8:宣言その1

 俺とシロは魂とでもいう部分を一部共有しているそうだ。こっちに呼ぶのに必要だったからとかいう理由を言われたが、具体的にそれがどういう状態なのかは俺にはよく分からない。定番処であればシロの持つ力が俺にも多少は使えるようになる、といった所だろうが生憎とそんな兆候は微塵も見られない。では何が出来るのかと言えば、俺からは恐らく出来ることはなく、シロの側が俺に対して干渉しやすくなるとでもいった所なのではなかろうか。

 その証拠とでもいうように、今俺の視界の半分には別の場所にいるはずのシロの姿が見えている。シロの見ているものではない辺り、意味不明で一体誰の視点だと愚痴りたくなるが、その辺含めてすべて「調律者だからね」の一言で片づけられる予感がした。

 シロが今どこにいるか。俺がいる集落から断崖絶壁を降った遥か下、かつては豊かな水源であっただろう涸れ果てた川底。そして何十年と続けられてきた死の集積場だ。

 両岸は岩肌に遮られ、谷の戸は何れも遥か彼方。ただでさえ暗い星の光は底までは届かず、澱む死と同様に闇も揺蕩っていた。その足元に散らばっている白い小石にしては艶のあるソレは恐らくそういう事なのだろう。そんな場所にシロはいる。

 時折蒼白い輝きが瞬くのは何故だろうか。向こうであれば死体から出た燐への引火と解釈する所だが、こちらではわからない。亡霊が発するものだと言われても、驚くには値しないのだろう。

 それとは別に、いくつもの対になった小さな輝きがシロを中心に取り囲むように集まってきていた。様にではなく事実取り囲んでいる。輝きは恐らく黄昏の瞳の光だ。ん? 急に視界が明るくなりやがった。便利だな、おい。ますますどこから見ているんだ? って気持ちも強くなったが。

 ほぼ想像通り、黄昏がいた。想像以上だったのはその数だ。20を優に超えている。見えているだけで、40程。すべてが集まっているとは考えにくく、おそらくはもう少し増える。そのすべてが牙を剥き、生に飢えている。シロ猫一匹など瞬く間に食らいつくされる。ま、普通なら、な。

「やあ、また会ったね。半日ぶりくらいで、いいのかな?」

 奇妙なくらいにシロの声は響く。黄昏の何匹かが怯えたように後退る。昼間に遭遇した一群にいた黄昏だったのだろうか。

「再会して早々で悪い、とは思わないけれど、君たちには消えてもらうよ。命が正しく廻るように。死が滞りなく流れるように」

 黄昏に言葉が理解できるのか分からない。だが怯えていた黄昏も含めて、群れ全てがシロに対し敵意を露わにした。対してシロは。

「あはっ」と、小さく笑った。

 黄昏がシロへと飛び掛かる。一重に二重にいくつも連なり重なった波となって押し寄せる。闇にシロの体が飲み込まれる……。

「ギャンッ」「ギャ……」「キャン!」

 筈もない。

 悲鳴にも聞こえる黄昏の鳴声が重なった。闇が一瞬動きを止め、引き潮の如く離れる。そこに、白い影が残る。

 人だ。それ単体が光を帯びているような白髪。細く長い手足。身に纏うのは真っ白な汚れ一つない立襟のカソック。所謂神父服。俺の喪服に合わせたつもりかね。

 確かに似合っているとは思うが、整った顔に浮かんだヘラヘラとした薄笑いが、一気に胡散臭さを倍増させている。いや、だからこそ似合っていると言った方がいいのか。

 足元に転がるのはすっぱりと切り裂かれた黄昏の残骸が三つ。

「あはは。なかなか面白いよね」

 自分の姿を確かめるように体を回す。腕を水平に伸ばし腰をひねる。カソックの袖を摘まみ、胸のボタンをはずし、また止める。

 黄昏たちは怯えたように距離を取り、襲い掛かってはこない。

 そんな中、シロはその場で二度軽く跳ねる。

「じゃ、こっちから行こうかなっ」

 髪が躍る、仄明るい白が流れる。白が軌跡となって黄昏の群れへと突き進む。腰の高さ程にまで身を屈め疾駆するシロが腕を振るう。一泊置いて黄昏の首が傾く。重い肉が大地に落ちる音と共に切断面から黒い液体が飛び散った。

 その傍らで、闇を切り取りぽっかりと空いたその空間に白い絵の具で描いたように真っ白な影が笑う。

「猫の姿と違うからちょっと違和感あるけど、まあいい感じかな。さあおいで。僕と踊ろう」

 告げる。逃げることは許されない、と。告げる。お前たちの運命は決まった、と。宣言する。さあ、終わりだと。黄昏は死の権化であるのだという。なら、その黄昏が恐れるシロは一体どう形容するべきか。黄昏よりもなお暗き死そのものであると? とてもそうは見えないがな。

 突きつけられた恐怖に背を押されたのだろうか、黄昏が吠えた。伝播するように次々と。

 うわ。頭ん中で響いてるのに、谷底からも響いて来てる。どんだけ大音量なんだよ。

「喧しいからさっさと終わらせようかと思うんだけど、準備は大丈夫?」

 シロからの問いかけが来た。

「ああ、大体終わってるよ。お前のやりたいようにやればいい」

 静かな行進は断崖の手前で終わった。担架を下し、後に続いた者たちが、順に老人に別れを告げている。

 響いてきた遠吠えに「心配いらないと」告げて、俺は俺で準備を進める。

 実際心配はいらない、シロが暴れているだけなのだから。

「暴れているは心外だなぁ」

「ならどう言えってんだ?」

「お仕事ですよ。お仕事」

 それはそれで説明しづれぇから、却下だ。

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