1章・第2話 臨時クエスト(報酬あり)


 不名誉なあだ名の進呈しんてい返戻へんれいを数度繰り返し、遅まきながら『こんなことをしていたら日が暮れてしまう』と気付いたところで話を本題に戻すことにする。



「……で、さっき呼んでたのは何の用だ?」


(いや、先ほどの時点では特に用などなかったんじゃがな)


「今は違うのかよ?」


(うーむ。

 ……何やら女子が助けを求めておるような気配がするのじゃ)



 先程までとは打って変わって、声色に真剣さを感じる。

 だが、耳を澄ませてみても悲鳴だったり、叫び声だったり、それらしい声は確認できない。



「俺には全然聞こえないけどな」


(いや、間違いない。今、はっきりと感じた。

 ――あの辺りからじゃ)



 そう言ってダリアが指差したのは進行方向からややれた――何もない平原だった。

 女性どころか動くものすら見当たらない。

 まさか、また俺をからかう気じゃないだろうな?



「どの辺だよ。全然見当たらんぞ」


「奥じゃ、もっと奥。

 恐らく、あの森の中じゃろう」



 平原に見当たらないのも当然で、どうやら、元々指差していたのは遥か向こうで生い茂る木々の塊のことだったらしい。



「はあ? あそこまで軽く二リークはあるぞ?」


(儂も驚いておる。

 聞こえた、というより伝わって来たという感じかのう)


「伝わって来た、ねえ」


(こんなことはでは初めてじゃ)



 ダリアの言葉に俺の背筋が凍り付く。



「……え?

 どういうことだそれ。俺のも伝わってんの?」


(うむ。『結合』の影響かと思っておったのじゃが、違うのかもしれんな)



 何をのんきなことを言ってるんだこの白黒は!?



「いや、そういう事じゃねえよ!

 まさか、俺の考えていることが分かってる、とか言わないよな!?」



 スリットの隙間が開きそうで開かなかったときの『惜しい』とか、

 予期せぬタイミングで谷間がのぞいて『ラッキー』とか、

 腰まで伸びた長髪の隙間から見えた首筋に『これはこれで悪くない』とか、

 全部聞かれてた、ってことだぞ!?

 そんなの、俺もう死ぬしかないじゃん。



(さすがにそんなことは無いから安心せい)


「ほ、本当だろうな?」


(ああ、儂は嘘を言わん!)


「じゃあ、伝わる、ってどういうことだよ」


(むう。そうじゃなあ。

 こう、全身にビリっとくるような刺激があれば怒り、

 まとわりつくような不快感があれば恐怖、

 じんわりと暖かくなるような心地よさがあれば喜び……

 といったところじゃ)



 なるほど。では今回は恐怖の感情が伝わった、ということなのだろうな……って、ちょっと待て。



「喜んだ時も伝わってんの?」


(……お主は感情をあまり表に出さんが、内面は割と正直者よな)


「お、おまえ、もしかして、さっきも」



 俺の動揺はこれまた見事に伝わったようで、ダリアは顔を伏せ目を合わせずに愛想笑いをしている。

 まあつまり、『嬉しくなるようなもの』を見たときはその感情が伝わっていたということで……。



(……いや、いいんじゃよ)


「……」


(お主がそう生きたいのであれば、儂はもう無理に暴こうとはせんから。な?)


「……」



 やめて。悪霊みたいな存在のくせに気を使うのとか。余計に辛くなるだろ。



「……さーて!

 女の子を助けに行こっかなー!」


(そ、そうじゃ!

 人助けじゃ!

 か弱き女子を助けに行かねばな!)



 はい、大王行きまーす。

 気まずくなった空気は体を動かして強引に吹き飛ばせばいい。

 二リークなら『追風』を使えば一ミットもあれば行けるだろう。

 足首と膝を少しだけほぐし、準備完了。

 俺はダリアが指差していた先へと視線を移すと、術式を起動する。



「『我が身を運べ、追風よ』」



 直後、前方から強く引っ張られるような感覚が生まれる。



「よし、行くか」


(うむ。良い立ち直りじゃ)



 全く嬉しくも無い誉め言葉を聞き流しつつ、膝を折り、体を大きく沈み込ませる。



「はっ!」



 そして、気合いの掛け声とともに両脚で思い切り地面を踏み切った。

 このように、『追風』を使うときは前方ではなく上方に跳躍するのがコツだ。

 空中に浮かんだ俺の身体は猛烈なスピードで前方へと進んでいく。



(おっ!? これは最初にやったやつじゃな!)


「ああ」



 一度離れた地面が再び近づいてきた。

 所詮は初級魔術、重力に逆らえる推進力を得られるのはほんの一瞬だけでしかない。

 着地の前に『追風』を掛け直し、今度は片足だけで飛ぶ。



(お主らは本当に妙な術を使うのう)


「お前が言うな」



 こいつの使った『結合』とかいう謎魔術の被害を現在進行形で受け続けている者として、俺たちがおかしいという主張を真っ向から否定してやる。変なのはお前の方だ。



 そんなことを考えながら跳躍を続けていると、森の手前――あと数歩でおおよその目的地まで到達できそうな場所までやって来た。

 木々にはばまれ、目標の姿はまだ見えないが、それはそれで好都合だ。



「『我が身を戻せ、向風』」



 俺の詠唱により『後方に推進力を得る』魔術が発動すると前進するスピードは相殺そうさいされ、体がふわりと浮かび上がる。



(うおっ、急に止まるでない!)



 直後、腕組みをしてすぐ後ろをついてきていたダリアが抗議しながら、ものすごいスピードで追い抜いて行った。

 ――ああ、そのままどっかに行けばいいのに。

 まあ、それがかなわぬ願いとだとは身に染みて分かっているのだが……。

 急停止した半透明の女がふよふよと戻ってくる光景を見ながら、俺は静かに着地した。



(どうしたのじゃ?

 まだ少しあるぞ?)


「これは……

 多分、『隠遁いんとん』を使ってる奴がいる」


(何じゃ、またお主らの妙な術か)


「あんなの、『そこにいる』って分かってれば何の効果もないのになあ」



 『隠遁』は、『そこにいるかどうか分からない』のであれば『いないだろう』と思い込ませるという認識阻害のための術で、大昔は盗人ぬすっととかが使っていたらしい。

 ネタの割れている時代遅れの術とはいえ、目的を考えれば使った奴にやましい考えがあるのは間違いないはずだ。手遅れになる前に動いた方が良いだろう。



「『声』の正確な位置は分かるか?」


(あちらに約五百歩、といったところじゃの)


「分かった」



 方角が指差されたと同時に俺は動き出す。

 できるだけ静かに、そして迅速に。木々の間を縫うように、滑らかに最短距離で走る。

 そして、目標まで五十トールほどまで近づいたところで――



(お、あれではないか?)



 ――助けを求める声の主を発見した。

 木々がそこだけ開けて小さな空き地になっているような場所で、女性が複数の人物に取り囲まれている。



「うわ、本当にいたよ」


(何じゃその反応は。もっと儂を信用せんか)


「はは、人の身体を勝手に使うような奴をか?」


(ふふん、まだ言うか。しつこい男じゃのう?)



 俺は軽口を叩きながら近場の身を隠せそうな大木の裏に素早く身を隠し、慎重に少女たちの様子をうかがいはじめる。

 だが、何故か見られる心配のないはずのダリアもすぐ側の木に隠れ、お互いが顔を見合わせるような配置となった。



「いやお前は隠れる必要ねえだろ」


(うるさい。こういうのは雰囲気が大事なのじゃ)


「どんな雰囲気だよ……」



 呆れる俺とは対照的に、視界に入るダリアは真剣そのものだった。

 いつもとは違ったその表情に、思わず目が引きつけられてしまう。


 切れ長の目、紅い瞳、通った鼻筋、時折八重歯やえばが覗くぷっくりとしたつややかな唇。

 気の強さを思わせる眉の角度と、その眉のあたりで切り揃えられた赤い前髪。

 絶妙なバランスで成り立つそれらはやはり奇跡的と言うほかなく、見れば見るほど考えないようにしていたあの疑念が湧いてくるのだ。


 やっぱりこいつは、俺の妄想なのではないだろうか――と。


 一応、俺の認識では『よく分からん存在にりつかれた』……ということで辻褄つじつまを合わせてはいるものの、見えるのも会話が出来るのも俺一人しかいないというなら、それは『現実には存在していない』という可能性の方が高いのではないか。


 大体、その憑りついてきた奴がパツパツムチムチで、顔を含めた見た目の全てが俺の好みを具現化している、なんていうことがそもそもとしておかしい。


 ……そうか。そうだ、やはりそうなんだ。

 俺は近衛騎士団を追われたショックで頭がおかしくなってしまい、自分を慰める妄想を――



(何故儂をにらむ)


「あ、すまん」



 心中で一人盛り上がっていた俺に不審なものを感じたのか、ダリアが冷たい言葉と視線を送ってきた。



(ああ、いつものか)


「……治んねえなあ、これ」



 ちなみに、ダリアを睨んだつもりは全くない。俺の『悪い癖』が出てしまっただけである。

 

 十年近くを過ごした猛獣の群れのような環境から出て初めて分かったのだが――

 どうやら俺は女性、特に美人の前だと極度に緊張してしまうようなのだ。

 そして、その挙動不審さは目つきに最も強く現れてしまうらしい。

 ダリア曰く『終生の敵と相対したかと見紛うかのような目』になっている、だそうだ。

 もちろん初対面からそんな目で見られて俺と仲良くしたい、と思うような女性などいるはずがない。

 それ故に俺は未だ女性の手すら握ったことすらない……という体たらくである。


 ただ、『そういうもの』だと理解しているのダリアだけは睨まれている、ではなく強く見つめられている、と解釈することが可能らしく――



(気にするでない。

 で、どうした、やはり見たいのか?)



 ――こういうことを言い出してくるのだ。

 そしてダリアは平然とした顔で例のスカートをひらひらとやりだす。



「ば、ばばば、バカじゃねーの? ちげーし。偵察も出来ないなんて使えねー白黒女だなーって思ってただけだし」


(きっひっひ。そうかそうか、それならあの娘を見事助けられたのならご褒美ほうびをやらんでもないぞ?)



 俺の反論など意にも介さないように、意地の悪い笑顔を浮かべ、更にスリットをきわどい位置まで開く魔性の女。

 こいつはもしかして、噂に聞く悪魔なんじゃなかろうか。淫魔とかそういう類の。



「だ、誰がお前のパ……腰巻なんか」


(まあまあ、これで少しは張り合いも出るじゃろ)



 まあ……こいつにはもう俺の感情とかバレバレなわけだし、下手に言い訳しても余計にオモチャにされるだけだろう。

 そして、『大王』な俺は『ご褒美』と聞いて俄然がぜんやる気が出てしまっているのも事実なわけで……。



「ああもう、分かったよ。お前の好きにしろ」



 なんていう、『いや俺は別に見たくはないんだけど』みたいな苦しい格好つけをすることで何とか面目を保つのが精一杯なのだった。



(うむ。頑張れ)


「そんじゃまあ、行きますか」



 その一言で緊張感のないやり取りを追い出した俺は、すぐに思考を入れ替える。

 ここからは『現場』なのだから。



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