0 証拠品
「こちらの写真を確認してください。このなかに、あなたが知っている人はいらっしゃいますか」
女性の取調官は机を挟んで、ひとりの若い男と相対していた。男は憔悴しきっており、拘留されている間まともに食事が喉を通らない有様であった。対して、取調官の女は痩せすぎなきらいがあるものの、肌艶、血色ともに良好。個人の性質を塗り潰す、無機質なスーツに身を包んでいながら、その二十代の若さを包み隠せていなかった。
取調官が机に乗せた写真は三枚。すべて裏返し。まずはその右端の一枚を表に返す。
白髪交じりの老齢の男性。無機質な背景と不自然に人工的な構図から、それが遺影であることがわかる。
「彼は高代尚平。年齢は六十八歳。瑞尾村のはずれ、東南部の山中にて遺体で発見されました。死因は薪割用の斧で頭部に致命傷を受けたこと。捜索隊として山にはいったあと、行方が分からなくなり、翌日遺体で発見されました」
「知らない顔だ」
男は素っ気なく返答する。取調官は男の非協力的な反応など想定済みだというように、粛々と次の写真をめくる。二枚目にめくるのは左端。
「彼は中里明。年齢は四十七歳。旧瑞尾村落、地下に造られた防空壕の壁面に塗りこめられているところを、再開発のために地質調査を行っていた作業員が発見しました。彼は農業の傍ら猪狩りに出かけることがあり、数か月前より行方がわからなくなっていました。発見当時は『壁男』などと称され、地元紙やローカル局で報道されました。話題は数週で消えるものでしたが、インターネットでは怪事件として広く知られました」
写真に写る眼鏡をかけたやせ形中背の男性。家族写真の切り抜きらしく、紅葉の観光地を背景にしたもの。事件の派手さに反して、顔の造形はこれといって記憶に残りにくい薄い印象。
「さぁな」
男は一瞥しただけで、詳しく確認することもしない。
「では、最後です」
めくられた瞬間、男の瞳孔がわずかに開いた。
「彼は渡辺俊也。中里明と同じく旧瑞尾村落の地下空間で遺体となって発見されました。死因は多量の出血によるショック死。生きたまま全身の皮膚を剥がれ、そのまま放置されたものと思われます」
「こいつは渡辺なんて名前じゃない……こいつは弐座武秀だ」
男が驚愕に目を見開き、写真を指さす。
「彼をご存知なのですか?」
「いや……なにも知らない。なにひとつ。ただ名前は、名前は違う」
「そうですか。戸籍上の名前は渡辺俊也で間違いありません。身分証、歯の治療痕からも確認はとれています。しかし、あなたの前では別人として振舞っていたとしても、なんら不思議はありません」
「知らない。おれはなにも知らないんだ」
「結構です。では、もうひとつだけ」
そういって彼女は握り込んだ右手を机の上に乗せた。
「こちらは旧瑞尾村落のはずれで発見されたものです」
開かれた手には透明なポリ袋に入ったシルバーのアクセサリ。
「オーダーメイド品のピアスだそうです。このピアスからは上郷美折のDNAが検出されました。とはいえ、上郷美折はまだ見つかっていないので、彼女の部屋から拾い集めた髪の毛と照合したものになりますが」
男は震える両手でピアスを握り締める。祈るように、額に押し当てる。
「なにか、御存じではありませんか?」
取調官は人差し指で、机をひとつ叩いた。
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