序章・第2話 待たぬ人は来る


「ええっ!? もう終わったんですか!?」


「あ、はい。なんか運が良かったみたいで」


「てっきり今日は偵察までかと……」


「これが討伐証明です」


「これは……。少々お待ちくださいね」



 一時的に身を寄せている冒険者ギルドの受付に先程討伐した魔物の死骸の一部を引き渡すと、担当の女性は奥に引っ込んで行った。

 手持無沙汰てもちぶさたになった俺はカウンターに背を預け、ホールの方に視線を向ける。


 小規模ながらもそれなりに活気があるギルド内では、『いかにも』な冒険者たちが数人ずつの集団に別れ、それぞれが様々な様相で話しあっていた。

 断片的に耳に入ってくる話からすると、受領したクエストの攻略についてだとか、メンバーの強化方針についてだとか、報酬の分配についてだとか、大体そんな感じだろうか。

 いつも通りの風景で、特筆するようなことも無い。ここにいる誰もがきっとそう言うだろう。


 だが、俺の視界の端には――そんな『よくある冒険者ギルドの光景』を、完全にぶち壊しにするようなモノが映っている。

 それは血と汗と土の匂いにまみれたこの場所には異質すぎる、黒いナイトドレス風の衣装に身を包んだダリアと名乗る謎の女性。


 宙に浮かんだ半透明のそれは、組んだ足のももに肘を乗せ、その腕で頬杖を突き、じとっとした目つきでこちらを見て何かを言いたそうな顔をしている。

 きっと帰り道で繰り返し追求した『責任』に対し、投げ槍気味に「ああもう、分かったよ!」と吐き捨てられた言葉が信用できないのだろう。


 だがしかし、そんな疑いの目を向けられている俺は――そこであることに気付いてしまった。

 何と、彼女が足を組んだことにより、ほんの少しだけスカートのスリットが開き、わずかではあるが中身の白い部分が根元の部分まで見えてしまっているではないか。

 普段は俺の右後ろにいて、たまに前に来るときもこんな姿勢になることは無いのだが、どうやら他のことに気を取られると少々ガードがゆるむらしい。

 思わず目がそちらへと吸い込まれて――



「お待たせしました」



 ――といったところで背後から声が掛かる。どうやら時間切れのようだ。

 俺は後ろ髪を引かれる思いをしながらも何とかゆっくりと振り返り、鑑定結果を聞くことにする。


 ……振り返る直前に一瞬ダリアの口のが小さく持ち上がったような気がしたが、きっと気のせいだろう。



「確かに、お納め頂いた花弁はなびらと触手はポイズンファウントのものでした」


「はい」


「その、一応、公設クエストの規則で、確認のため現地に人を向かわせる必要がありまして……報酬をお渡しできるのは明日の午後になるかと思います」



 今回俺が受けた依頼は公設クエストと呼ばれる、国や領地、冒険者ギルドから直々じきじきに出されるものだった。

 それらは不正防止のため完了報告後に第三者による現地調査が必要となり、報酬支払いまでに若干のタイムラグが発生してしまうという欠点がある。

 一方で個人や商業ギルドなどが依頼する民間クエストと呼ばれるものは依頼主から完了証を貰えば即報酬を受け取ることができるため、日銭が欲しい冒険者はこちらを優先することが多い。

 それゆえに公設クエストは人気が無く、依頼書が何日も掲示板に放置されている、というのはどのギルドでも共通の光景だったりする。

 まあ、だからこそ俺のような臨時雇いでも地元の冒険者とぶつからずに仕事を受けることができるので、個人的には非常にありがたい仕組みなのだが。



「わかりました。じゃあ、これはもうお返ししておきますね」



 俺は懐から四つ折りにした手のひらサイズの紙を取り出し、それを開き、そしてカウンターの上に置いた。



「え? 短期登録証……。ですがジールさん、まだ期限は――」


「――何だって!? 兄さん、もう行っちまうのかい!?」



 この町での目標額達成に伴い、臨時で発行して貰っていた登録証の返納手続きを始めようとしたところで、背後から声が上がった。

 気風きっぷの良さそうな女性の声。この声は確か――



「――ローザさん。あの、今は手続き中ですので……」



 ――ここで最も冒険者ランクが高いといわれる冒険者、ローザのもので間違いないだろう。

 どうやら『兄さん』とは俺の事らしい。声の主は受付嬢の制止など聞くことなく床板を踏み鳴らし、こちらへと近づいてくる。

 振り返ると、クエスト帰りでもないのにハーフプレートを着たままのローザが俺の前まで来ていた。

 そして、腰に両手を当てると少しだけ眉を下げ、口を開く。



随分ずいぶんと急じゃないか。何か用事でもあるってのかい?」


「ええ、僕はディルベスタを目指していまして。できれば夏の間に、と」


「……遠くへ行くんだね。でもあそこは――」


「分かっていますよ。でも、昔からの夢なんです」


「……そうかい。

 はあ。せっかく見どころのありそうなのが来たって思ってたのにさ」


「ははは。それは買いかぶりというものですよ。今の僕は、精々せいぜい中級が限界ですから」



 正直なところ、なぜ俺のことを惜しがっているのか理解できなかった。

 何せ彼女と話したのは最初にあいさつをした程度で、その後は言葉を交わした記憶はほとんど無いのだ。

 過去の失敗から、こういった組織の上の方にいる人間との接触は極力避けるようにしていただけに、尚更なおさら今の状況には理解が追いつかない。



「実績だけを見ればそうかも知れないけどさ」


「それ以外に何があると?」


「プリムがさ、言ってたんだ。ジールって人は何かある、って」


「プリム……さん?」



 そんな人、いたっけかな?

 まあそもそも他人との接触を避け続けていたから名前と顔が一致する人なんてギルドの中でも数人しかいないんだけど。



「ああ、ほら、トラックスっているだろ。あれと同じパーティーの魔術師だよ」


「――ああ、あの女性ですか」



 どこのギルドにも一人くらい、やたら世話好きでお節介せっかい焼きな人間がいるものだ。

 話に出たトラックスというベテラン冒険者の男もその一人だった。


 彼とは俺がここに初めて来たときに出会い、それからしばらくは色々とアドバイスをしてくれたことで、顔を合わせれば世間話をするくらいの仲にはなっていた。

 そして、そんな彼のかたわらには緑の野暮やぼったいローブに身を包み、いつも眠そうな目をしていた女性の姿があったことを思い出す。

 そうか、彼女がプリムか。



「あいつの見る目は確かなんだ。

 将来、どのくらいの奴になるかってことまで大体当てちまう。

 そんなプリムがさ、アンタの事を『底が知れない』って言ってたんだよ」


「そうなんですか。ディルベスタを目指す僕にその言葉は何よりの餞別せんべつになりますよ」



 恐らくプリムという人間は『鑑定眼』持ちなのだろう。

 鑑定眼は希少な固有スキルで、才能の多寡たかを問わず『中央』か、悪くても『内環』に召し抱えられることが多いはずだが、どこにでも例外というものはあるらしい。

 いや、もしかしたら何らかの事情があり、本人も分かっていながら能力をえて隠しているのかもしれない。

 その辺りを踏まえると、プリムとは関わり合わないほうが良さそうだ、と思った。



「あいつら、今はクエストに出かけてて留守なんだ。

 なあ、トラックスにも世話になったんだろ?

 せめて最後に挨拶あいさつするくらいまで居てもいいんじゃないか?」


「そうしたい気持ちは山々ですが、トラックスさんからは『冒険者なんてものは一期一会いちごいちえ、あまり思い入れを持たないほうが良い』とも教わりましたので」


「ああもう、あのバカ、余計なことを」


「まあ、出立は早くても明日の午後です。

 それまでに彼らが帰ってくればきちんとご挨拶させてもらいますよ」



 話を聞く限りプリムが高位の鑑定眼持ちだとは思えないが、敢えて隠しているという可能性を考えると決めつけるのは危険だ。

 もしバレて変な噂にでもなったら俺は強制連行され、その後の一生を牢の中で過ごす羽目になってしまうかもしれない。

 ――いや、そんなことで済めばおんの字で、可能性としては『元同僚』たちがやってきて『粛清』されてしまう方が高いだろう。



「そうか、なら今晩は空いてるんだね?」


「え? ええ、まあ」


「じゃあ、今日はとことん――」


「――おやあ? ローザさんにジール君じゃないの。

 珍しい取り合わせだねえ。何やってんの?」


「ただいま」



 俺の人生は基本的に、何かを達成する寸前で全てを台無しにするようなことばかりが起きる。

 だから、今回もそうなるのは運命だったのだろう。

 とんでもなく丁度悪いタイミングで、噂の二人がギルドに帰還したのだ。



「あははっ、こりゃあ良い。なあ、ジール。

 あたしは今晩この二人の帰還祝いをやってやりたいと思うんだけどさ。

 ……もちろんアンタも付き合うよなあ?」




――――――

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