第8話「奴隷商に行く」
トマソンに案内されて一階の奥にある通路にきた。木製のドアには小さな窓があり、目隠しの薄い板を持ち上げると中が見られるようになっている。入り口から三つ目の部屋の扉が開かれる。
「こちらに来てお客様に顔を見せなさい」
三十歳前後の女性が七、八歳くらいの女の子の手を引いて扉の側に来た。
てっきり、窓から覗くのだと思っていた俺は、意表を突かれて焦った。
小さな女の子の手を引いた女性が俺の目の前に来て無言で頭を下げた。
焦っていた俺は慌てて頭を下げて言った。
「ど、どうも」
女の子が見よう見真似で同じように頭を下げた。そして、顔を上げてにっこりと笑った。
「可愛い!」
マリーが嬉しい悲鳴を上げた。小さな口に反した大きな目が不思議そうな表情で俺を見上げている。
『確かに可愛い! しかし、犬や猫を飼う訳じゃないんだ。一人の女性と子供の未来を預かるのだ』
俺は改めて思考を正した。
「この人は、ルイーズさんです。とある国の魔法学園の教授でした。しかし、ご主人が上位貴族との決闘で負けて殺されました。その挙げ句、財産を没収された上に奴隷に落とされたのです」
「魔法が使えない理由を聞いてもいいですか?」
「彼女は元々高名な魔法使いで、その才能を買われて王立魔法学園の主席教授になりました。決闘相手の貴族は彼女の報復を恐れて魔法を封印したのです。なんせ、彼女一人で騎士団を壊滅できると言われてましたからね」
「そんなに凄い人だったんですか。それで、彼女の封印を解くことは出来ないのですか?」
「はい、封印に使われている魔道具はダンジョン産なので人族では解除できないと言われています。もっとも封印をした貴族が持つ鍵があれば解除できます。まあ、絶対に解除しないでしょう。彼女に報復する気が無くても、夫を殺した上に奴隷にした訳ですから恨まれていると思っているでしょうし」
「恨まれて当然です。彼女は何もしてないのに、あんまりだわ」
マリーは大粒の涙を流して悲しんだ。俺は雰囲気を変えるために女の子に話しかけた。
「お嬢ちゃん、お名前を言えるかな?」
「セシルです。七歳になりました」
『顔も可愛いけど声も可愛い子だな』と思った。
「こんな小さな子供でも奴隷にできるんですか?」
マリーが聞くとトマソンは申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ございません。言い方が悪かったようで誤解させました」
トマソンは俺たちに対して深く頭を下げた。
「この国では十四歳以下の未成年は奴隷にできません」
「でも、この子は?」
「この子は奴隷ではありません。親娘を離れ離れにできないので、一緒に購入をと申したのです。紛らわしいことを言いました。深くお詫び致します」
「マリー!」
「うん、ショウちゃん」
二人で同時に頷いた。
「二人とも引き取りたいと思いますが、いくら必要でしょうか?」
「母親は三十歳になりますし、元教授と言っても現在は家事くらいしかできません。子供の養育もして頂く事になります。正直言って二人を引き取って頂けるお客様は、この先もいらっしゃらないでしょう。ですから、銀貨一枚で結構です」
「わかりました。俺たちが身請けします」
「失礼ですが、お客様。現在のお住まいはどちらに?」
「冒険者ギルドの新人簡易宿です」
「お客様、奴隷をそこに泊まらせることはできないかと思います」
「あっ! そう言えば無理だね。二人は冒険者じゃないし」
俺はうっかり宿の事を忘れていた。
「でも、どうすれば?」
マリーが不安な顔で俺を見る。
「お客様、差し出がましいようですが、私の方で家をお貸ししましょう。私は十数軒の借家を持っていますので」
「本当にいいんですか?」
「はい、お客様だけに負担をおかけするのは心苦しいので」
「それじゃあ、お願いします」
「では、手続きをしますから場所を変えましょう」
トマソンはさっきとは違う女性を呼んで親娘をどこかに連れて行った。そして、俺たちは元の応接セットまで戻ってきた。
「二人は今、メイドに命じて身支度をさせています。その間に、お二人には借家を決めていただきます」
聞けばメイドは解放奴隷だという。トマソンは何人かの解放奴隷をメイドとして雇っているらしい。
トマソンは机の中から書類の束を出してきた。
「四人で暮らすのにいい物件を見繕ってみますね」
そう言ってトマソンがローテーブルの上に紙を並べていく。四枚の紙が並べられた。
「どうぞ、ご覧ください」
俺たちは一枚ずつ手にとって見比べた。四つの物件はいずれも一戸建てで、部屋数に問題はなかった。築年数と立地はこの際問題にしない。井戸とトイレの有無、そして家賃を考慮して決めた。
「この家をお願いします」
六部屋ある家だった。市場から遠いが冒険者ギルドには近い。井戸が敷地内にあってトイレもついている。家賃は二番目に高くて、月に金貨一枚だった。大事なのは井戸があることだった。共同井戸を使うとルイーズさんの負担が増えると考えた。
「この家ならあと二人くらい増えても大丈夫だね」
マリーの言葉を聞いて、俺は本来の目的を思い出した。
「トマソンさん、前衛ができる奴隷が欲しいです!」
元魔法学園の教師でも魔法が使えないのであればパーティーメンバーにできない。それに小さい娘さんの面倒も見なければならない。なので、せめて前衛ができる奴隷が欲しかった。
「これは、失念しておりました。さっそくご案内しましょう」
俺たちは二階の通路に連れて行かれた。ここには戦闘ができる奴隷がいるのだと言う。
「ご希望は、前衛ができるパーティメンバーですね。戦士系がいいですか、それとも盾などの防衛系がいいのでしょうか? それから、人種と性別にこだわりが有りますか?」
「前衛が任せられるならどちらでもいいと思います。人種はこだわりませんが、俺以外は三人とも女性なので、女性の方が気兼ねが要らないかもしれません」
「人種にこだわらずに前衛が出来る女性ですね?」
「はい、居るでしょうか?」
「とりあえず、見ていただきましょう」
トマソンを先頭に二階の廊下をマリーと二人で並んで歩く。トマソンはドアの前で止まって鍵を開けて扉を開きながら言った。
「ここです。猫獣人の元冒険者で攻撃力は低いですが、斥候を得意としていました。十八歳の女性です」
「お客さんかなにゃ?」
「そうですよ、ミレイ、お若いですが、とても優しい方たちです。しっかりと売り込みなさい」
「猫獣人のミレイにゃ。偵察と罠解除が得意にゃ、戦闘は得意じゃにゃいけど双剣を使うにゃ。良ければ買って欲しいにゃ」
「いくらでしょうか?」
「お二人になら特別価格で金貨十枚にさせて頂きます。いかがでしょうか?」
おれはマリーに耳打ちした。
「斥候職はダンジョンで必ず必要になる職業だ。金貨十枚が高いか安いか分からないけど、トマソンさんは信用できると思うから買った方がいいと思う」
「ショウちゃんに任せるよ」
「身請けします。でも、あと金貨五枚しかないので、今日はここまでにしときます」
皆の服や肌着が必要だろうし、ベッドや家具もいるから少しはお金を残しておかないとマズイと思った。足りないメンバーはこれから稼いで集めようと考えた。
また、応接セットの所まで戻って必要な書類にサインしてお金を精算した。金貨十枚と銀貨一枚を払う。親娘の私物は昔使っていた小物と服だった。猫獣人のミレイは自分の武器と防具を持っていた。
トマソンがメイドを呼んで鍵を渡している。
「お客様、本日はお買い上げ誠にありがとうございます。私は店を空けることが出来ないので家の案内は、この者に任せました。メアリー頼むぞ」
「はい、旦那様。それではお客様、ご案内させて頂きます」
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