第6話 幻覚はまやかし。恐怖は現実
6話目
「ん、ここは。」
「お目覚めになりましたか。」
アルトは皮肉ったらしく目が覚めたばかりのレイリーに対して声をかけた。昏睡させたのは自分だというのに。
しかし、レイリーは先程の幻術で錯乱してしまったのかアルトの言葉が聞こえていないようだ。
「これ大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。」
気が強そうな人だったから多少強めにかけたけどそれでも、こんなふうになるとは思ってもいなかった。
でも、失敗したわけではなさそうだから良かった。
凡才にとっては上出来だろう。
「あれ……生きてる。」
やっと意識が戻ってきたのか、手を動かして生きていることを確かめ始めた。流石に一番最後のどこまでも続く暗闇に落ちるのはキツかったのだろう。
でも、確かに効果はありそうではある。
【青】様の方法は過激なことが多いから、警戒して使ったけど、精神は崩れていないようだから次があるなら同じようにしてもいいかもしれない。早々の機会はないだろうけど。
「目が覚めましたか?」
「えっと……君は」
「あれ? 記憶に欠損が出てしまいましたか。これじゃあ、魔術を証明するために使った意味がないですね。」
「魔術……そうだ!!! ひぃ! 近づくな。」
するとアルトの独り言が引き金になって記憶が戻ってようだ。アルトの顔を見るや否や怯えた様子で尻餅をついた。
「効果は十分だけど……ここまで怯える必要はないのに。」
様子を見るに今回の魔術は可不可なく成功した。しかしここまで怯えられては保護者になってもらうと言う大事な目的が果たせないかも知れない。
「もう魔術は使っていませんから大丈夫ですよ。」
「……」
やばい。話が進まない。
「こんな状況なので武田さんお願いしていいですか?」
「まあ、しょうがないな。レイリーこいつらの保護者をやってもらおうと思っているんだが良いか?」
すると、流石と言うべきなのか強制的に展開を進めてくれた。アルトだと落ち着くまで待ってしまうから時間がかかっていただろう。まあ、こんな状態にしたのはアルトだから自業自得と言えばそうかもしれない。
だからこそ武田さんにお願いしたんだけどね。
「いやだ。こんな奴らとは一緒にいたくない。」
「だがな、こいつらの個性届をごまかせるのはお前しか居ないんだよ。それに、個性の研究にも手伝ってくれるかも知れないだろ?」
「研究なんてどうでもいい! 今すぐここから出ていけ!」
あ〜あ。どうしようか。
流石に何か手を出さなければいけなさそうだと少し憂鬱になる。嫌われるのは良いけど嫌っている相手にアクションをかけるのは嫌なんだ。
少しため息を吐き武田さんの前に出る事にした。
「レイリーさん。僕たちの保護者になってくれますよね。」
「い、嫌だ!」
武田さんに任せてしまった事で、強気になってしまったのかアルトが前に出ても否定されてしまう。こんな事なら僕が最初っからやれば良かったのかも知れない。しかしもう過ぎた事だ。
無理やりにでも事を終わらせよう。
これ以上長引かせても良い事は無いだろうしね。
そう思い、ローブの中にしまっていた杖を取り出しレイリーさんへ向ける。とある魔術の合図だ。
「なってくれますよね?」
「わ、分かった! なるからその杖を下げてくれ。」
「ありがとうございます。」
今の状態になった原因だと勘違いしている『変わる』の合図だ。本当は幻影なのだが、僕が意識づけて合図を言った事で杖を向けながら回転させる事がトラウマになっている。
あまりいい方法ではないのは分かっているが、こうなっては使うしかないだろう。
もし、駄々をこねなければこんなことはしなかったけどね。
「あ、それと個性のことも教えてくれませんか?」
「え、いやだ。」
「『変わ』」
「わかった! わかったから杖を下げて!」
ついでと言わんばかりにお願いする。さっきの感じからすると保護者になっただけで終わりにしそうだったから、この人のところに来た2つ目の理由の、個性について教えてもらうための説得をすることにした。
保護者になって終わり。だと、個性のことなんて全くわからないしね。
「お前見た目によらず鬼畜だな。」
「マスターは人情をドブに捨ててきてますから。この前なんて、魔術の発展って言いながら宝具を湖に沈めてましたからね。あの宝具一個で何回人類を救えたか、考えるだけで頭が痛くなります。」
「宝具ってのはあんまり分からないが、やばそうだな。」
「ええ。やばいも何も、過去の英雄が使っていた道具ですからね。持っているだけで岩を砕くほどの握力を与えたりしてくれることもあります。」
「ちょっとー。ピノさんその話は駄目だって言ったでしょ。黒歴史なんだから。」
ピノが言った通り宝具を湖に落としたことがあるのだが、あまり思い出したくはない。
その時はとある魔術を発動できると計算立てでおこなったのだが、見事外れてなにも起きなかった。
若いときの話だけど、今となっては黒歴史だ。
「でも誰かに話さなきゃ黒歴史は黒歴史になりえないと、【青】さんが言ってましたよ。」
「……【青】様何を教えているんだ。もし年下が言ったのであれば絞めに行けるけど、【青】様には手が出せないぞ。」
思わず顔を覆いたくなる気持ちであった。なぜならその宝具を落としたときは丁度中二病の時期で魔術の万能性に酔いしれていたんだ。
だから、宝具の事を思い出すと自動的にその時にやっていた黒歴史を思い出すんだ。
後でピノには黒歴史は話さないように注意をしなきゃな。
そう決意して、逸れてしまった話を戻そうとレイリーさんの方へ顔を向ける。するとなぜか、レイリーさんは僕の方へ顔を向けて驚いていた。
「な、なあ。その宝具って言うのは実在しているのか。」
「? 今言った通りですよ。過去に英雄と言われた人が使っていた物が歴史を重ねていくうちに伝承が募って神秘を引き寄せるんです。それが宝具と言われているものですよ。」
「ちなみに今持っていたり……」
見たいのだろうか? 確かに魔術師でなければ知る事もない物だろうし、仕方ないだろう。アルトはそう納得して先ほどの償いと言うべきなのか謝罪の意を込めながら一つ宝具を打ち明ける事にした。
「持っていますよ。と言うよりも今も見えていますし、触ろうと思えば触れます。触って欲しくはありませんが。」
「え、どこにあるんですか!」
なぜか敬語になっていることに違和感を覚えながらも、見えやすいようにローブを脱いだ。
「これです。このローブが宝具であり、僕の伝承によってなされた物です。」
「これが……」
「マスター打ち明けてしまって良いのですか? 宝具は見せびらかすものではないと【青】さんが言っていましたけど。」
「基本的にはそうだね。でもこれは僕由来の宝具だから別にいいんだよ。他の人が由来の宝具だと、宝具の名前を大多数に教えるだけで自分の存在が薄れてしまうって事でしょ?」
「そう、だと思います。」
「それは宝具の物語の一部になってしまうからなんだ。伝承の一部に自分が入ってしまう事で、物語上の人となってしまい現世へ姿を表せなくなる。つまり宝具に食べられちゃうんだね。」
だから、宝具は見せびらかすものではない。魔術師でない頃から口酸っぱく言われてきた言葉だ。でも、このローブは僕が登場人物で僕のものだから、飲まれる事は無い。
難しく言うと空想上の自分と現実の自分は干渉しあわないんだ。だから僕の伝承は僕に影響しない。
「だから、研究者として長く生きたいなら手を出さない方が良いと思うよ。神秘に関しては沼だからね。」
「そうですか。でも握力を強くしてくれるんですよね。個性と関連性があると思うのですが……」
「魔術と言うくくりとしてはあるけど、個性とはまったく違うかな。あくまで伝承の力を引き出してくれる道具だからね。」
過去に湖に落とした宝具は足が早くなる程度の物だったので宝具としてのランクはそこまで高くない。魔道具に近い宝具と考えてもいいくらいだ。だから、宝具を落としたと言う名前だけ聞けばヤバい事に聞こえるけど内容を説明すれば名ばかりの宝具だってことがよくわかる。
「ちなみにそのローブはどの様な力があるのですか?」
「別に大した事は出来ないよ。ただ快適に着れる程度。」
「え、でも宝具なんですよね?」
「そうだよ。でも宝具にはいろんな種類があるからね。伝承の数だけ宝具があるんだから、快適に着れるローブの宝具だってあるのさ。」
まあ、快適に着れるのはローブの正体が知られても大丈夫なアルトが着ているからこそなんだけどね。普通なら宝具を持ち歩くなんて出来ないから、アルトのような存在は稀な例だ。
だが稀とは言え、宝具を持ち歩いている魔術師は割といる。アルトと同じように自身の伝承が神秘を積み重ねた宝具を持っているのもいれば、一族が宝具に適合した珍しい例もある。
たまに無理やり持っている人もいるが100年後まで存命しているのは見た事がない。
しかしその宝具を持っている魔術師に共通している事が有るのだが、ほとんどの場合が奥の手にしている。
やっぱり派手な伝承の方が残りやすいし神秘が積もりやすいから、宝具になるのは必然的に戦いに使用する物が多い。30の槍である【ゲイ・ボルグ】や最強の盾である【ヘラクレスの盾】が分かりやすいだろう。
しかしそんな中でも戦いで使わないことで有名なのは、ナイチンゲールが最悪の中で発明した、統計学の進展である【天使の革命】なんかがある。この2000年の間に出来た宝具なのだが、外に出る事が少ない僕でも耳にしたくらい有名。これはナイチンゲールが医療統計学を作り出しそれを使い医療現場を変えていったがために出来た宝具なんだ。
まあそれらの宝具は有名であるがゆえに使用してしまったら簡単に名前がバレてしまうから使用できないんだけどね。
そんなときレイリーが重い表情で口を開けた。
「もし良ければなんですが……私に魔術の事を教えてくれませんか。」
レイリーは何か決心したようでアルトにお願いしてきた。
「いいの? それは個性の歴史への侮辱なんじゃない?」
「私が頭を下げる事で死ぬ人が減るのであれば侮辱くらいどうでもいいです。救える手があるのに何もしない方が歴史に唾をかけています。」
レイリーは頭を深く下げてお願いしてきた。アルトは意外だったのか口から薄く「へ~」と漏らして、瞼がいつもよりも開いている。
魔術に恐怖を抱かせてしまった上に、侮辱だと言っていたのでこんな事になるとは思っていなかったから驚いた。
「魔術に関しては教えてあげるよ。個性に関連した魔術を教えたら、解明は出来ると思うしね。その代わり、個性が出てきた歴史を教えてくれないかな。どうやって広まったか分からないんだよね。」
「分かりました。私も個性の歴史を教えるのでこれからよろしくお願いします。」
「うん。よろしくね。」
ひとまずはここに来た目標は達成できたみたいだね。こんな調子だと無理かな? って思っていたけど、結構簡単に達成できたみたいでよかった。
それに個性の歴史に関しても無理やり教えてもらう感じになっていたけど最後の最後に交換条件として成立出来たから、罪悪感は無くなりそう。
そうしてアルトはレイリーの下で生活する事となった。
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