第8話 知らないなら知りたい。手助けはしておく







8話目



 個性を教えてもらい、魔術を教えるという契約をかわした僕はその後外に出ていた。契約通り個性の歴史を教えてもらう事はせずにだ。

 まあ、今日はレイリーに事情があったから教えるのは一旦なくなっただけなんだけどね。


 昨日押しかけての今日だから予定が合わないのはしょうがない。押しかけたのは僕なのだから、このくらいは全然いい。それに来週になれば一旦予定が空くらしいから、その時に教えるとのこと。

 なのでやることが無い僕はこの時代を楽しむために外に出た。


 そもそも塔を降りたのは散歩のためなんだから歩かなきゃいけないよね。


「それにしても、いろんな建物が立っているね……でも魔術によって作った訳では無いみたいだけどどうやって作ったんだろう。」

「魔術回路は劣化しているうえに体は一つの魔術に適応してしまっていますから、こんなに建物を作るのは無理でしょう。」

「ピノもそう思うよね。」


 過去に魔術都市を作った王様も、魔術で建物を作るのはコスパが悪いと原始的に木を切っていたりした。だから、魔術ではないと思うんだけど。


「でも、これだけ人がいたらこのくらい出来るのかな?」

「無理なんじゃないですか? 見渡す限りの建物は鉱物で出来ていますからどれだけ人がいたとしても数百年位はかかってしまいそうです。」

「そうだよね。それに、いまだに良く分かっていないんだけどこの鉱物の固まりが走っているのも良く分からない。」


 人ごみの中を頑張って歩きながらフードの中で見ているピノと話していると、目に付くのは建物以外にも道の真ん中を移動している鉱物の塊だ。凄い速度で移動しており、思い出すのは昨日の事件。

 甲高い音を出して、どこからともなく止まりなさいと言ってきながら攻めてくる白黒の鉱物。

 

 あんなのに追いかけられたら並みの魔術師は発狂ものだろう。それにもし鉱物を触媒に魔術を使っている魔術師が見れば、術式を一変させなければいけないかも知れない。

 鉱物はどっしりと構えてその重さで動かないと言う意味合いを持っていたりする。それは全ての鉱物に当てはまる事だから鉱物の意味合いが変わってしまう。


「魔術じゃないなら何を使っているんだろう。」

「分からないですね。」

「だね。」


 未知に対して恐怖を抱く人は多いと思う。鉱物の建物が乱立していたり、鉱物が高速で動いていたり。

 見る人が見れば泣き叫ぶだろう。しかし、僕にとって……と言うか魔術師にとって未知と言うのは新たな発見だ。知らない分からないは未知を構成している意味。

 つまり知って分かれば未知ではなくなるんだ。


 未知を既知にすれば新たな魔術を開発できるかもしれない、しかし未知のままでは何も始まらない。

 だから魔術師は未知に対して恐怖する事は無いんだ。


 鉱物が高速で迫ってきたら流石に命の危機があるから恐怖で逃げるけどね。


「ダメ! ダメ! おさまって!」

 

 そんなとき目の前で1人の子供が胸を押さえてうずくまった。何が起きたのだろうかと思ったが、周りで歩いている人たちが「個性の暴走だ!」と声を上げているばかりで子供を介護しようとはしていない。

 2000年前だったら困っている人がいたら手をさし伸ばす人はいたんだけどなとおもうが、この時代ではそんな人はいないのだろうか。


 しかし見えてはいなかったが、その子供の隣で必死にあやしている女性がいた。雰囲気からして親なんだと思う。だが背中を擦っているだけでどうすればいいか分かっていないのか対処に出れていない。

 アルトはその様子を見て、何もしないでこの場にいるのは居心地が悪いと頭を悩ませた。


 先ほど「個性の暴走」と聞こえたので、この居心地の悪さを解決するために子供の所へ行くことにした。幸いにもピノは乗り気のようで、フードの中から出てきた。

 先ほどまではここまで人はいなかったはずなのに、どこから集まってきたのか分からない人ごみをかき分けて行きその場所に到着する。

  

「やあ困っているようだから手を貸しに来たよ。どうしたんだい?」

「貴方は……」


 人ごみを避けて行った先では、なぜかうずくまっている子供とあやしている母親の周囲3メートルくらいを開けて人が立っているようだ。見世物にしたいならもっと近づけばいいのにと思うがそんな勇気は無いのだろうか。


「最初にそんな価値のない事を聞くかい。まあ適当にアルトと呼んでくれ。それよりも今はお子さんの対処をした方が良いだろう?」

「そうだ、エレン!大丈夫!」

「おかぁさん。胸が痛いよ。たすけて。」


 少年は泣きべそをかきながら胸を抑えてダンゴムシのように屈んでいる。泣いてはいないが、顔が歪むほどの痛みがある事は相当辛いんだろう。

 早急に対処をするために、断りを入れずに少年の首元に手を置く。


 魔力回路に異常があるのであれば少年に魔力を通してしまうのが一番最適だ。


 そう思い調べてみたところ、予想通り魔力の生成に異常があった。しかし、その生成異常じたいが痛みを与えている訳では無さそうだ。つまり他に原因があるということ。

 想定されるのは二つ。


 胸を抑えていることから、武田さんと同じく胸の魔力回路が肥大化していてその影響で痛みがある可能性も。しかし魔力を通した感じではその可能性は低い。

 二つ目に個性による影響。


 個性の事はまだ良く分かっていないが、魔力回路を一つの魔術でしか使えなくしている関係上、想定以上の負荷が肉体にかかっている可能性がある。

 何を言いたいかと言うと例えば炎の個性が合ったとする。魔術師であれば魔力を魔力回路から生成したのちに炎へ変えていくが、個性の場合だと魔力回路で生成したものが炎の適正を持っている。つまり、魔力自体が熱い可能性があるのだ。


 まだ個性の事は良く分かっていないけど、今の中では一番有力な考えだ。さっき魔力回路を調べた時に生成に異常を見つけたのもそれが関係しているかもしれない。


 なので、いまやるべき処置は魔力回路を安定させることだ。下手に魔力回路を停止させてしまうと想定していない支障があるかも知れないから、妥協ではあるが安定させた方が良い。


 幸いにもその手段は持っているんだから。


「お母さま、少々離れて頂けますか?お子さんの対処をしますので。」

「出来るのですか!」

「ええ。出来ますよ。」

「お願いします! このままだとエレンが死んでしまいます!」


 するとアルトの言葉を信用してくれたのか直ぐに離れてくれた。話が分かる人で良かった。もしこのまま離れたくないと駄々をこねられたら、お母様まで魔術の効果範囲に入ってしまうからね。

 そう思いながらもローブの中から杖を取り出して魔術を発動する準備をする。使うのは未熟な魔術師見習いへ使うことがある魔術だ。


「杖よ願いにこたえよ」


 魔術師にとって肉体とは魂の入れ物であると同時に必要不可欠な物。つまり、無くなってはいけないんだ。どれだけ年を食って知識を蓄えても、肉体が劣化してしまえば魔術回路は衰えてしまう。

 だから魔術師は肉体を一番いい状態で保たせなくてはいけない。


 しかしそんな魔術を使えるのはロードと呼ばれるほど魔術を巧みに扱うことが出来るようになってからだ。だが、ロードと呼ばれるまで魔術を扱えるのは真面に習っていたら50を越えなければ無理だ。そんな年になってでもしたら全盛期はすでに過ぎている。

 それほど肉体を保つ魔術は難しい。


 だからそんな見習い魔術師のために開発されたのは「長寿の魔術」や「保存」までは行かぬものの、肉体を安定させて病や不調になりずらくするための魔術だ。


 今回はその魔術の副作用を使わせてもらう。

 

「願い魔術 安定」


 その魔術は肉体を安定させると言うもの。感情が激しくなくなったり、集中が続いたり。他にも安眠できたり、アレルギーが無くなったりする。そして今回求めていた効果は「病を直す」だ。

 その病とは風邪だったり癌だったりするのだが、一番重要なのは過度な成長をしない事。例えば、本来ありえないところへ骨が生成される骨軟骨腫や、片足だけ伸びてしまう病気などの事だ。


 それが少年の状態に何の関係があるのかと言えば、この魔力回路による魔力の生成が過剰な可能性があるからだ。先ほど炎の例を上げたが、魔力自体に炎の熱さが合ったとて肉体の耐久と比例している生成量ならば問題はないはずだ。

 魔力回路は成長していくけど同時に肉体も成長していく。


 しかし少年の状態は魔力回路が過剰に成長してしまっている状態。つまり魔力を沢山生成してしまっているんだ。だから「願い魔術 安定」をかける事でなおす。


 理論的にはありえるからやってみたが幸いにも合っていたようで、少年は痛みが治まったようだ。まあ、安定の魔術じたいに害はないから試しでやってみたんだけどね。

 もしこれで駄目だったら魔力回路を強制的に閉じさせていたかもしれない。そうすれば個性なんて使えないしね。


「ふぅ。久しぶりに人を助けたから疲れたよ。」

「お疲れ様ですマスター。流石の知識でした。」


 ピノはアルトがやったことを逆算してどの様な状態だったか分かったようだ。


「エレン大丈夫!」

「おかぁさん。痛いの治ったよ。」

「よかった。よかったよ。」


 少年の容態を確認しに来たお母様も大丈夫なことを確認したようで疲れてしまった、少年を支えながらアルトの方へ向いた。


「エレンを直してくれてありがとうございます。」

「いえいえ、僕も成り行きでしたので上手く行って良かったです。」

「それでもなおしてくれたのには変わりありません。」

「あ~、確かにそう言う認識になるのか……」


 たしかに今の少年の様子を見たら治っているように見えると思う。だけど実際は魔術で無理やり良くしているだけだから、魔術を解けば直ぐに痛みは再開するとおもう。

 もちろん成長の過程で魔力が過剰に生成されてしまっただけだから、大人になれば大丈夫だとは思うけど、それまで魔術をかけ続けるのは難しい。


「どうかされましたか?」

「いや、実は直したわけではないんですよ。お子さんの体に魔術をかけまして、多分数週間で効力が無くなってしまいます。」

「そうなんですか……どうしよう。」

「直せたりはしないんですか?」


 レイリーとかが治す方法を編み出していたりしないのかな? 今まで研究してきたみたいだし、何の分野なのかは分からないけど出来そうな感じはする。


「前に医者にいったとき対処が無いと言われまして……我慢するしか無いんです。」


 へ〜、でも今の感じではそれだと死んじゃうんじゃないかな? どんな個性なのかは知らないけど魔力の影響で肉体にも支障が出ちゃうし。

 もし炎の個性なら体の中で焼肉だね。

 

「大人になったら改善するみたいなんですが、エレンは症状が強いみたいでしてそれまで持つか。」

「そっか~。」

「マスター。解決法があるのでしたらレイリーに相談してみるのは良いんじゃないですか?」


 レイリーに相談するのはいいんだけど解決法が思いつかないんだよね。魔術は僕しか使えないから、安定の魔術目当てで集まられても困るからね。


「まあ、おいおいかな。」


 一旦は解決したので安心していると、周りで見ていた人たちがざわざわと声を出していた。


「スゲ〜。個性の暴走って直す方法無かったんじゃないっけ。」

「最高にクレイジーだZ!。俺もあんな風に個性を使いたいZ!」

「救世主じゃん!」

「流石ヒーローだわ」

 

 何を話しているか分からないけどアルトを褒めていることは分かる。褒められたことは割とあるけど、いつまでたっても慣れないね。

 しかしそんなとき、悪夢の再来と言えばいいのか……遠くから「ピーポーピーポ―」と言う音が聞こえてきた。




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