第11話 魔術師は今もいる。弱いけど



11話


「ほら着いたわよ。」

「へ〜。他の場所とあんまり変わらないね。」


 ここに来る途中色々な部屋の前を通ったのだがその全ての扉は質素で装飾がされていなかった。そして案内された扉も例にもれず質素である。

 しかしアルトの感覚からしたら、派手な装飾は目が痛くなるので好きな方である。


 巴が開けてくれると、アルトはそのままついて行くようにはいった。


 すると中はレイリーの所で見たような応接室のような雰囲気を醸し出している場所であった。しかし机には書きかけの術式があり不用心だなと感じる。


「好きな所に座ってくれていいわよ。」


 そこでやっと巴は手を放してくれた。


「いや〜、疲れたよ。ここまでずっと放さないなんて。何度も腕を破壊したくなった。」

 

 今まで腕をつかまれる事なんて無かったから、違和感で反射的に魔術を使いたくなってしまった。

 だが、そこまで野蛮ではないので我慢は出来ていた。

 

「え、そんな物騒な事言わないでよ……差しかして歩いている時不自然に魔力が動いていたのってそう言うこと?」

「そうそう。魔術で逃げようとしたの。」

「でも手に魔術阻害の魔術張ってたけど……」


 魔術阻害何てあったかな? 

 手を掴まれていた時に何かされたのかと思いだそうとするがそれらしきことは見当たらない。もしかしたら気付いていないだけなのかと思ったりしたが、巴さんの手には微量な魔力しか纏ってい無かった。

 ……もしかしてそれの事なのか?


「あれってそう言う事だったんだ。てっきり、嫌がらせなのかと思ったよ。あの程度だと阻害できる魔術なんて無いからね。多少魔力の生成が遅くなる程度。」

「えぇ。頑張って作ったのに。」

「それにあの魔力量だと僕が使おうとしていた伝承魔術には効果がなかったよ。」

「貴方逃げるためだけに伝承魔術なんて使おうと思ってたの。そんな大量な魔力を使う魔術なんてそんな簡単に使う物じゃないわよ。」

「便利だよ? あの時は握っていた手が徐々に崩壊していく魔術を使用していたね。手を握っている状態じゃないと使えないけど使えたら必勝だから反射的に使いたくなったよ。」

「……今度から貴方の手は握らないようにするよ。」


 魔術の事は知っているようだけど、まだまだ魔術師と言えるlevelではなさそうだ。


「それだったら、走って逃げるよ。」

「はぁ、こんな話をしようと思っていた訳じゃないのに。」

「まあ、魔術師見習いとしては上出来だったよ。あと500年くらい頑張れば魔術師に成れるかもね。」

「……私魔術師なんですけど。」

「え? そんなわけないでしょ。巴さんの魔力って雀の涙もないうえに、作成途中の術式を机の上に放置する危機意識の無さは一級品なんじゃないかな。僕だったら100年かけて基礎から鍛えなおしたいと思うよ。」


 魔術師にとって命ともいえる術式を見せびらかすように机の上に置いているのはあまり良くない。

 僕も塔の中では術式が書かれている紙を散らかしているが、それは僕以外が入れないからに他ならない。それに本当に大事な術式はしまってあるしね。


「そ、そんな風に言わなくていいでしょ! そんなんだから神代の魔術師は嫌われるんだ!」

「神代の魔術師と言うのはしらないけど、自分の身の丈に合っていない術式を作ろうとしている内は魔術師として認められないんじゃないかな。その机においてある魔術、もし巴さんが使用したら体が爆散するだけじゃおさまらなさそうだよね。最悪の場合は周りが火の海になるんじゃない?」

「ん、ん~!!。」


 もう何も言えないようだ。

 この時代に魔術を知っていたから少し期待したんだけどね。もし巴さんの師匠と会う機会があれば話してみたいよ。どうやったらここまで堕落した人間になるか。

 才能が無い僕だってある程度魔術を使うくらいは出来るようになったんだから、本当に一流の魔術師にしたいんだったら、ちゃんとしつけないと。


「ほら、そんな事より個性の暴走について知りたいんでしょ? 落ち着きなよ。」

「……」


 すると頭に血が上りすぎたことが分かったのか、椅子に座り深呼吸を始めた。


「あなた人を振り回すのが得意なのね。」

「それはどうも。人を動かすのは才能がなきゃ出来ないからね。」


 皮肉を皮肉で返したことで、アルトと巴の今後の関係性が決まったのであった。




 あんなことを行ったあとではあるが、一応情報はアルトが握っているからなのかお茶は入れてくれた。

 魔術師同士だと暗黙の了解で魔術の情報は等価交換なんだ。だけど、今回話すのは個性と言う魔術の分類の一つなのに無償で話す事になっているから、アルトの気を悪くしないようにしているんだ。


 アルトとしてはこの程度の魔術師見習いに何か言われたところで、力の差が大きすぎていつでも殺せると思っているから、何を言われても余裕があるのだ。


「先に確認しておきたいんだけど、会話はちゃんと出来るのよね? 意味の差異があるようだったら困るんだけど。」

「大丈夫だよ。いまだって普通に会話できているじゃないか。」

「……日本語は分かると言う事で良いのね。」

「何を言っているのかな。僕は日本語? と言う言語は知らないけど。」


 この国は日本と言う場所だと昨日聞いたが、名前に日本とついているから日本語と言うのは日本で使われている言葉なのかな?

 あいにく僕は言語に関しては不得意なんだ。


 最近だって、妖精の言葉が解読できたりとか何とかで、塔の外が話題になっていたことは知っているけどまったくわからなかったしね。


「どう言う事? 今日本語で会話しているのに分からないって。」

「どうも、なにも、会話できるのは当たり前じゃないか。魔術師なんだから。」

「はぁ? なんで魔術に関係してくるのよ。言語なんだから、知らなければしゃべる事は出来ないじゃない。」


 ……まただ。何かがかみ合っていない。武田さんの時もそうだったけど、僕の知っている文明レベルとは違いすぎて話が合わないんだ。

 少しずつ知識レベルを知って行こうと思っていたけど、ここまで話が合わないと不便だね。


「神語の事なのではないでしょうか。マスター。」


 しかしピノは勘が良いからなのか空気を読むのが得意からなのか、ずれている部分を教えてくれる。


「え、猫なんていたの。」

「ピノです、よろしくお願いします。」

「しゃべってる……神代は何でもありね。」


 しゃべる猫を見たことが無いのかじっと見ている。ピノはあった時からなぜか喋れていたからなんで喋れるかは知らない。

 しかし、ピノとあった時代は喋る動物なんて沢山いたからあまり気にした事は無かった。


「それで、僕は神語の事を説明すればいいのかな?」

「知らないようなので教えた方が良いと思います。ついでにバベルの塔に関しても。」


 そう言う事か。なんで神語の事を教えなければいけないのかと思ったけど、巴さんは知らないのか。だから、さっきから話がかみ合わなかったんだ。


「一応聞いておくけど神語と言うのはしってる?」

「知らないわ」

「……巴さんって本当に魔術師名乗ってるの? 一回基礎からやり直した方が良いんじゃない。」

「何よ。そんな神語とやらは知らなくても魔術は使えるじゃない。」


 ……師匠の運が無かったんだろうな。魔術師にとって神語は切っても切れない関係なのに。

 アルトは巴の有様にあわれんだ。自信満々に魔術師だと名乗っている様子は子供のようだったからだ。実際アルトと巴の年齢差は大人と子供以上なんだが。


「確かに魔術は使えるね。日本語で伝承魔法を使おうとすると日本の伝承しか使えない上に、言葉に魔力が籠りづらいから神語を使える人と使えない人では決定的に差が開いてしまうけど。」

「でも、そんな差は合ってもないような物じゃないの?? 神語なんて大層な名前だけど、地球でそんな言語が流行っている様なとことは見た事無いし、神秘も薄いんじゃないの?」


 確かに今の地球では神語は使われていない。しかし神秘の濃さから見て、ちゃんと伝承として残っているようだから、そこら辺にあるの言語には負けないだろう。


「そうだね。確かに一昔前まではなぜか神秘が薄い時が合ったけど、今では使われていない上に伝承として広まっているおかげで、日本語とやらの数十倍は神秘的になっているよ。」

「数十倍! ……いや、そんなのはウソよ。神語なんて言語は知らないもの。もし私が知っているのであればそれほどまでの神秘があるのは認めるけど、知らないもの。」

「あれ? そうなんだ。もしかして聖書は読んだことない?」

「聖書? キリスト教の奴よね。それと神語とやらは何の関係があるのよ。」


 アルトは出来るだけ分かりやすいように巴さんの口調に合わせていたのだが、聖書と神語が結びつかないらしく理解力もないのだと落胆してしまう。

 まだエレン少年の所まで話せていないのにこんな所で躓くなんて思ってもいなかった。


「バベルの塔はしらないの?」

「そんな事は知っているわよ。人類がバビロンに行こうとするやつでしょ。それに神が怒って塔を壊すやつ。」

「そう……はぁ。もういいかな。」

「何よ勝手に落胆して。バベルの塔なんてそのくらいの事しか知らないわよ。」


 今まで話していた人たちは頭がよかったんだなと改めて再認識する。……いや、巴さんが知らないからと教師じみた事をしたのが悪かったのかも知れない。先輩魔術師として最低限の事は知っておいてほしいと思ったけど、これではお話も出来ない。


 そもそも僕は教える事が出来ないのかも知れないね。このありさまを見て落胆してしまった。


「神語ってのはそのバベルの塔が出来る前の言語だよ。神様がバベルの塔を壊すとき、一緒に言語も取ったでしょ?」

「え……あ、確かに。て、言う事は貴方はその言葉を喋ってるの。」

「そう。人類皆が同じ言語で話している時代に使われていた言葉。だから、誰にでも僕が言った意味が分かる。」


 人々は元々一つの言語だったんだ。だけど、あるとき神様を怒らせて言語をバラバラにした。それが僕が言いたいバベルの塔の大筋。

 神語とはその神様を怒らせる前の一つだった言語の事を言っているんだ。


 ここで一つ問題が出てくるのだが、なんで神語を知らない人でも神語で話しかけたら会話が出来るのか?

 日本語しか知らない人に英語で話しかけても何を言っているか分からないだろう。


 神語はそんな障害を無くしてくれる。人であれば神語の意味が自然と分かってしまうのだ。だから、神様は神語を没収して別の言語に変えてしまった。

 会話に障害を持たせるために。


「そ、そんな出鱈目ありなの?! だったら神語だけ覚えていればいいじゃない!」

「そうだよ。だから魔術師にとっては神語は重要なんだ。」


 魔術師にとって言語とは障害に値しない。どの時代の魔術師であっても神語さえ話すことが出来たら会話は成立する。

 だから何億年も生きる人がいたとしても、魔術の世界は成立してきたのだ。


 言わば神語とは魔術師になるための登竜門の一つ。

 神語が分からなければ魔術師の一歩目も踏めていないも同義なのだ。


「あれ? それならなんで一般人には知られてないの? 教えたら世界中の皆で協力し合えるじゃない。」

「それが駄目なんだよ。なんで神様が言語をバラバラにしたから思い出せない? 協力させないためだよ。」


 人類皆で協力してしまったからこそ塔を作ってしまった。神に挑戦してしまったのだ。


「あ、そっか。」

「でも、魔術師は特例なんだ。神から直々に許可を貰っている。」

「それなら私も神語を使えるってこと?」

「そうだね。僕は教えないけど。」

「え、なんでよ。ここまで教えてくれたんだから神語も教えなさいよ。」

「嫌だよ。面倒くさい。師匠に頭下げて教えてもらったらいいんじゃない?」


 教える才能が無い事がこの会話の中で立証されたのでこれ以上誰かに教えるなんてやりたくない。

 バベルの塔の事を教えただけでここまで疲労しているのだから、これ以上教えるとなったら、秘伝の術式を教えてもらうくらいしてもらわないと割に合わない。



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