1章・第7話 黒姫伝説


「――と、いうわけでして。

 決して俺やアイリスがどうかしてしまったとかそういうわけでは」



 ほんの小さなアクシデントでいとも簡単に平常心を失った俺は、その代償として洗いざらいを白状する羽目になってしまった。

 だが、それは話せば話すほど自分の正気を疑いたくなるような内容であり、彼らに信じてもらうなんて到底無理そうだ。



「……いやはや。まさかこのような話があるとはのう」


「お願い、信じて。お爺ちゃん」


「ほっほ。信じぬとは一言も言うてはおらんじゃろ」


「……え?

 信用するんですか? こんな滅茶苦茶な話を」



 意外な回答に、俺は虚を突かれてしまう。

 信じてください、と言いながら信じてもらえたらそれはそれで驚くというのは自分でもどうなのか、と思わなくもないが。



「信じるとも。その話のダリアさん――

 いや、ダリア様は……『黒姫』様と何か関係がありそうじゃからの」


(黒……姫……じゃと?)



 聞き慣れない単語に、ダリアが普段とは違った反応を見せる。

 もしかして、記憶が――?



「何か思い出したのか?」


(いや……記憶は戻らぬままじゃ。

 じゃが、何か引っかかる言葉なのは間違いない)


「……そうか。

 あ、その『黒姫』様についてもう少し聞かせてもらっても?」



 残念ながらそこまで甘くは無く、いきなり記憶が戻って万事解決、とはいかないらしい。

 だが、手掛かりが一切無かった中でこれは大きな一歩であることは間違いない。

 厳しい道のりであったとしても、目標までの道筋が出来ればそれで十分。

 その為にも、ここで少しでも多くの情報を聞き出したい。



「もちろん。

 ……と、言ってもわしもおとぎ話のようなものじゃと思うておりましたでな。

 あまり詳しくは分かりませんが」


「構いません。お願いします」



「……そうですなあ。

 アイリス。お前は黒姫様のことは知っておるな?」


「うん。……この村を災いから救ってくれたお姫様、だよね。

 村の掟とかも黒姫様の言ってたことが元だって。

 だからわたしは、神様みたいな存在だって思ってたけど……」



 なるほど。

 と、いうことはこいつがその『黒姫』本人という線は消えたな。

 だって、この性格最悪ワガママ白黒半透明が神様、って。

 


(何じゃ。なんぞ文句でもあるのか?)


「いや別に」



 取って付けたような取り繕いの言葉は全く信用されることは無く、ダリアはふん、と鼻を鳴らして顔を背けてしまう。

 どうやら言葉の裏にあった疑念の感情だけがしっかりと伝わってしまったようだ。



「アイリス、掟ってどんなの?」


「えっとですね。

 争いごとに参加してはならない。

 村人は助け合わなければならない。

 そして、ずっと幸せでいなければならない……

 そんな決まりです」


(何じゃ、掟というよりは言いつけみたいじゃのー)


「はい。

 ですが、わたしはこの優しい掟が大好きです」



 そう言ったアイリスは薄く微笑み、少し誇らしげな表情でダリアを見上げた。

 ダリアもそんな優しい少女を温かな目で見つめている。



「でも、ダリアさんは……わたしが知っている黒姫様とは随分お姿が違うような」


「もう二百年以上前の話じゃからな。

 言い伝えられている間に色々と変わっていくこともあるじゃろうし」


「じゃあ、もしかしてダリアさんが本物の黒姫様ってことも!?」


「ふーむ。それはわしにも分からぬが……」



 そう言って村長はあごにたくわえた真っ白な髭を撫で始めた。

 二百年という話が本当なら、彼の言う通り外見から攻めるのは無理がある。

 ならば、行動や挿話ならどうだろうか――そう考えた俺は続けて質問をしてみる。



「その『黒姫』様について、何か逸話や伝説とかそういったお話はありませんか?」


「そうですなあ……。

 わしが知っている伝説ですと……

 自由に空を舞い、豊富な知識で村を発展させ、不思議な術を使いこなし、巫女を介して会話をしたり、ときには巫女の身体を使って供物を召し上がることもあった、とか何とか」


「それって――」



 人を体を使ってモノを食う、ってまさに『結合』のアレと同じじゃないか。

 じゃあ本当にこいつが――黒姫様、だってのか?


 ……いやいやいやいや。これが? 神様? この暴君が?

 あ、邪神っていうなら何となく分かるけど。



「何か心当たりがおありですか?」


「あ、え……はい。確かにこい……ダリアは俺の感覚を一部共有してまして……」



 具体的には味覚、嗅覚、聴覚の三つ。視覚だけは何故か自前らしい。

 まあ、見せたくないし見たくないものを見てお互いに最悪な思いをするのは嫌なので、これに関しては今のままで良いのだが。



「何と!

 とすればやはりダリア様こそが黒姫様なのやもしれませんな!」


「……いやどうなんでしょう。

 そもそも、俺がダリアと出会った場所とエルデここはかなり離れていますし」



 話をすればするほどダリア黒姫説が有力になってはいくものの、どうしてもクリアできない問題がある。

 それはこの村とダリアのいた場所の距離である。

 仮に『結合』を使っていたのならこの村の祖先にあたる人物に憑りついていたということになるわけで、もし黒姫なる存在が何らかの事情で眠りにつくことになったとしても、それはすぐ近くで、ということになるはずだ。

 わざわざあんな遠く離れた場所まで移動する意味が無い。



「どちらでお会いされたのですかな?」


「ここから千六百リーク……えーと、大人の足で八十日ほど歩いた場所にあった遺跡のような建物の中です」


「……それは、確かに遠いですねえ……」


「ただ、何らかの関係があるのは間違いないと思います。

 他にも何かありませんか? どんな些細ささいな事でも構いません」



 黒姫とダリアが同一でなかったとしても同じような存在であることは最早確実で、その正体、もしくは正体に迫ることが出来る手掛かりでもあれば一気に解決に近づくだろう。



「ふーむ……。

 なにぶん、古い話ですからのう……。

 ……申し訳ないが、これ以上は――」


「――お父さん、アレはどうかしら?」


「――おお! アレがあったか!」



 ミリアに『アレ』なるものの存在を示唆され、急に何かを思い出したかのように村長が立ち上がる。



「ジール様、少しお待ちくだされ。取って参りますでの」


「は、はあ」



 村長はそのまま奥の部屋へと引っ込んで行った。

 そして、その後すぐに何かを探すような音がし始める。


 ……が、作業は難航しているようで一向に止む気配が無い。



「――おーい、ミリア!

 アレはどこにやったかのう!?」


「見つからないの?

 ちょっと待ってて、私も行くから」



 苦戦する村長の声を聞いたミリアも奥へと向かおうと立ち上がった、その時――

 アイリスが何かを思い出したように「ああっ!」と声を上げながらぱちんと両手を合わせた。


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