7:儀式

 深夜、生あるもの殆どが寝静まる時間、人目を憚るように、いや事実人目を避けてひっそりと、担架を運ぶ影が2つある。空に星は少なく暗い帳が下りている為、いるのが分かっていなければ気づくのは難しいだろう。

「ちょっと待ってくれないか」

 人がいるとは思わなかったのだろう。明らかな動揺が伝わってくる。まあ、それも俺が余所者であると分かると隠されたが。

「村の掟に口を出さないで頂けますか」

 聞いた覚えのある、長の声だ。

「掟だから、口を出させて貰おうってんだけどな」

 行く手を塞ぐように立つ。

「それが原因だって、お前たちも分かってんだろ」

 長から聞いた黄昏の狼が現れるようになった時期は、死期の迫った者の遺棄を始めた頃と、概ね合致した。シロ曰く、死が澱んだ躯をもともとこの辺りを生息地にしていた朧狼が餌にしたことで黄昏へと変貌した、とのことだ。まるで見てきたように語るので、そう言ってやると「あながち間違いじゃないかな、土地の記憶を視た訳だしね」と返ってきた。つくづく調律者とかいうのは訳が分からない。

「続ける限りは何も変わらない。寧ろ悪くなっていく一方だろうな。死者を忘れるな、なんてつまんねぇことは言わねぇ。けどな、死者を悼み、別れを告げるくらいは必要だろうよ。そして、またいつかどこかで会おうと笑って見送ってやれよ。いくら本人が覚悟を決めているとしたって、今みたいな終わり方じゃあまりに寂しいだろう」

「そんなことは分かっている! だが、わしには村を守る使命がある。死の淵にある者は黄昏へと変貌かわる。そんなモノを村に置いておくことなどできん。わしらに選ぶことなどできんのです。余所者のあなたに口を出される問題ではない。あなた方は黄昏を何とかしに来た、そうではないのですか!!」

「黄昏もなんとかしに来た、が正確だな。そして、シロが関わっている時点で余所者って訳じゃないんでね、ま。諦めてくれや」

「何を勝手な!!」

 当然そうなるよな。けどな、シロが関わった時点でもうどうしようもないんだよ。皆殺しなんて結末は嫌だろ。

「そう言うなら、こんなのはどうだい」

 サリュへと合図を出す。身を隠していた小屋からサリュとそれ以外にもいくつかの影が続く。サリュの紋様が淡い光を放っていた。

「おじいさま。私サリュは今宵、おじいさまより長の座を受け継ぐことを宣言します」

 朗々と夜気を切り裂き声は広がる。加護を帯びたその声はどこまで届いたか。少なくとも、周囲の小屋に明かりが灯る。

「私は、旅立ち逝く者への別れと弔いを望みます」

 何事かと外へ出てきた住人達へ向けて、サリュは改めて堂々と宣言する。それだけで住民たちにはわかるはずだ。サリュが何を変えようとしているのか。

「さあ、どうする? 賛同する者は声を上げろ。何かを変えたいってんなら、その意思を示せ!!」

 俺もまた声を張り上げる。これ位はしなくては無責任というものだろう。外から来て、枠組みを変えようというならば。演出も兼ねて、サリュと長が運ぶ担架へソレを放る。二、三度地面で跳ねると、熱のない光で辺りを照らす。シロに「試作品だけどね。光石って名付けようかな」と渡された光を放つ小石だ。シロが仕組みについて色々言っていたような気もするが、興味もなかったので聞き流した。

 サリュの後ろに続いていた影二つが照らされた担架へと向けて駆け出す。

 まだ幼い姉弟だ。

「おじいちゃん!!」

 叫んだのは姉の方だ。弟が未だ長ともう一人に持ち上げられたままの担架に必死にしがみつく。

「降ろしてやれよ。もう時間切れなのは分かってんだろ。なら、別れくらい許してやれ。文句はあとで、俺とシロとで聞いてやる」

 先に担架を下したのはどちらだったか。ともかく、担架は降ろされた。姉の方に肩を貸され身を起こす老人。酷く痩せていた。もう目も見えはしないだろう。

 それでも、老人は手を伸ばし、指先で確かめるように弟の頬に触れた。暫し無言の交流が続く。老人の口が動いた。何事かを口にする。

 俺の所まで言葉は届かない。何となく「ああ、よかった」だったのではないかと思う。あるいは、そうであって欲しいという願望だろうか。

 そして、ゆっくりと老人の体が力を失った。

 一瞬音が消え、誰かが長い息を吐いた。姉弟の泣き声が響く。

 同時に、その場にいた者たちの間に脅えが広がる。

 躯には死が宿る。死は黄昏を呼ぶ。生あるものを黄昏へと変える。

 本来であれば、黄昏などそう簡単に顕れなどしない。黄昏へと変わることもまずない、のだそうだ。だが、この集落は戻しようがない位に死が澱んでしまった。命の廻りが歪んでしまった。

 死者を悼み別れを告げる事すら出来ない程に。

 だったら、壊してしまおう。壊して、崩して、組み立て直そう。死者を見送ることができるよう、その為に……。

「さてと」

 俺は老人が横たえられた担架へと近づく。泣いていた姉弟が拒絶するように俺の前に立った。膝を折り、彼女らと目線を合わせる。二対の瞳が真正面から見つめ返してくる。本当に真っすぐだ。

「おじいちゃんをどうするの」

「見送るのさ」

「見送る?」

「ああ、お前さん達のお爺さんは旅立った。きちんと見送ってやんなきゃ、行くべく所にだって行けなくなっちまう」

「見送ったら、また会える?」

「いつかどこかで会えるそうだ。シロが言うにはな」

 輪廻転生なんて言葉が此方にあるのかは知らないが、シロ曰く命を正常に廻るように整えるのが俺たちの役目だ。その結果としての、いつかどこかで……。

 淡い希望かもしれない。けれど、それでも希望は希望だ。

「お別れは言えたか?」

「はい……」

「十分、じゃないだろうけどな。そろそろ見送る準備をしよう。手伝ってくれるか?」

「分かり、ました」

 担架を三人で持ち上げる。サリュの指示で住人達がゆっくりと移動を始める。

「勝手なことを……」

 そんな長の言葉に俺は短く返す。

「今更だろ」

 何より、今この状況が何よりも雄弁に住人たちの気持ちを代弁しているとは思わないか?

 いい加減解放されてもいいんじゃないかとは思うがね。

「孫の初仕事見届けてやれよ」

 そんな俺の言葉に長がどんな反応を示したか、俺は確認しなかった。

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