1章・第4話 少女救出作戦 ~後編~
「なーんだ。頭空っぽのケダモノみたいな奴らかと思ってたのにな」
「なっ!?」
「ははは、思ったよりちゃんと見てるじゃないか」
「て、テメエ……!」
仕上げの局面へと移行した俺の口から飛び出した『本来の話し方』に男たちの目が見開かれる。
「ああ、アンタの言うとおりだ。
鼻先に刃物があるときはもっと怯える演技をしないと、だよなあ。
まあ、次があったら気を付けるよ」
最後に肩をすくめつつ、心にもない反省の言葉を口にしてやる。
「あ、アニキ、こいつ、さっきまでと何か違うぜ!?」
「テメエ、やっぱり密偵(イヌ)か!」
男はさっきから随分と冒険者ギルドの密偵かどうかを気にしているようだ。
確か、依頼主に不正な請求をしたり金銭以外の見返りを要求する冒険者を取り締まるための役人とか何とか聞いたような。
「違うって言ってるのになあ。なんでそんなに密偵を気にするんだ?」
「う、うるせえ!」
「ああ、心当たりがあるってことかあ。
例えば、報酬を勝手に値上げして取っ払いを企んだことととか。
その支払いが滞ったこと良い事に、依頼主の孫娘に手を出そうとしたこととか」
「この野郎……! 生きて帰れると思うなよ!?」
俺は彼らを挑発しながら、十トールほど離れた少女に「逃げろ、逃げろ」と目で合図を送る。
俺と男どもはもう既に一触即発、次にどちらかが何か言葉を発した瞬間に戦いが始まってもまったくおかしくはない。
(せっかくこやつが引きつけておるのに何をやっとるんじゃあの娘は。
もっと離れんと、いつも通りの雑で大味な戦いができんではないか)
今は俺が突っ込めないことを良い事に、さっきから言いたい放題なダリアだが、俺はそれを放置し更に強く合図を送る。
この際だ、多少鷹の目が発動しても構わない。
(何をしておる! 娘! ケガしたくないのなら向こうへ行っておれ!)
「……っ!」
そして、ようやく俺の執念は通じた。
少女は大きく頷き、そして背を向けると、一目散に森の中へと向かって走り出していく。
その直後、足音に気付いたらしい手下の一人が振り返り、叫んだ。
「あ、アニキ! アイリスが!」
ここでようやく捕えた獲物から手を離してしまった事に気付いた男たち。
「ああっ! コラ! 待てや!」
「逃げんじゃねえ!」
「まだ話は終わってねえぞ!」
――一斉に少女の方向へ振り返り、喚いている彼らを見たときの俺の気持ちを説明するのは難しい。
色々な感情が混ざり合って一言で言うのは難しいが、あえて言うなら『がっかり』になるだろうか。
冒険者など所詮は素人の戦いごっこ……と『先輩』が言っていたのを思い出す。
でもこんなの、技量以前の問題だ。
いくらなんでも、戦場で敵から目を離すどころか背を向けてしまうとは――
(ほれお主、今が好機じゃ……ぞ……っ!?)
敵が背を晒した絶好の機会に指一つ動かそうとしない俺。
ジルバのボコボコパーティーを期待していたダリアは何故か動かない主役を見かねて、顔を覗き込んでくる。
そして、その途端にぎょっとした表情に変わった。
(わわわ、逃げろお主ら! 殺されるぞ!)
急に焦りだしたダリアは男たちに向かって物騒なことを喚きはじめる。
さて。一体俺は今、どんな顔をしてるというのだろう。
大丈夫だって、殺しなんてしないから。
ただちょっとだけ、気合いを入れ直してやろうかとは思ってるけどな。
――――――
男たちが俺に背を向けてから五ミットほど。
剣だのナイフだのを握りしめていた男たちは、今では全員泡を吹いて白目を剥いている。
シンプルに四肢を投げ出して仰向けになっている者、
尻を突き出した格好でうつ伏せになっている者、
巨木に叩きつけられ、抱き着くような恰好になっている者、
茂みに上半身を突っ込んでいる者。
あっちこっちに吹っ飛ばしすぎて、戦闘よりも男たちの生存確認に長い時間を掛ける羽目になってしまった。
(さすがはバケモノ。
素手で殴っただけなのに、今回もぶっとんでいったのう!)
前回は消化不良に終わった『娯楽』だったが、今回は十分ご堪能いただけたようだ。
そのことを示すようにダリアの言葉は踊り、顔もほくほくと満足げである。
「殴り方ひとつにもちゃんと理屈があるんだよ。
例えばあいつをぶん殴ったときは軸足の親指から――」
(あーあー。良い良い。
お主の暴力講釈なぞ聞きとうないのじゃ)
「暴力と闘術を一緒にすんなって言ってるだろ」
(儂から見ればどちらも変わらぬ。
――それより、あの娘はどこへ行ったのじゃ)
「さあ。もう逃げたんじゃないか」
(一応呼びかけてみたらどうじゃ)
周囲の脅威は無くなったことを確認し終わった俺はダリアの提案に「そうだな」と短く返事をし、アイリスと呼ばれていた少女が逃げ込んだ方向へと呼び掛けてやる。
「おーい。もう大丈夫だぞー」
だが、森の奥からあの少女が出てくる気配は無い。
(もう、この辺にはおらんのかのう)
「例の心の声みたいのは?」
(聞こえんな。
そもそも、儂にも何故あの女子の声が聞こえたのかもわからんのじゃ。
あの時だけの偶然だったのやも知れぬ)
「そうか、残念。せっかく可愛い子だったのに」
(どうせろくに声も掛けられんくせに、何を一丁前に惜しがっておるか)
「やかましい。でもまあ、無事だったならそれでいいや」
俺の手であの美少女の平穏が守られた。今回はそれで充分。
そもそも、いきなりあんな限界突破レベルとお近づきになってしまったら、恐らく俺のピュアなハートが持ってくれない。
(くく。約束通り褒美は儂から出してやるからの。楽しみにしておくと良いぞ)
「…………ああいう、いきなりなのは止めろよな」
ニタニタと笑うダリアに釘を刺しておく。
いや、報酬自体には問題ないし、文句もない。
だが、不意打ちだけは駄目だ。
……まあ、改まった感じでアレをやるというのもそれはそれで少し妙な感じではあるが。
(贅沢をいいおって。
むう……ならば――)
贅沢、か――
顎に手を当てて前方をふよふよと漂っている半透明が着た黒いドレスを見つめながら、俺はダリアの言った言葉について思いを巡らせる。
そうだな。もし……どんなことでも叶えてくれるというのなら俺は――
『不思議スカートの鉄壁効果を無効化』してもらいたい。
――と願うだろう。
普通にゆらめき、普通にめくれて、普通にはだける。
それだけでいい。いや、むしろそれこそが重要であり、それがなければ高みには至れない。
だが、しかし……それを言葉にしてしまったら未来永劫に渡って究極の変態扱いされることは間違いないだろう。
なので、口が裂けても俺から言葉にすることはできないが、そこを何とか、こう、得意の心を読む感じで自主的にしてもらうことはできないものか。
――いや、だが、待て……。少し冷静になるんだ。
よく考えれば俺は今、四六時中あいつの目に晒されることで極めて過酷で残酷なストイック生活を強いられている。
なのに、色々とチラつくようになってしまったら……更にそれを悪化させることになりかねないのではないだろうか。
くそ。一体俺はどうしたらいい?
……そうだ! さっき決めたルール作りの中に一つ盛り込めばいいんだ!
そう、例えば毎晩必ず俺一人のじか――
「――あのー?」
「んおぁっ!?」
突然、誰も居ないはずの背後から声がして、俺は慌てて振り返る。
そこには何と、森の中に消えたはずのあの少女が立っていたのだ――
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