第5話 研究者にであった。難儀難儀



 

5話目


 そこはとある応接室。

 個性のことを研究しているということだから、勝手に僕と同じようにどこもかしこも紙の束が沢山散らかっているのかと思っていたけどそんなことは全然なかった。


 床には机以外のものが一つも置いておらず、綺麗にされている。


 本当に研究者なのかと疑いたくなるほどだ。


「急にお願いしちまってすまんなレイリー。」

「いいさ。武田ほどの真面目くんが書類偽装までするのは珍しいからな。興味本位だ。」


 どこか高圧的ではあるが悪い感じはしない。身にまとっているオーラがそうしているのか、もしくは見た目が良いからなのか分からないけど研究者としてちゃんとしていそうで良かった。

 魔術師の研究者にはあまりいい思い出が無いから少し警戒していたんだ。


「それで君たちか?」

「こんにちは僕はアルトと言いますレイリーさん。久しぶりに外に出たら世の中が変わっていまして、助けてもらったんです。」

「ピノです。」


 ピノは人見知りが激しいのかローブの中に隠れてしまっている。


「ここ最近は世間体に変化はなかったような気がするが?」

「えっと……僕は魔術師でして、結構ながく生きれるんですよ。」

「魔術師? なんだねそれは。」

「世界の神秘に干渉する者……何て言ってもわからないか。様々な現象を起こすことが出来る人の事です。」

「ふむ。つまり個性のことかい?」

「……」


 個性とはまったく違う訳では無いから説明するのが難しいんだよな。魔術師の中にはわざと魔力回路を劣化させる家系もあるみたいだし、違う訳では無い。

 ただ、同じと言うのは生理的に拒否したい。


 あくまで魔術の中に個性があるだけだから。


「個性の原型になっている強大な力です。」

「それは私への挑発かい? この分野で多大なる功績を残している私への。」

「いえ、事実ですので」


 誰にも聞こえないくらい小さな音で舌打ちをする。この展開になってしまったことへの自分への苛立ちだ。

 レイリーさんにはあまり悪い印象を与えたくないと思っていたけど、予期しない地雷を踏んでしまった。


 しかしこうなってしまったら、アルトから一歩引くことはできない。

 引いてしまったら上下関係を築いてしまうからだ。


「ここ最近だ。個性が世間一般的なものになったのは。それまでは未知なる力に驚き人々は死へ怯えていた。

だが、私達研究者がその誤解に一手加えることができたからこそ今の日常がある。

君が言ったその言葉はあの地獄へ戻れと言っているのと同義だぞ?」


 怒鳴りはせず小鳥に聞かせるような優しい声であるが起こっていることがわかる。


「そのの憤りのなさには魔術師として謝罪はさせていただきますが、たった2000年の地獄なんて気にするほどでもないでしょう?」

「ふふ、それは一般人である私を貶しているのかな。魔術師とやらの時間感覚で言わないでほしい。

そもそも、魔術師とやらが手を貸してくれれば早く収まっただろう。」

「だから謝罪をしたでしょう? 2000年程度の魔術式一つ作れない間の歴史に気づかなかった魔術師が悪いですと。

いや、2度言わなければ理解ができないのであれば謝罪は撤回させていただきましょう。自力では時間がかかってしまうからと親に泣きつく子供に話せる事は無いですから。」

「そこまでいうならこちらと手が出てしまうぞ?」

「良いですよ。その個性とやらを見せてください。その全てを無意味と言ってあげますから。」


 魔術師からしたら寝ていればすぎる程度の2000年間に起きた出来事なんて気にするほどでもない。

 それに魔術のような力を一般市民が使えるようになったところで、手を出してくれるのなんて、今はない魔術連合くらいだろう。


 中には全ての人が魔術を使える神代の再来だと舞い上がっている魔術師もいるかもしれないが、そんな人は見ているだけで手は出さない。


「ちょ!!! 一旦止まれ!!!」


 すると流石に手を出すのは話し合いの域を過ぎてしまったのか武田さんが間に入ってくれた。

 レイリーは本気で怒っているようだが、アルトはそろそろ止めにしたいと思っていたので手を出す前に停止してくれたのは神の一手と言うべきだろう。


「止めるな武田。こいつは私達の歴史を侮辱した。ここで止まるようではアルトの威勢に唾を付けられない。」

「だから、そんなことしても魔術があるかどうかは分からないだろ。」


 すると唇の皮を歯で噛み精神を落ち着けたようだを一箇所色が変わっている。


「……しょうがない。いまは止めよう。それで、その魔術とやらを証明できるのか? 個性と変わらないようでは私は認めぬぞ。」

「そちらが認める気があるならいくらでも証明できます。」


 やっとまともな話し合いになりそうだと一安心する。流石にこれ以上感情に任せたままエスカレートすると、どうしょうもなくなってしまう。


「そうかい。それなら一度見せてくれないか。本当にそんなものがあるかは甚だ信じる事は出来なくてね。」

「それで信じてくれるなら。」


 魔術を使用する事は別にいい。僕の魔術は代償を必要としないし、触媒も消費するものじゃないからね。

 だけど、今日は走り回ったり戦ったりしたから少し疲れているんだよね。気合を入れなければ。


「それでアルト君は魔術と言う力を使って何が出来るんだい?10グラムの石ころを浮かばせるとか言わないでくれよ。」

「それなら昔から伝わる無知な人々に魔術を信じさせる方法があるのでそれをやってみますか。」 

「……どれ見てみようか。」


 これは魔術と言う存在を知らない傲慢な王様に世界は広く怖いぞと言う事を知らせる為にあった方法だ。僕はやったことが無いけど知り合いである【青】様がよくやっていたみたいなので雑談のときに教えてもらったんだ。

 あの時は小童の僕が使う事なんて無いだろうと思っていたけど、その機会が来るとは思ってもいなかった。


「ジッとしていてくださいね。」


 懐からいつもとは違う杖を取り出す。その拍子にに興味がわいたのかピノも出てきた。まあ危険ではないから出てきてもいいからね。

 すると、ジッとしていてと言ったからか近くにあった椅子に座った。


「杖の先を一周させて『変わる』と言ったら杖の先にあるものが別の物に変化します。行きますよ?」

「あぁ見せてくれ。」


 丁寧に杖を一周させ魔術を発動する。


『変わる』


 目の前にあった椅子がポン! と言いながらリンゴに変わった。


「……それで」


 まだ個性でもできる範疇と言いたいのだろう。しかしここからだ。


『変わる』


 間髪入れずレンリーさんの横に合った机においてある紙に魔術をかける。するとその紙の束は一枚一枚鳥に変わり部屋の中で飛び回る。


「ちょ! それは大事な資料だ!」

『はい変わる』


 立って何か言ってくるが気にせずにレイリーさんが座っていた椅子に魔術をかける。それは煙を出しながらヘンテコな形へ変わってゆく。


『変わる』


 横に合った棚に魔術をかける。するとそれは赤と青のグラデーションへと色が変わり、手と足を伸ばして独りでに動き出した。


『変わる』


 レイリーが履いている靴をゾウの鼻が生えているカワイイスリッパにした。


「やめろ! 危ないじゃないか!」

『変わる』


 レイリーの腕に対して杖を向けゆっくりと円をかき合図を出す。これまでの状況を見てこの魔術はかかってはいけないと思ったのか杖に向かってくるが動じずに魔術を発動する。


 すると、レイリーの右腕はワニの尻尾のようになってしまった。


 人体には影響がないと思っていたのか、希望を抱いていたのかそれには凄く驚いていた。そのワニの腕は感触があるからそれにも驚いただろう。


『変わる』


 だが、レイリーが驚いた程度で僕は止まらない。

 次は足に照準を合わせて杖を一回転する。すると両足が水のように溶けてしまった。もうこれで動けない。


「うん。これくらいで良いかな?」

「ああ! お前が魔術を使える事は分かったからやめてくれ!」

「あ、でも最後のこれを忘れていたよ。」


 【青】様に最後はこれをやっとけと言われていたんだ。忘れていたが、一応やっておこう。


 床に向かって杖を向けてゆっくりと杖で円を描く。レイリーは僕が何をしようとしているのか分かったみたいで止めようとするが、足が溶けてしまっていては動くことは出来ない。

 それになぜか僕を連れてきた男もピノも動かないから魔術が発動してしまう。


「おい、武田! こいつを止めろ!」

 

 そろそろこの部屋がごちゃごちゃしてきた。正直これ以上この部屋には痛くないが、レイリーはそれどころでは無さそうだ。


「じゃ、行ってらっしゃい『変わる』」

  

 すると床にはぽっかりと大穴が開き、どこまでも続く暗闇に僕もレイリーもピノも武田さんも落ちていった。

 なぜかレイリーは涙目であったが気にはしない。




「なあ、なんでレイリーは固まったままなんだ? これも魔術なのか?」

「あ、そうでした。武田さんには魔術をかけてはいませんでしたね。」


 何にも変わっていないその場所で立っているレイリーさんを横目に見ながら武田さんと会話をしていた。

 

「やっぱりこれが魔術なのか。動けなくしたのか?」

「いえ……種明かしにはなってしまうので、レイリーさんには言わないで欲しいんですが、僕が使った魔術は『幻影』です。」


 幻影と言っても色々あるのだが今回使ったのは、脳をだますタイプの幻影だ。体に悪影響はない優しい魔術。なので魔術師同士の争いを見てしまった人に対して魔術の秘匿性を守るために使う事が有るらしいが、一番はやっぱり傲慢な王様に使う事が多い。

 なぜなら、脳をだますタイプの幻影はかかってやると思っている人じゃないとかかりにくいんだ。


 だから、煽りやすい人にしか使えない。でも脳をだますタイプの幻影ではない魔術であれば無理やり幻影をかけるのもあるかも知れない。

 それに関しては専門外だからあまり知らないんだけどね。


「杖を使わなくても魔力を体に当てる事でかける事が出来るので簡単なんですよね。」

「へ〜。でもそんな地味なので良いのか? 飛んだりも出来そうだが?」

「飛ぶこともできるんですが、こんなに狭い所だと幻影くらいが丁度いいんですよ。ピノの獣化も出来ませんし。」


 応接室だから狭いのは仕方がないんだけどね。


「あ、そろそろ起きますよ。」

 












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