ったんだが、力が弱すぎる」
(触媒?
何じゃそれは)
「ああ、お前には話したことないんだっけ。
まあ、今回生き延びられたら教えてやるよ」
(や、約束じゃぞ)
「はいはい、分かったよ」
さて、頼みの結界も期待外れに終わり、『魔除け』の効果ももう消えかけ。
きっと結界が切れた瞬間に数千のピルピードがなだれ込んでくることだろう。
そしてそれを切り抜けたとしても――。
まあ、あまり先のことを考えても仕方ない。今はとにかく、目の前のことを懸命にやるだけだ。
だからまずは、協力者を募るところから始めよう。
「さーて、と」
次の一手を打つべく、俺は『魔除け』の石から目を切り、立ち上がった。
そして背後にあった民家の方へ振り返り、誰もいないはずの空間に向かって話しかける。
「――で、いつまでそこに隠れてんの? お二人さん」
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