突き抜けろ!ムッツリ大王!~『元』最強騎士はムチムチ女王と理想の新天地を求めて突き進む

@D6K1

序章 ジルバとダリアと冒険者

序章・第1話 期待外れの代償

 ――うわ。何だありゃ。

 岩陰に身を潜ませ現場の様子をうかがった瞬間、俺は思わず顔をしかめてしまった。


 その原因となったもの、それは紫色をした巨大でグロテスクな形状をした花のような植物。

 いや、植物というのは誤りだろう。似ているのはあくまでも形だけ。


 一般的な植物は根元から無数に生やした触手をのたくるミミズのように動かすこともないし、壺状の花弁はなびらにあちこちギョロギョロと動く目玉が付いていて、そこから紫の涙を流し続けるなんてことも有り得ない。


 だから、やはりあれは世界の法則に反した……いわゆる『魔物』であり、今回の討伐目標ということで間違いないのだろう。



みにくいのう。あれがぽいず……なんとかとかいう魔物か?)



 岩を背に、気配を殺して標的の観察を続ける俺に同行者が声を掛けてきた。

 黒いナイトドレス風の服装をした同行者の女性は、その美貌を見せつけるが如く腕組みをし、堂々と姿をさらしている。



「ポイズンファウント、な。えーと……」



 俺はベストのポケットに入れっぱなしだった依頼書を取り出し、うろ覚えだった討伐目標の項目を読み始める。



「えー、なになに。

 ……なるほどねえ」


(――なるほどねえ、ではないわ)



 と、真横から上がった声に俺の心臓が跳ねる。

 咄嗟とっさにその方向へ顔を向けるとそこには、いつの間にかすぐ近くまで寄っていたらしい、紅い瞳をした女の顔があったのだ。



「ぅおぉうっ!?」



 ち、近い……! 肩が触れ合う、どころか二人の肩は文字通り『重なり合って』、まるで俺の肩口から女の頭が生えているような、そんな至近距離――!



わしにも分かるよう声に出して読まんか)


「な、何でだよ」


何故なぜ、じゃと?

 とぼけおって、儂が文字を読めぬことなど知っておろう)


「いやそれは知ってるけど、そういう意味の『何故』じゃなくてだな。

 どうせお前は戦わないんだから必要ないだろって」


(お主が戦う姿は儂の無聊ぶりょうを満たせる数少ない娯楽なんじゃぞ。

 敵の仔細しさいも知っておればより楽しめるというものではないか)


「俺は暇潰しのネタじゃないんだけど」


(まあそう意固地いこじを言うでない。

 ほれほれ、良いから早う読まんか)


「ああ、はいはい。分かったよ」



 この、半透明で宙に浮く女――ダリア――に『結合』とかいう謎の術を掛けられ、付きまとわれるようになってから百日ほどが経つ。


 人間の慣れとは恐ろしいもので、どんなに異常な事態でもそれが常時続くようなら段々とそれが『普通のこと』に思えてきてしまう。


 それは『体に触れず』『何をしても離れない』まるで悪霊のような存在から常に付きまとわれる……といった常識外れの事象であったとしても、例外ではないらしい。

 だって、今ではそれと会話をすること――いや、できることに俺は何の違和感も感じなくなってしまっていたのだから。


 とはいえ、多少慣れたとしても十代の全てを男社会で生きてきた俺――ジルバ・ストラトスは――とある分野においての不意打ちにだけは滅法めっぽう弱い。

 そのため、ああいう先制攻撃を食らうと一気にペースを持っていかれてしまい、つい相手のワガママを聞き届けてしまうことになるのだ。

 そして、今回もやはりそうなった。



「ポイズンファウント。植物型の中級モンスター。

 紫色の花弁表面にある目のような器官から猛毒を垂れ流し、周辺を汚染する……

 だとさ」


(……なんじゃ、それで終わりか?)


「あとは根元から触手が生えてるとか、それを使って人間を襲うとか色々書かれてるけど、大体見たまんまだし、もういいだろ」


(むぅ……。そういうのを手抜きと言うんじゃぞ)


「ここでのんびりするような話でもないからな」



 そう言いながら、不満げにほおを膨らませるダリアから討伐対象へと視線を移す。

 この湿地に足を踏み入れたときは巨大で醜悪しゅうあくなデザインの毒花に目をとらわれてしまったが、こうして改めて見ると――



(――むご有様ありさまじゃの)


「……そうだな」



 ダリアの言うとおり、ポイズンファウントが生えた周囲はそこだけ魔界を切り取って持ってきたかのような、そんな惨状だった。

 白骨と化した大小の動物、腹を見せて浮いている魚たち。

 水と泥で形成されたこの湿地は、多種多様な生物が生息する――まさに命の楽園と呼ばれるような場所だったのだろう。

 だが今は、動くものなど皆無となった毒と腐敗による死の地獄と化している。


 既にその範囲は半径五十トール以上にまで及んでおり、中央に鎮座ちんざする元凶をたなければ被害は更に拡大していくことだろう。



「あいつも何であんな化け物に生まれちまったかねえ」


(奴からすれば人間こそ化け物に見えておるじゃろうよ)


「……かもな。

 まあ、お互い相容あいいれない存在同士なら仕方ない」


(お。始めるのか!?)



 ほんの少し、あの魔物の生き様にやるせなさを感じていた俺とは対照的に、ダリアはこれから始まる化け者同士の戦いに声を弾ませた。



「ああ」


(それで、今回はどうするのじゃ?)


「いやまあ、適当に」


(あの毒沼じゃ。いつものように走っていってぶん殴る戦法は使えんじゃろ!?)



 ダリアはもはや期待を隠そうともしていない。

 まあ、それは良いとして。『走っていってぶん殴る』――とは。

 俺の戦い方はこいつの目にはそう見えていたというのか……。

 いくら技術的な話には一切興味が無いとはいえ、俺の血と汗と涙の結晶をそんな雑な一言で……。

 十トール吹っ飛んだだの、とりでの壁がへこんだだの、派手な結果を見て無邪気むじゃきに喜んでいるこいつを見てほっこりしていた俺の気持ちを返してほしい。



「……おりゃっ」



 なんだか少し腹が立った俺は、その辺の石ころをおもむろに掴むと、軽くステップを踏み、そして腕を振った。



(――あっ! お主っ、飛び道具は卑怯じゃろっ!)



 魔物の元へ一直線に飛んでいく石塊いしくれの轟音で、やっと意図が分かったらしいダリアが声を上げる。

 ジルバパンチの期待を裏切って悪いが、さすがの俺もあんな毒まみれの奴を殴りたくはない。

 まあでも魔術補助も無しでの投擲とうてきだし、さすがに一発じゃ――



 ――ずぼ、どごーん。『ギエエエ』



「あ」


(お、おお?)



 この状況……。

 面倒な言い回しをすれば、


 四散しさんせし

 魔花まかの切れ端

 そらに舞い

 しぼみ枯れゆき

 紫に沈む。


 といったところ。

 まあ、手っ取り早く言ってしまえば――



「死んだ」



 ――ってことだ。



(おい! 終わったではないか!

 あんな遠くで、しかも一瞬で!

 前置きで散々引っ張っておきながら、何じゃこれは!)


「いや依頼書には『危険を感じると触手を高質化させ、網状の防壁を作って身をまもる』って書いてあったから、大丈夫かなーって」


(馬鹿者!

 ちっとも大丈夫ではないわ!

 遠慮なくぶち破っておいてからに!)


「んなこと俺に言われても」



 防壁、って言うくらいだから城壁くらいのを想像してたんだが、あれじゃいいとこカーテンだろう。

 まあ、この手の情報は過小評価されないよう、いくらかは盛って書くのが常識らしいが、さすがに『防壁』はやりすぎだ。あの魔物からしても良い迷惑に違いない。



(わ、儂の数少ない娯楽があああ)


「おいおい、仕事だぞ、これは」



 楽しみにしていた特等席での観戦が色々と期待外れに終わってしまったダリアはぎゃあぎゃあと喚きだす。

 さっきまでの余裕ぶった態度はどこへやら、まるで別人だ。



(うるさい、うるさい、この責任、どう取ってくれるのじゃ!)


「えええ……どうしろって言うんだよ」



 こいつが派手で分かりやすい戦いを好むという事は分かっていたけども、別に俺は接近戦に特化しているわけでも無いし、見世物みせものにするために戦っているわけでもない。

 もっと言えば娯楽の提供を約束していたわけでもないので、責任など元から存在しないはずなのだが……。



(……儂は、酒と甘味かんみを所望する。それで今回は許してやらんでもない)



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