第二話 悪意との遭遇
キャンプ場まであと数キロというところで、営業中のスーパーが目に飛び込んできた。青年は迷わず、その駐車場に車をすべり込ませた。駐車場のスペースに比べると、その店はアンバランスなほどに小さい。コンビニの店舗ぐらいだと言えば分かりやすいだろう。
実のところ、青年は家からフリーズドライの食品やカップ麺を用意してきていた。白米を炊きたくなったときのために、生米も二合ほどビニール袋に入れてきた。スーパーに寄ったのは、その土地の特産品や、棚を見回っていて不意に食べたくなるような食材と出くわさないかと期待してのことだった。
この日も、この地域の高原で採れたキャベツと味噌味がすでにつけられたホルモンのパックが目に入り、晩ご飯はそれらを一緒に炒めてやろうと算段をつけたところだった。
ピンポーン――。
そんなタイミングのことだ。自動ドアの軽いチャイム音が新たな客の来店を告げた。それだけのことなら、その他大勢がそうであるように、青年もまた気にも留めなかっただろう。だが、その来訪者たちは――無意識か意識的にか、普段から自分達に耳目を集めようとしているに違いない――控えめに言っても、とても騒がしかったのだ。声の大きさも会話の内容も、とにかくうるさかった。
「ああ、ねみぃー。オールだったからなー」
「もう腰、動かねーよ」
「あいつはもう立てもしねーんじゃね。三人相手に休みなしだったからよ」
相談したみたいに、そいつらは下卑た笑いをあげた。
「初めてにしては具合よかったけどな」
「途中で漏らすんじゃねーよ……」
一人が思い出したように、本気で不満の声を吐き捨てた。
「気持ちよかったんじゃねーの」
ゲラゲラと残りの二人が、心底気にさわる笑い声をはりあげた。
――ろくでもない話題だ……。
青年には永遠に理解できないだろう。そんなことを平気で口に出せるゲスどもの神経を。奴らと自分との間には、埋めがたい断絶が横たわっている。それは青年にとっては幸いなことのように思われた。救いだとさえ思った。
ろくでもない人間――。
関わらない方が無難だろう。
買い物はここまでだなと、青年はレジに向かう。だが、運悪く、進む通路の先に連中が現れた。酒はどこだと、店内をうろついていたのだ。
青年は引き返すこともできず――そんなことをすれば、からまれる口実をつくってしまうかもしれない――その三人組と狭い通路ですれ違わなければならなくなった。
茶髪が二人、黒髪が一人。茶髪の一人は短髪で刈り上げている。ほおに傷跡があるようだ。全員の耳にピアスが光っている。シルバーのネックレスや指輪といったアクセサリーも身につけている。全体的にだぼだぼとした黒っぽい服を、だらしなく着こなしている。
青年は一瞥して、瞬時にそれだけの情報を手に入れた。望んで、そうしたわけではなかったが――。
だが、三人組を見たのはその一瞬だけであった。あとは目を逸らし、気にもかけていない風を装い通路を進んでいった。すれ違う瞬間、連中の一人に睨まれたような気がしたが、声をかけてくることはなかった。タバコの臭いがした。
青年はレジで精算をすませ、店の外に出た。知らず、ふうと深い息を吐き出していた。と、来たときには駐車されていなかった、黒いワンボックスバンに目が留まる。車体には『有限会社アートワークス』の文字。社用車を装ってはいるが、ダッシュボードにはセンスの欠片もない白いファーが置かれていた。おそらく、先ほどの三人組の車だろう。
――何がアートだ……。
あんな奴らに芸術の何が理解できるというのだろうか。
――まあいい……。
自分には関係のないことだ。少し嫌な気分にさせられたが、さっさとキャンプ場に向かってしまおう。
そうすれば、一時、この幻滅しかけた世界から青年の身は救済される。だが、同時にそれは、幻滅した自身と向き合わねばならぬ時間でもあるのだ。
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