第3話 ヒーローは結構強いみたい
3話目
何がなんだかわからない。でも、捕まってはいけないことはわかる。
「そのまま動かなければ痛いことはしないから。」
ロックスパイダーと呼ばれるその人は、妙なほど手を動かしながら僕たちに近づいてくる。なぜ、そんなにゆっくり歩いているのかわからないけど、手を動かしているから何らかの策があるのだろう。
捕まってはいけないのであればこのまま止まっていてはいけない。しかし相手が何をしてくるかわからない以上、下手な行動はできない。
「……」
相手は僕には想像がつかないほどの魔術を使ってくるはずだ。
「ピノ、獣化しろ。」
「はい。【遺伝子開放 獣化】」
するとピノは素直に獣化をした。下手に動かないほうがいいということはピノも理解しているのだろうけど、僕の意図がわかったのだろう。
「すぅ……」
気合を入れる。久しぶりの戦闘だ。
相手は自分より格上であろう。更に何をしてくるかわからない。
唯一わかることといえば不自然なほど動かしている手。
魔力は通っていないことから、魔術的な策を敷いているわけではないことは予想がつくが、それ以外全くわからないのが現状。
であればやれることは一つ。
「やれ」
逃げるのは悪手。であれば正面突破だ。
僕の合図を皮切りにピノは前方に跳躍する。一歩で10メートルを縮めるその脚力は近づいてきたロックスパイダーをまばたきの間に襲う。
得意の爪で引っ掻くのだ。
ピノは魔術による肉体の補助を得意としているがゆえに、戦闘は肉体で行う。
幸いにも柔軟な猫の体であるがゆえにその戦闘方法は人間よりも適正だろう。
それに今回は相手のまばたきの瞬間をつけた。腕を振り落とすのには少しロスがあるが、それでも避けることは出来ないだろう。
「も〜、危ないじゃない。」
しかしピノの攻撃は簡単に防がれてしまった。
何かにぶつかったように爪が止まってしまっている。
何をしたのかわからない。でも、
「これは防げない。」
ピノに合図した瞬間から準備した魔術。凡才であるがゆえに瞬時に起動は出来なかったが、少しでも時間があれば起動式から魔術を発動できる。
「言霊【停止しろ】」
相手の意識に入り込み停止しなければいけないと思い込ませる。言葉には魔力を込めているが、停止させているのはこの言葉を聞いた人の意志だ。
例え魔術に対して対抗策が合ったとしても避けることはできない。
「逃げるぞピノ!」
「はい!!!」
さっきは正面衝突するしかないといったが状況が変わった。
ピノの攻撃を防いだからだ。
どうやって防いだか分からないが、本人の意志にかかわらない……自動魔術の可能性がある。
言霊には時間制限があるがゆえに攻撃するにしても逃げるにしても時間はかけられない。
だから逃げることを選択した。
それが悪手だったことに気付かずに。
一歩。二歩。三歩。着実に遠のいてゆき、言霊はちゃんと聞いていることが分かった。それが心の余裕を与えてくれた。あまりにも緊張していると周りが見えなくなってしまう事もある。
しかし、もう大丈夫だろう。後は逃げるだけだ。
そう思った瞬間急に体が何かに締め付けられた。
「ふぅ。流石に危なかったわよ。」
ロックスパイダーの声だ。
なぜここまで早く言霊を退けられたのか分からないが、それよりも疑問に思うのはこの短時間で僕を拘束できたことだ。
ピノも同様に動けていない事から僕と同様の状態なのだろう。
「それでも。ロックスパイダー任務完了♡」
☆
「それで君たちはどこから来たんだい。戸籍情報がどこにもないんだけど。」
「だから言っているじゃないですか。2000年ほど籠っていたので戸籍があるとしたらローマ帝国の勲章履歴を探さなきゃいけないって。」
「はぁ。そんな冗談受けている時間は無いんだから。」
「ですから魔術連合をよんでください。そこなら僕の身分を証明できると思いますから。」
「それもさっき言っただろう? そんな連合どこを探してもないって。」
僕とピノは残念な事に捕まってしまった。手錠と言う物を付けられて連れて行かれたのは警察署と言う場所らしく、空から落ちてきた僕に通報があったため連れてこられたんだとか。
拷問とか生贄とかにされないと凄く安心した。
もしかしたら体をばらばらにして魂の研究でもされるのではないのかと恐怖に怯えていたからね。
「ほらさっさと話して。」
それに比べればまだ天国と言う物なのだろうが、僕は今戸籍と言う良く分からないものを話さなければいけないらしい。僕は超古代に生まれた劣等人なので、戸籍なんて残っているはずがないのだが……どうすればいいのだろうか。
過去に所属していた魔術連合でも呼べたら何とか事が収まると思っていたのだけど、よく分からない板でカタカタとしているだけで、調べもせずそんなものは無いと言い張っているので話が進まない。
魔術連合を調べるのであれば、さっさと空間魔法を使えばいいと思うのだけど?
……は! もしかしてあの板には空間魔法が内蔵されているのか?
それだったらカタカタと音を鳴らしているのもうなずけるけど、でもそれならなんで魔術連合が無いと断言しているのだろうか。
「もう、調べる気が無いなら僕が呼びますよ。杖を返してください。」
「杖を返したら調べられるのか? 一応お前は個性の無断使用で捕まっているんだからな。下手な事はするなよ?」
「個性? とかの事は良く分かりませんが空間魔術を使うだけです。」
「はぁ? だからそのマジュツとやらがお前の個性なのだろう。」
????
ヤバい話がまったく通じない。鉱物の塊を動かすほどの魔術を使うはずなのに、魔術を知らないなんて頭がおかしいんじゃないか? それに魔術の事を個性と言ったり。
「分かった。ひとまずではあるが預かっていた道具を一時的に返す。戸籍の証明が出来る様な情報を出せよ?」
「その戸籍がなんちゃらと言うのは分かりませんが、魔術連合さえ呼べれば全てが解決します。」
「はいはい。」
するとなんの警戒もないのか。僕程度の魔術であれば対処は容易と言う訳なのか、杖やローブを手渡してきた。魔術師が魔術を発動するには補助器具である杖が必須だから安易に渡すのは感心しないんだけどな。
まあ僕の魔術は過去の物だと言う訳か。
もしかしたら空間魔法も改良されて魔術連合が存在する空間に接続去れなくなったとかそう言うこともあるかも知れないしね。
杖に何の細工もされていない事を確認する。
「大丈夫そうだね」
なにもされていないようなので、直ぐに魔術を発動する。
杖と自身の魔力回路を結合させ魔力を流す。空間魔術であるならば空間に切れ込みを入れなければいけないため複雑な術式が必要だ。
僕は全ての工程を意識して動かさなければいけないため少し時間はかかるがそれはしょうがない。
思考から魔力へ、そこから杖へ転送した術式を一つずつ発動していく。すると、杖の先から何十にもなる術式がゆっくり浮かんできた。
術式が完成した時、魔術が発動する
「空間魔術・次元の見開き」
僕好みの魔術名ではないがこの魔術は、魔術連合に登録されていた魔術の一つを使用しているだけなのでしょうがない。勝手に名前を変えることは出来ないのだから。
そう思っているとゆっくりと目の前の空間が裂けていく。
「お、おい!これは大丈夫なのか!」
「大丈夫ですよ。正常な動作です。」
次元に切れ込みを入れるのは、初めてだと気味が悪いのでこの反応はしょうがないと思う。あの板で空間魔術を使っている弊害だろうね。
するとその裂けていく間から見えてきたのはとある部屋であった。
「あれ?」
正確には崩壊した部屋だった物だ。
本来であればそこの部屋は魔術連合の中でもそれなりの権限を持っている人の部屋なのであるが、壁は全壊しており、床も穴ぼこで立てる場所なんてない。
見るも無残な机や食器の残骸があるだけの廃墟である。
「なんでだ? ピノ、ここ【青】様の部屋で合ってるよね。」
「はい。術式に間違いは感じませんでしたから合っていると思います。それにかすかではありますが【青】さんの香りがします。」
【青】様は魔術師としても上位的存在であり、この部屋には早々の攻撃では破れない結界が何十にも張ってあったはずなんだけど……もしかして、2000年の間にヤバい事件が発生したのかな?
でも、それにしてもこんな事にはならないだろうし……
「おい、その魔術連合とやらはあったのか?」
「えっと、合ったと言えばあったんですが、ない言えば無いと言いますか。」
「どういう事だ?」
壁が全損している部屋から周りの風景を確認するが、あったはずの城や城壁は無くなっており、あるのは瓦礫だけだ。
「……無くなってました。」
「はぁ?」
確かにこれなら調べたとしても見付からないよね。それにしても魔法連合が2000念ごときで無くなるなんて何があったんだろう?
「つまり、身分が証明できないって事か?」
「そうなりますね。」
「・・・」
やべ。あきれている。
でもしょうがないよね。あると思ってた場所が無くなっていたんだから。
「はぁ。分かったそれならこっちで何とかしとく。」
「あ、いいんですか?」
さっきまでなんか緊迫して聞いてきていたから絶対に証明しなければいけない事だと思っていたけど、そこまでではなかったのかな?
「言っておくが本来はありえないんだからな。お前の個性が強力だから野放しには出来ないんだ。」
「個性……ですか。」
「そうだ、さっきやった空間を割いたこととか、急に早く走ることが出来たりとか。何の個性か見当もつかないがな。」
ヤバいぞ……話の内容が見えない。なにかが噛み合っていないことは分かるんだけどその正体が見当たらない。
「個性の事は良く分かりませんが、僕がやったのは魔術ですよ?」
「だからそれの事を言っているだろう。」
???
魔術は魔術であって個性というものではないぞ?
「マスター、魔術の事を個性と言っているのだと思います。」
「……あぁそういうことか。いまの人たちは個性と言っているのか。」
これが時代の流れというものなのか。たぶんどけど、魔法連合がなくなったことも多いに影響しているんだろうけど。
だけど、魔術は個々人別の物というわけではないから、個性という名称は間違っているのではないのか?
術式と魔力さえあって居れば誰が発動したとしても同じ効果を発揮するはずだからな。まあ、例外はあるけどそれでも個性という名称は違うんじゃないのか?
「まあ、深く考えることでもないよね。」
「……納得できたならいいさ。それじゃあ俺は少し手続きを行ってくるからここで待っていろ。」
「はい。お願いします。」
行ってしまった。
でも良いのかな? 杖とローブをそのまま僕に渡したままで。いや、悪いことをしようとは思っていないけど、それでも不用心じゃないのかな。
「はぁぁぁ。疲れた。」
「そうですね。ちょっとした散歩だと思っていましたが、ここまで発展していたなんて知りませんでした。」
「しょうがないよ。僕だって予想外だったし。」
精神的に疲れてしまったので、椅子によっかかり腕の力を抜く。
「まあ、塔に施してある隠蔽の魔法は解除されてないからいつでも帰れるし深く考えなくてもいいさ。」
「そうですね。」
ピノも疲れてしまったのか僕の膝の上で丸くなってる。……かわいい。
「それにしても魔法連合が壊滅してたとは。」
「あそこの結界ってそうそう破壊できないですよね。」
「そうだね。出来るとしたら月サイズの隕石が落ちてきたとかかな。でも、そんなことになれば僕の塔なんて粉々だろうし可能性は低いと思う」
隕石を落とすにしても魔術で落とすのは現実的ではない。出来るとしたら神様くらいじゃないかな?
まあ、それでも自分の力の源である地球に落とすはずはないし。
「一番の問題はあれだね。現世への影響を与えていた組織がなくなったこと。」
「魔術連合は秩序を守っていたんでしたっけ?」
「そうそう。魔術の秘匿性を高めて人が人らしく生きる世界を守るのが思念。魔術なんかが群雄闊歩してたら人なんて簡単に死ぬしね。」
まだ調べてないけど魔術連合以外にも魔術関連の組織はある。
だけど思い出せる人たちは、自分の次元に籠もって魔術の探求に精を出しているはずだ。
ちなみに僕もそっち側。
だから地上がどうなっていたとしても興味はないだろうし、救う気があっても新しい魔術を開発するついで程度に考えるだろう。
だから当てにはしないほうがいい。
でも、いつかは2000年の間に何が起きたか聞きに行ってもいいかもしれないけど。それに、連合はなくなっていたとしても、人は死んでいないだろうし【青】様に会いに行ってもいいかも。
「こんなことなら完全装備できても良かったかもね。」
「そうですね。まだどれくらいの魔術技術なのかわかっていませんが、油断する必要はありません。」
でも、取りに戻るとしても塔の場所はバレたくないから、対策を練ってからだけどね。こんなことなら、転移を完成させてからくればよかったよ。
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