第18話 ついた、顔合わせ
18話目
僕はいま研究所にお邪魔させてもらっている。魔力回路の膨張について研究してもらうために今後関わらなければいけないと思うから、挨拶に来たのだ。
「こんにちは、僕はアルトと言います。ここにいるのが猫のピノです。よろしくお願いします。」
「ああよろしく! 俺は個性について研究している縁側 忍だ! 坊主が面白い案件を持ってきたんだってな。」
「面白いかは受け取り方次第ですけどね。」
「あのレイリーが最優先でやれって言ってきたんだ。面白くない訳無いだろ。」
どこからか「ガハハ!」と聞こえる様な喋り方をするのは、レイリーの研究仲間である縁側さんだ。豪快な性格に感じるが、こういう人こそ頭が良いんだよな。
「他の人たちは?」
「レイリーと一緒に、坊主が渡したやつを読んでいるぞ。俺は迎えをしないといけないから一旦抜け出してきたんだ。」
昨日まではレイリーと一緒に来ようとしていたんだけど、今日の朝に魔術の存在をどうやって信じさせるのか、手順を教えたら先に行ってしまったのだ。僕は後からタクシーで来た。
正直急がなくても良いと思っていたのだが、昨日の夜に教えた仮説によって高揚してしまったのだろう。
出来るだけ早く事を進めたいという気合が見て取れた。
「しかしあれほどまで奇天烈な事を信じさせるのは大変だぞ?」
「読んだんですか?」
「くるまで時間があったからな。だが、ざっとしか理解できなかったぞ? 新し過ぎて俺には理解が追いつかんかった。」
「そうですか……」
レイリーが先行して持って行ったものとは、魔術師でなくとも個性さえ使えれば簡単にできる魔術キットだ。縁側さんが読んだというのは、なぜこのような現象が起きるのかを説明する為に、昨日書いた台本だろう。
一応誰がいても理解できるように書いているので、今朝レイリーに見せら持って行ってしまったのだ。
まあ、安全な魔術のみしか書いていないので危険な事にはならない。
それに僕が手を出さないで試した方が信じてくれるかもしれないしね。
「試してみましたか?」
「あいつらはやっているとおもうぞ? 俺は坊主を迎えるために出て来ちまったけどな。」
そのまま案内されてゆき、厳重な扉をくぐっていきその人たちの所へ行く。
縁側さんは体が大きいからか、一歩が大きく足が速くて追いつくのすら疲れる。
☆
「ここで待ってろ。今呼んでくる。」
通されたのは応接室のようで、大きなソファーが置いてある。このまま立っているのは疲れるので、申し訳ない気持ち半分で座らせてもらうことにした。
レイリーの家にもないくらい、高級なソファーは僕の体を包み込んでくれる。ここまで性能がいい椅子は使ったことがないので、違和感を覚えるがすぐに慣れるだろう。
僕が座ったことに気付いたのか、フードの中に入っていたピノが出てくる。人目のない場所だとこんな風に出てきてくれるのだが、ひとたび知らない人がいるとフードの中に隠れてしまうから困ったものだ。
腕の中に収まったピノを撫でる。
「前回の場所とは違うんだね。」
前回武田さんと来たときはこの応接室よりもっと狭い場所に案内された。だから、今いる場所は同じ研究所なのに知らない応接室なのである。
知らない場所で知らないものが沢山あるから、それらを見て時間を潰していると足音が聞こえてきた。
気合を入れるために来ていた服の裾を直したりフードの形を直す。
扉の前で止まった足音に耳を傾けながら、ドアノブを見ていると、ゆっくりと回り開けようとしているのがわかる。
魔術が存在していると教えなければいけない立場なので、有象無象の関わりのない人たちと会うより緊張する。そんな緊張が今も高まっているなか扉が開く。
そこにいたのは、レイリーと縁側さんを入れて4人の白衣を着た人たちだった。
レイリーは僕がいる事を確認してその人たちと一緒に軽く挨拶をして中へ入っていく。
「来るときは大丈夫だったかい? もとは一緒に行く予定だったからね。」
「たくしー? と言うのに乗ったら連れてきてくれたので大丈夫ですよ。昨日乗った救急車と言うのよりも乗り心地は良かったです。」
「それはよかった。じゃあ、この4人の紹介をしようか。」
全員集まったことを確認する。4人とも僕の前にある机を囲むように座った。
「虹山からお願いしようか。」
「はい! 英園大学大学院卒の虹山 明輝(にじやま めいき)です。主に実験を担当しています。」
レイリーくらいの年齢に見えるが、体から溢れだしている活力が10代後半くらい若いので思っているより年は下なのだろう。しかしやる事はやってくれそうな真面目さが言葉の節々から垣間見える。
「……終わり? あんたねぇ、もうちょっと話しなさいよ。」
腰に手を突き悪態を吐くのは髪の色がカラフルな女の子だ。それに個性の影響なのか、目や爪も青や赤などの色になっている。
「じゃあ私ね! 私は歌瀬 奏(からい かな)よ。このチームの中では一番年下だけど、誰しもが憧れる遠塔大学大学院を出ているわよ!」
「……どこ?」
張り切った声で自己紹介してくれているのだけど、大学? のことはよく分からない。神語の影響で学ぶ場所と言う意味なのは分かるのだけど、大学というのは知らないからアバウトになってしまう。
なので歌瀬さんが分かるでしょ! と言い迫ってきたがそもそも、大学の事すら分からないのだから、遠塔大学大学院の事はまったくわからない。
しかし歌瀬さんはとって当たり前のように分かっていることだと思っていたようで、ショックを受けていた。
「しら…ない? え、あの遠塔よ? 日本を出ても知らない人がいないとまで言われている遠塔よ? ランキング上位のヒーローだって排出している遠塔よ? 本当にしらないの。」
「えっと、大学? の事はさっぱりで。」
だから、本当に知らないのかと迫ってきた。
「はぁ、学歴コンプもそこまでにしときな。」
「……んん゛! 気を取り直しましょう。」
歌瀬さんから来る圧に慄いているとレイリーが手を差し伸べてくれた。このまま迫ってきてもどうにもできなかったので助かった。
「個性は『精神曲』。歌によって精神に影響を与える事が出来るわよ。」
「精神に影響を与える歌か。いい個性だね。」
「そうでしょ。この個性のおかげで高校は推薦で行けたんだから!」
「推薦? そっか。」
何のことを言っているか分からないが、ここで首を曲げるとまたさっきのようになってしまうかも知れないので、言葉だけは分かっているようにうなずく。
しかし、歌を起点にしている魔術なんて、いい趣味をしているじゃないか。歌は精神に影響を与えやすいといろんなところで言われてきたから、それを魔術として使うのは理にかなっている。
しかしどうやって歌を区別しているのかは難しい所だ。
日常の会話を歌と認識したら、個性が発動してしまうのか。もしかしたら個性特有の事象認識が働いているのかもしれない。
もし僕が歌によって精神に影響を及ぼす魔術を作るとしたら、わざわざ魔術に特定の歌を組み込んで、その歌をうたった時のみ魔術が発動するようにしかできない。
しかし個性は弄ることは出来ないだろうから、術式に組み込むことは出来ない。だから、歌だと認識する式があるのだろう。
まだまだ未知の魔術がある事に興奮しながら歌瀬さんの自己紹介をきく。
「チームではレイリーさんと一緒に研究の分析と構成をしているわよ。実験の結果を元に次にやるべきことを考えるの。今後よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
軽く握手して歌瀬さんの横を見る。
「次は俺か。さっきも会ったが、縁側 忍だ。チームでの担当は雑用だ。出資をお願いしたり、機材を買ったりするのに外に出ているから合う事はあまり無いと思う。個性は『感情探知』だ。普段は切っているから気にしなくていいが、使っていると目に写る相手の感情が分かるようになる。
個性のおかげで交渉とかは優位に進めれるから、ドンと任せていいぞ!」
縁側さんもいい個性だ。歌瀬さんと系統は似ているけど、特定のアクションが必要ない分使いやすい。まあ、その分見るだけにとどまっているが、感情を見ると言うのは強いアドバンテージになる。
「最後に私だな。名前はレイリー・ホープ。このテーマでは歌瀬とおなじ分析と構成。いつもは縁側と一緒に外を回る事も多いが、今回は研究に集中させてもらう。」
「え、レイリーさん。私と一緒に動くんですか。」
「今回に限ってはな。」
「早く解決しなきゃいけないから?」
「そうだ。いろんな制約はあるからこそ、集中してやらないといつまで経っても終わらない。」
「それは嬉しいよ。真面目にやってくれなきゃ教える意味が無いからね。」
「それくらい本気だって事さ。」
魔術回路らへんの事だけとはいえ、魔術を知らない人に位置から教えなければいけないのは結構大変だからね。ちゃんとやってくれるみたいで安心だ。
「そう言えばレイリーの個性は知らないな。」
「目に見えやすくは無いからね。」
「へ~、どんな個性なの?」
「『幸運』、って言う概念系の個性だよ。常に発動していて結果的に全ての物事がいい方向に動く。そんな幸運が私にはあるんだ。アルトと出会えたのは幸運があったからだと思っているよ。」
『幸運』の個性か。
魔術で自分を幸運にしようとするのは割と簡単なんだけど、奥が深い魔術分野だから素人には手が出しずらいんだよね。それに魔術だと持続的に幸運を維持するのは難しいらしいから、常に発動しているのは個性だからだろう。
昔、運に関する魔術を研究している一族に会った事が有る。その人たちの近くに居た時はこれから先もうないと断言できるような幸運に出会えたことを思い出すと、レイリーの幸運はそこまでではないのだろうが、それでも今後が楽しみだ。
幸運の魔術は、究極的に言えば消費する魔力の量が重要だから、魔術を教える過程で個性に強弱をつけることが出来るようになったら、その一族にタメを張れるようになるかも知れない。
「まあ、幸運なんて努力あっての物だから当てにするようなものじゃない。どんな時も最悪の事態は逃れる事が出来る程度に考えてくれたらいいさ。」
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