1章・第3話 少女救出作戦 ~前編~


「――――!」


「――――――」



 救助対象は……少女、だろうか。恐らくは十五、六といったところだろう。

 障害はそれを取り囲む男が四人。背格好からして盗賊か傭兵崩れか、それとも冒険者か。

 いずれにしても堅気の連中ではなさそうだ。



「ちょっと遠いな。声が聞こえるところまで近づくぞ」


(なんじゃ、ここから仕掛けんのか?)


「こういう時は最初は穏当な振りをして近づいた方がやりやすいからな。

 奇襲すると敵がパニックになって女の子を巻き込んだり、人質にしたりする確率が上がるんだぞ」


(……お主は本当に『敵』がいるときだけは別人じゃのう)



 褒めているのか貶しているのか分からないダリアの言葉を聞き流しつつ、ターゲットたちの視界から外れるようにして距離を縮めていく。

 

 そして、彼らの側面十五トール、空き地と森の境界線ギリギリの位置にある大木の裏へと身を滑り込ませた俺は、彼らの会話に聞き耳を立て始めた。



「げっへっへ。なあ、固い事言うなよ。ちょっとくらい良いだろ?」


「いや、やめてください」


「お前の爺さんが金を工面するまでの間、俺たちも暇でよ。

 だから、な、一緒に遊ぼうぜ。俺たちが色々教えてやるから、な?」


「そ、外の人と話すことなんて、ありません」


「そんなつれねえこと言わねえでさあ」


「痛っ、腕を放して……ください」



 なるほど。大体の事情は分かった。

 嫌がる女の子に対し、下品極まりない男達がしつこく迫る。

 男たちから見れば口説いているつもりなんだろうが、少女からすれば腕力をちらつかせる野蛮な男に強要されているようなもの。

 きっと、「うん」と言わせるまでこれは続くのだろう。

 いや、気の短い連中なら何かの弾みで実力行使に出てしまうかもしれない。

 そうなれば、きっと少女はあっという間に組み敷かれ――



「許せねえな」



 ――その光景を想像しただけで怒りが沸き上がり、思わず呟いてしまった。

 女性に無理やり行為を迫るなんて……そんなのはアレだ、駄目だ。



(許す必要など無い。あのようなクズは生かしておく理由がないじゃろ)



 こいつの言うことに同意したいのは山々だが、今回の目的はあくまでも少女を傷一つ付けずに救出することだ。

 『敵』を無事に帰す気は全くないが、勢い余って少女を巻き込んでしまうことだけは避けなければならない。

 おおよその状況を把握した俺は、目標達成を最優先とした作戦を即興で練り上げ、そしてすぐさま実行に移す。



(む。何をゴソゴソやっとるのじゃ)



 はじめに。

 ここから作戦完了まで、こいつは完全に空気扱いとする。

 だから、何をされようと見えないし、何を言ったとしても聞こえない。

 それだけは心に刻んでおくこと。



 ――さて、それではまずは準備から。

 額に巻いたバンダナを外して髪を下ろし、外見を優男風に変えていこう。



(ぷふっ! な、何じゃその気味悪い髪形は)



 更に、腰に差した短剣をバックパックにしまいこみ、丸腰で無害さを強調させる。



(ほう。奴らを殺す程度では武器など要らぬと申すか。さすがは戦闘狂じゃな)



 いちいち俺の行動に対する寸評を並べる鬱陶しい空耳により、額には血管が浮き、口はムズムズしっぱなし。


 だが、何とか耐えきり準備を終えることができた。

 そしてこれ以上余計な言葉を耳に入れないためにも、すぐさま大きな音を立てて茂みをかき分け、現場へと突入していく。



「あれー? ここはどこだー?」



 開けた空地へと出た俺はとぼけた台詞を吐き、闖入者の存在をアピールしてやる。

 すると狙い通り、音に反応した少女と男たちは一斉にこちらを注目してきた。



「――ああ! すみません!

 ちょっと助けてもらえないでしょうか!」



 俺はたった今彼らに気付いた振りをして小走りで近寄っていく。

 今の俺は、無害で何も知らない、迷える旅人だ。



「おい! 『隠遁』はどうなってんだ!」


「や、やってますよお!」


「じゃあ何であの野郎はここに居るんだ!」


「さ、さあ」


「アニキ、『隠遁』はこの子を探してる奴にしか効果はないっす。

 多分、ここに来たのはたまたまじゃないっすか」


「ちっ、偶然だってのかよ」


(……こやつらは阿呆なのか?

 都合よくこのような場所にこんな怪しい男が現れるわけが無かろうに)



 男たちが状況を掴み込みきれないでいる間に、俺はしっかりと距離を稼ぎきることに成功した。

 俺と男たちの距離は三トール、そして救助対象の少女までは四トール程度。

 既に圏内と言える距離だが、実力行使に踏み切るのはまだ早い。


 この救出作戦の遂行にはあと三つの障害が残っているからだ。

 一つは少女を取り囲むような男たちの配置。

 二つ目は男たちが腰に差している武器。

 そして三つめは『アニキ』と呼ばれていた男が少女の左腕を掴んでいる事。

 これら全てを解消しないことには何かの弾みで少女を傷つけてしまう可能性が残ってしまう。

 だから今はまだ、あいつらの気をこちらに引きつけるための芝居を続ける必要がある。



「いやあ、お取込み中すみません」


「何だテメエは。痛い目見たくなけりゃとっとと消えろ!」


「いやはや、実はぼく、道に迷ってしまいまして」


(おーい、嘘じゃぞー。こやつはそこの女子をお主らの小汚い手から救いに来たんじゃぞー)



 ダリアは自分の声が聞こえないことを良い事に、下らないことをやっている。

 吹き出しそうになってしまうので、正直やめて欲しい。



「迷っただあ? んなこと知るか、あっち行ってろ!」



 腕を斜めに振り上げ、追い払う仕草をするリーダー男。

 だがもちろんそんな命令に従うつもりは一イリムたりともない。

 俺はヘラヘラした笑顔を貼り付け「そんなこと仰らず」と言いながら、少しでもこちらへと注意を引きつけるため、わざと大きな手振りで自分をアピールする。

 そして、ここで初めて救助対象の姿を間近で確認した――のだが……



「あ」



 俺は思わず素の声で反応してしまった。

 この男たちが何故少女に執着するのか、一目見ただけで理解できてしまったからだ。



 ――か、可愛い……。



 あくまで作戦遂行に必要な情報を得るために、一瞬見るつもりだけだったはずなのに。

 ――思わず発動してしまった俺の鷹の目(ホークアイ)が、少女の姿を捉えて離さなくなってしまう――



「――なに睨んでんだテメエ」


(おい。『大王の目』になっておるぞ。娘も怯えているではないか)



 ダリアの声でようやく我に返った俺は、鷹の目(ホークアイ)の解除と同時に苦しい言い訳をする羽目になってしまった。



「あ、ああ、すみません。あまり目が良くないもので、決してわざとでは――」


「うるせえ!」



 リーダー格の男は取って付けたような理由で弁解をする俺を怒鳴りつけると、少女の左腕を掴んでいた右手を離し、腰から剣を抜く。そして――



「――お前、ギルドの密偵じゃねえだろうな?」



 と言いながら、切っ先をこちらの鼻先へと向けてきた。

 どうやら、俺は少女だけではなく、男たちにも不信感を抱かれてしまった模様。

 リーダーの動きに合わせるように手下の男たちも獲物を抜いて俺を取り囲んでくる。

 ミスから陥った展開。だが、これはこれで好都合。



「そのようなことは、決して。

 先ほども申し上げた通り、僕はただの旅の者でございます。

 出来れば、その、物騒なものは仕舞って頂けると……」



 俺は肘から上だけ両腕を上げ、男をなだめるようなセリフを吐く。

 そして、いかにも気圧されているかのような振りをして後ずさりを始めた。



「ほー。旅の者、ねえ」


「ええ。何の力も持たない、弱き民でございます」



 男たちは退がる俺を間合いの外に逃がさないよう、武器を突きつけながら近づいてくる。



「嘘をつけ。そのブーツは明らかに堅気の履くようなもんじゃねえ」


「……」


「それとな――

 目の前に切っ先突きつけられて、ヘラヘラ笑っている奴がどこにいる!」



 なるほど。なかなかの洞察力だ。さすがリーダー格だけはある。

 と、やっと一つだけ見直したところで、背中が木の幹に触れた。

 下がり続けた俺の体は、ついに空き地の端――木々と平地の境界線まで到達したようだ。



(ほれ、もう下がれんぞ。もう十分じゃろ?)



 四人は完全に俺へと引きつけ、そして凶器は全て俺に向き、更に少女の拘束は既に無く、男たちとの距離も十分に引き離せた。

 もう十分だろう、というダリアの言葉に、俺は心の中で深く同意する。

 ――これで、条件は全て揃った。


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