1章・第8話 異変
「お母さん、お爺ちゃんっ!
ご神体のところだよ!
こないだ、お祭りのために置いておいたでしょ!」
「ああー、そういえば」
「そうじゃったのう!」
どうやら、『アレ』とやらはこことは別な場所に置いてあるらしい。
『アレ』が何かは分からないが、話を聞く限りこの村にとって神様に近い存在である『黒姫』に関係する、相当重要な物のはず。
それの所在を三人ともうろ覚えというのは取り扱う者として正直どうなんだろうか、と思わなくもない。
ミリアは先ほど娘のことを『そそっかしい』と評価していたが、実は家族全員がそんな感じなのではないだろうか。
「ごめんなさいね、ジールさん。
アイリス。悪いけどちょっと行って取ってきてくれる?」
「うん。
ジールさん、少し待っててくださいね」
「いやいや、もう外は暗いですよ!?
俺も一緒に行くよ」
「いえ、わたし一人で大丈夫ですよ!
すぐ近くですし!
あと、ここにはもうあの人たちもいませんから!
じゃ、行ってきます!」
「あ……ちょ」
(話を聞かん娘じゃのう)
アイリスは肩掛けのバッグを引っ掴むと、返事も待たずにばたばたと部屋を出て行ってしまった。
俺の右手が閉まったドアの方へと空しく伸びる。
ただまあ、確かにここは歩き慣れていない場所だ。無理について行って足を引っ張てしまっては
気を取り直した俺はアイリスが戻ってくるまで食事の続きをと、木さじを握り直す。
「まったく、落ち着きのない子で。
今日も、絶対に村の外に出てはいけないと言いつけていたのですが」
「そうだったんですか。
あいつら、えげつない魔術を使ってましたからね。本当に無事で良かったですよ」
「まったく、とんでもない連中でしたわい」
あちこちに
まあ、孫娘に危害を加えようとしたあいつらには怒って当然だとは思うが、俺はそれよりも冒険者ギルドに依頼した内容が気になっていた。
例の広場からここに来るまでにアイリスからも話は聞いていたが、詳しい事は分からないという事だったので全てを知る村長へ質問を投げてみる。
「確か、魔物退治の依頼でしたよね」
「ええ。不気味な芋虫のような、ダンゴムシのような……そんな魔物が森におりましてな」
「ピルピード、ですね」
「あの連中もそう呼んでおりましたな」
ピルピード。いくつか前の町で討伐依頼を受けたことがある。
短いムカデのような体を硬い殻で覆った下級モンスターで、畑で育つ人間の作物を好み、食い荒らす。
一方で、雑食でもあるため場合によっては家畜や人間が襲われることもあるそうだ。
(ああ、あの蟲の化け物か!
あの時のお主は丸まって守りを固めた化け物を壁に向かって蹴っ飛ばしておったのう。あれは実に爽快じゃったぞ!)
「元々は奥の方にしかおらず、村には近づいてくることも無かったのですが……」
「ここ最近、急に村の近くに現れるようになったんです」
「ですが、わしらエルデの民は掟により戦う力を持つことは許されませぬ。
それで困り果てたわしは冒険者ギルドへ依頼をすることにしたのですが……」
村長としても今回の件は色々と考えさせられる出来事だったのだろう。
真っ白な髭に覆われた男の顔には後悔が
掟に従っているだけで本当に間違いないのか?
戦う力を持たず永遠に『幸せに暮らす』ことは不可能ではないのか?
もし、アイリスに取り返しのつかない不幸が降りかかっていたとしても、『掟だから仕方ない』と割り切れたのか?
と、どこをどうやっても矛盾が発生する出口のない迷宮のような難題。
ただ、これはあくまでもエルデ村の問題で、部外者である俺が気軽に口出ししていいような話ではない。
――そう考えた俺はそのまま話を続けることにした。
「で、報酬の追加を要求されたんですよね?」
「はい。今朝がた依頼が完了したとわしのところに来たのですが、その時に『依頼された数より多かったから銀貨八枚上乗せしろ』と言い出しましてな。
ですがこの村にそんな大金を急に用意できるはずもありませんでして」
「八枚、ですか」
「元は四匹で二枚という話だったのですが……」
「……ということは二十匹もいたってことですか!?」
「はい。確かにその数の死骸が」
「それは……ちょっとまずいな」
「そ、それはどういう……」
あくまでも俺の経験上での話だが、同じ種類の低ランク魔物が大量発生するときは――。
「村長、この村の結界は?」
「け、けっかい、ですと?
一体何の話をされているのか」
……嘘だろ、結界無しでいたってのか、『外環』で?
じゃあ一体今まではどうやって魔物の侵入を防いでいたっていうんだ?
「あの、結界のことは分かりませんが、それはもしかしたら黒姫様が施したと言われている魔除けのことかもしれません」
「ミリアさん、急いでそこへ案内してくれますか?」
「分かりました! 魔除けはご神体の側です!」
と、俺たちが立ち上がろうとした、その瞬間。
「村長っ! 大変だっ! 村の周りに怪物どもが!」
異変に気付いた村人の危機を知らせる声、そして激しくドアがノックされる音が俺たちのいる食堂に響き渡ったのだった――
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