9:宣言その2

 意識をシロの方へ半分寄せる。酷い光景が広がっていた。

 遠吠えは仲間を呼び寄せるものだったのだろう。先程とは比べ物にならない程の黄昏が集まっていた。おそらくこの辺りの全ての黄昏が集まってきている。それが、一斉にシロへと襲い掛かる。

 そして。

 暴虐が始まった。

 向かってきた大きく開いた黄昏の顎を両手で逆に押しつぶす。あとに続いた黄昏に掴んだ黄昏の体をぶつけて、跳ね飛ばす。ドミノの駒でも倒すように吹っ飛んでいく黄昏の一群。

 やがてズタボロになった黄昏を投げ捨てると足元にまで来ていた黄昏を躊躇なく踏みつぶし、別の黄昏を蹴り上げる。首の千切れかけた黄昏が、不規則に回転しながら岩壁でオブジェと化する。

 二方向から向かってきた黄昏の首元をそれぞれ引っ掴み岩肌に叩き付ける。岩壁を駆けのぼり上空より襲撃する黄昏を薄皮一枚で避ける。着地した黄昏の体が二つに縦に分かれた。

「わお。猫みたい」

 指先から延びた爪を見てシロがとぼけたことを言う。

 それだけに、かえってエグい。見ているだけの俺が言う事ではないのだろうが、正直酷い光景だ。

 シロが何か行動を起こす度に、断末魔があがる。肉が転がり、血が零れる。黄昏が倒れ死が形を失う。壊していく。組み上がってしまった歪を力ずくで、強引に壊していく。笑えねぇ、笑えねぇが、シロが腕を振る度に片っ端から黄昏が粉砕されていくのを見ていると、変な笑いが込み上げてくる。なんでこんなに楽しそうなんだろうね。

「そりゃあ……」

「そりゃあ?」

「なんでだろうね?」

 俺が知るか!!

 だったらさっさと終わらせろ。こっちはもうすぐ最後の仕上げだ。タイミングを合わせるんだろう?

「りょーかいりょーかい。じゃ、ちょっと本気を出すよ」

 さらに酷いことになった。

 シロがカソックのボタンを引きちぎる。

「ばんっ」

 離れた黄昏の頭が爆ぜた。指で弾かれたボタンが打ち抜いたのだと黄昏は理解できただろうか。次々と打ち抜いていく。都合33回。紅が咲く。

 すべてのボタンを使いつくし、出来損ないのマントのようにカソックが広がった。シロが動く。

 踏み込んだ足元で黄昏が弾け飛ぶ。両手を広げ体を回せば、その手に触れた黄昏が鱠の如く両断されていく。そんな状態の白い暴虐が黄昏の塊に突っ込んでいく。

 なんだ、これ。知っていたけど怖い。俺こんなの頭の上に乗っけてんのかよ。

「大丈夫。君にはしないから。……多分?」

 怖ぇ……。疑問符付きかよ。

「冗談だって。だって君がいないとこの先上手くいくかどうか分からないんだから」

 どこまで本気かわからない返事を聞き流す。どちらにした所で、どちらかであったとした所で、俺にはあまり関係がない。どのみち選択肢など、今更残ってもいねぇんだからな。

「オッケー。こっちはもういいよ」

 気づけば、シロ以外動くものはいなくなっていた。

 相も変わらず汚れ一つない真っ白なままのシロが此方を見上げている。

「分かった」告げて、意識を切り替えた。

 岸壁の淵、老人の遺体を囲むように住人達が並び、その前にサリュの姿がある。光石の明かりで照らされる全てが奇妙に陰影を作り、ある種幻想的とも言えるだろう。その光と影の間に俺は立っている。

 この場に居合わせた全員が老人に別れを告げた。ならば、あと必要とされるのは、別れを告げたという証、送り出したのだという確信、またいつかという約束だ。

「いいか?」

 サリュと姉弟に問いかける。三人にはこれから俺がどうするか予め伝えてある。その後どうするかも。ただ、受け入れられるかは別の話。俺が問うたのも、単なる確認。仮に拒絶されたとしても、多少の考慮こそすれ躊躇する理由にはならないよな。

 なので、姉弟が頷いたことに驚き、二人の頭を撫でていた。罪悪感か、安堵か、感謝か、正直分からない。

「やって」

 サリュの声を合図に、シロが『炎石って名付けようと思うんだけど、どう?』と渡してきた僅かに朱を帯びた小石を二つすり合わせるように軋ませてから、老人の遺体の傍に置いた。

 石が熱を帯びる。熾火の如く赤く染まり、紅炎を立ち昇らせる。老人の体が炎の紅に消えていく。

 誰もが無言でそれを見ていた。炎の爆ぜる音だけが響いている。

 いや、もう一つ。谷の底から聞こえる音があった。

 同時に「行ったよー」シロの間延びした声が聞こえる。

 炎に視界が埋め尽くされた。何もかも灰燼に帰す炎に彩られ、塗りつぶされ覆われた中、平然とカソックの裾を翻しながら立つシロがダブって見えた。

 風が渦巻く音、炎が空気を飲み込み暴れまわる、谷底より確かに大地を揺らしながら登りつつある炎の轟き。耳を抑えずにはいられない程の唸りとなったその瞬間、天へと向けて真っ白な炎が吹き上がる。

 それこそ何もかも染め抜いてしまうような、白炎が空と大地を繋がんとばかりに長く伸びた。

 不思議と熱を殆ど感じない炎柱を見上げながら、「やり過ぎだ、馬鹿」と呟くしか俺は出来なかった。

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